日立はこれまで、政府や自治体をはじめとする多様な組織・団体との協創を通じて、AIと日立独自の未来シナリオのシミュレーション技術による将来像の導出支援を手がけてきました。そのひとつが、中国電力のグループ会社であり、中国地方を基盤に情報通信事業を担う株式会社エネコムとの未来探索プロジェクトです。
本プロジェクトの目的は、エネコムの全社員が経営ビジョンを自分ごととして主体的に考えるきっかけをつくること。そのためにワークショップを通じて、自社事業における必要な客観データや地域社会固有の指標についての因果関係を定義するモデル作成、AIによるシミュレーション結果の読み解きなどを実施しました。プロジェクトを主導したエネコム サステナブル経営戦略部の花本翔太さん、ワークショップに参加したソリューションサービス部の伊藤峰行さん、社内DX推進部の野村実生さんをお迎えし、日立製作所研究開発グループの森本由起子、河越基が、企業と地域社会との関係性再構築において未来シナリオシミュレーション技術が果たす役割を紐解きながら、参加者一人ひとりが未来への価値観を持ち寄り、対話を通じて「エネコムらしい未来」を見出していったプロセスを語ります。
企業のありたい姿を考える未来シナリオシミュレーション技術
──まずは、未来シナリオシミュレーション技術の概要と、エネコムさんとのプロジェクトが始まった経緯について教えてください。
森本: 私たちはこれまで、2040年や2050年といった中長期の未来をシミュレーションしながら、その未来の姿を起点に「いま、なにをすべきか」を考える、バックキャスト型の研究アプローチを続けてきました。その意思決定を支援するための技術として、未来シナリオシミュレーション技術(Future Scenario Simulation、以下FSS)を活用しています。FSSは2017年に日立京大ラボが開発した政策提言を支援するAIを進化させたものです。発表以来、政府や自治体といった社会課題に取り組む現場でのシミュレーションをはじめ、COP26に展示した脱炭素シナリオシミュレーターや、日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボが策定したグランドデザイン関連の取り組み「未来シナリオシミュレーションを用いたサーキュラーエコノミー社会の将来シナリオ深耕」などでも活用してきました。また、直近ではFSSを活用した自治体の政策検討支援を開始するという内容のプレスリリースも発信されています。
FSSを活用し始めた当初は、自治体との政策立案支援などの取り組みが中心でした。エネコムさんのある広島県では、福山市と未来のまちづくりや地域課題について議論したことがあります。そうした取り組みを通じて感じたのは、人口や産業、環境といったさまざまな要素が影響し合う複雑な課題は、自治体だけではなく企業にも共通しているということでした。
企業も、事業成長だけではなく、ESG(環境、社会、ガバナンス)や人財、地域との関係など定量化しにくいテーマを同時に考えながら意思決定をしています。そこで私たちは、FSSは自治体だけでなく企業にも活用できるのではないかと考え、日立社内でも未来をシミュレーションしながら、いまの行動を考える取り組みを進めてきました。

エネコムさんとの出会いを振り返る森本
今回の協創のきっかけは、2024年のHitachi Social Innovation ForumでFSSをご紹介した際に、エネコムさんに関心を持っていただいたことです。イベント終了後も継続的に対話を重ね、エネコムさんが取り組むべき意義の深いテーマを探りました。
──花本さんは、最初にFSSについて知ったとき、どのような印象を持たれましたか?
花本さん:私は「なにか新しいことに挑戦したい」という思いを持って2024年にエネコムへ転職しました。そんななかでFSSに触れ、おもしろそうだったので「ぜひやってみたい」と感じました。AIを活用して未来を分析すること自体も興味深かったのですが、それ以上に魅力を感じたのは、社員一人ひとりが自分の価値観を持ち寄りながら未来を議論できるという点です。
当時のエネコムには、経営戦略を考える際、これまで育んできた価値をうまく取り込めないという明確な課題感がありました。事業環境の変化が激しくなるなかで、人の思考だけでなくAIを取り入れて考えてみるのもおもしろいのではないかと感じたのです。
ちょうどそのころ、私たちは経営ビジョンとして「from Enecom」を策定していました。“「あなたの理想」を実現する人財が集う”、“サステナビリティに取り組む”、“地域と共に成長し、地域を支える”という3Core Visionsを軸に、2035年度のエネコムのあり方を示したものです。広島に本社があり、中国地方5県に根差して事業を展開するエネコムとして、外せない視点を達成するためのビジョンです。

エネコムが抱えていた課題について語る花本さん
しかし、ビジョンをつくることと、それを社員一人ひとりに浸透させることは別の話です。社員説明会を実施しましたが、説明会のあとには「ビジョンは理解できるものの、普段の業務の中でビジョンを意識することが難しい」といった声もありました。
私が所属する経営戦略本部としては、ビジョンを掲げるだけでなく、それを社員の皆さんにどう自分ごと化してもらうかという課題も強く感じていました。そんなときにFSSのお話を聞いたのです。
──日立から見て、エネコムさんとの取り組みについてどのような可能性を感じていましたか
森本:「from Enecom」が掲げる人財、サステナビリティ、地域というテーマはどれも重要ですが、すべてを同時に最大化するのは簡単ではありません。たとえば地域に投資することは重要ですが、企業としての成長も必要です。サステナビリティを重視すれば短期的な利益とのトレードオフが生じることもあります。人財への投資も同様です。
さらに、エネコムさんは中国電力グループの情報通信事業会社として、中国地方という地域とも深く関わりながら事業を展開されている企業です。若者の流出率が全国で最多である広島県において、人口減少、人財確保といった課題とも向き合いながら、地域経済はもちろんのこと、データセンター事業のような新しい挑戦にも目を向けられています。
そうした複雑なテーマは、私たちにとっても挑戦しがいのあるものであり、ぜひご一緒したいと感じました。そして結果的に、単なる未来予測ではなく、「エネコムさんらしい未来とはなにか」を皆さんと一緒に考えていくことになりました。
地域に根差す企業だからこそ見えた、未来を考える出発点
──今回のプロジェクトを通じて、地域と企業との関係についてどのような気づきがありましたか
河越:日立は創業以来、技術を通じて社会に貢献することを大切にしてきました。現在はその考え方を「社会イノベーション事業」として発展させ、さまざまな分野での価値創出を進めています。
一方で、私自身のこれまでの経験を振り返ると、特定の地域と深く結びつき、その地域の発展とともに自社も成長していくという視点を強く意識する機会は多くありませんでした。社会インフラや自治体、中央省庁向けのプロジェクトを通じて社会に貢献することはあっても、エネコムさんのように地域に密着し、その地域の未来を自分たちの未来として捉えながら事業を考える姿勢に触れたことは少なく、非常に新鮮な気づきがありました。
──河越さんが感じられた「地域への思い」について、エネコムの皆さんご自身はどのように捉えていますか
伊藤さん:私は中途入社で、今年で入社10年目です。前職では、広島だけでなく東京でも働いていました。東京にいたころは、全国のお客さまと仕事をし、プロジェクトが終わればそこでひと区切り。自分の仕事と自分の生活圏が結びついているという実感はあまりありませんでした。
でも、エネコムに入社し広島に戻ってくると状況が変わりました。お客さまのなかには昔から知っている企業もありますし、家族が利用している企業もあります。自分の仕事が身近なところにつながっていることを実感できるようになりました。そういう意味では、働くうえでのモチベーションにもなっています。エネコムの事業の多くは中国地方のお客さまとの関わりが中心であり、地域に根差した企業だと強く感じています。

あらためて因果連関図を眺めながらワークショップを振り返る
広島は関東圏と比べると企業数が多いわけではありません。そのため、個々のお客さまと長く関係を築いていくケースが多くなります。お客さまの企業内で異動があったとき、新任の方よりも私たちのほうがシステムの経緯や背景を把握しているということもあります。だからこそ、突発的なトラブルにも踏み込んで対応できますし、それが地域を支える責任でもあると思っています。
野村さん:広島は県外流出が多い県だと言われていますが、一方で地元への愛着が強く、「地域をもっとよくしたい」と考える人や、地元のスポーツチームを応援する人が多いと感じています。
一方で、私たちの仕事は地域の中だけで完結しているわけではありません。施策を考えるときには東京の企業と関わることもあり、地域外の知見や技術を取り入れながら中国地方のお客さまに価値を提供しています。地域だけを見るのではなく、地域の外とのつながりも積極的に活かしながら、地域をより良くしていくことが大切だと考えています。
花本さん:私は広島で生まれ育ち、大阪の大学へ進学して大阪で自動車メーカーに就職しました。そこでは生産現場ではなく、地方創生に関わる仕事を担当していました。全国の自治体と仕事をしましたが、なかでも広島の自治体案件には特別な気持ちがありました。一度県外に出たことで、自分は広島がすごく好きなんだと気づいたんです。
現在は経営戦略の仕事をしているので、地域の方々と接する機会は多くありません。ただ、日立さんと一緒に今回のような取り組みを進めたり、会社全体の方向性を考えたりするなかで、広島という地域と共に成長していけることがあればうれしいと思っています。
河越:皆さんのお話を聞いていて、広島の方々は地域への帰属意識や思い入れがとても強いとあらためて感じました。私は大学院時代に災害情報システムに係る研究をしていて、2018年の西日本豪雨による災害時には広島県に入り、支援企業と被災地域をつなぐ中間支援の活動に携わっていました。そこで出会った広島の企業の方々は、本当に地域のことを真剣に考えていたんです。自分の利益よりも地域を優先して考えているように見える方も少なくありませんでした。
エネコムさんには、学生時代に出会った被災地の方々と同じような地域への思いがあるように感じました。実際、今回のワークショップや未来シナリオの議論でも、「地域をより良くしたい」「地域とともに成長していきたい」という強い思いが随所に表れていたと思います。

河越は学生時代に西日本豪雨の災害支援をした経験を持つ
複雑な課題をつなぎ直し、未来の選択肢を可視化する
──ここからは、未来シナリオをつくり上げる過程について伺います。まず、ワークショップ全体としてどのような流れで進められたのでしょうか。
森本:全部で4回のワークショップを行いました。最初に行ったのは、AIシミュレーションに必要となる因果連関モデルの作成のためのワークショップです。ここでは、エネコムさんが将来に対してどのような課題意識を持っているのか、なにを実現したいと考えているのかを皆さんから引き出しながら、因果連関図として整理していきました。因果連関図とは、未来シナリオシミュレーションを行うための「設計図」や「社会の構造モデル」のようなものです。
さらに、作成した因果連関図をもとに実施するAIシミュレーションから複数の将来シナリオを描き出します。そのシナリオを見ながら、「エネコムさまらしい未来とはなにか」「その実現に向けてなにを優先すべきか」を議論するワークショップを行いました。

因果連関図には、すべての事柄に因果があると考えるシステム思考を取り入れている
──因果連関図について、詳しく教えてください。
河越:因果連関図は、ある課題や出来事の背景にある要因と、その影響関係を整理して可視化することで、システム思考を視覚的に表現する手法です。私たちは学校や仕事のなかで、よくロジカルシンキングを学びます。そうした直線的な思考も大切ですが、現実世界は単純ではありません。実際には、さまざまな要素が相互作用しながらひとつの結果が生まれています。ある出来事が別の出来事に影響を与え、その結果がまた別の要素に影響する。見えていない文化や価値まで含めて、複雑な関係性全体を視覚化するのが因果連関図です。FSSでシミュレーションするためには現実世界を写し取ったモデルが必要となるため、私たちがサポートしながら本プロジェクト向けの因果連関図を作成していただきました。
森本:私たちはデザイン思考も取り入れています。まず現場を見る、人を見る。そしてみんなで対話しながら考える。さらに、実験的に少しずつ試しながら前へ進んでいくこと。そうしたデザイン思考とシステム思考を掛け合わせているのが今回のアプローチです。
──エネコムさんはこのワークショップの参加者をどのように決定されたのでしょうか。また、ワークショップを進めるなかで、どのような気づきがありましたか?
花本さん:今回のテーマは2035年ビジョンよりも先の未来、2050年にエネコムが選ばれ続ける企業となるためにはどうするべきかというロードマップをつくることでした。参加者は日立さんの助言もあって、できるだけ多様性を持たせるために、野村さんや伊藤さんのように、年齢や立場、所属本部も異なるメンバー10数人に参加してもらいました。
その結果、あらためて感じたのは「なにを大事だと思うか」が、人によって違うということです。エネコムをよくしたい、会社を成長させたいという思いは共通です。でも、そのためになにを優先し、どんな方向をめざすのかという価値観や方法論は人によって異なっていることがわかり、私自身にとっても大きな発見となりました。そして、このような人財が揃っていることで、今後も会社として成長し続けることができると感じました。

ワークショップを通して得られた気づきについて語る花本さん
また、因果連関図をつくる過程そのものにも多くの気づきがありました。たとえば、人口や売上、投資額といった指標を並べながら、「売上が上がれば投資額が増える」「投資によって新規事業が生まれる」「新規事業が増えれば売上が伸びる」といった関係性を整理していくと、その先には自社の成長だけではなく、それらが地域の発展や活性化にも影響していく構造が見えてきたんです。
そして、地域が成長すると顧客基盤の維持にもつながる。通信事業やITソリューション事業は地域のお客さまに支えられている部分が大きいので、地域の力が会社の成長にも関係している。そうした関係性が可視化されたことで、「あ、これとこれもつながっているんだ」というような発見がたくさんありました。
これまでは新しい事業をつくることや売上を伸ばすことばかり考えがちでしたが、会社の成長につながるルートはひとつではないんだということを、このワークショップを通じてあらためて実感しました。
──参加者の皆さんは、最初からスムーズに議論に入れたのでしょうか。
伊藤さん:正直、最初はこのワークショップでなにを求められているのかがわからないまま参加していました。ワークショップはエネコムの3Core Visionsに倣って、人財、サステナビリティ、地域という3つのチームに分かれて行いました。私は人財チームとして参加しましたが、日々の業務では人材について考える仕事をしているわけではありません。しかし、日立さんのファシリテーションに助けてもらいながら議論を始めると、実はみんな漠然と「もっとこうしたらいいんじゃないか」「ここはやりにくいよね」といった課題感を持っていることがわかりました。それらを言語化して図に表し、さらにほかの要素とつないでいく。そうすることで、少しずつ形になっていきました。
生産性向上をどう実現するかという議論もありました。AI活用、副業人材の活用、フルリモートの導入、外国人採用など、本当にいろいろな意見が出ました。普段の会議では実現性の乏しい意見は出にくく、無難な案に落ち着くことが多いのですが、自由に議論することでおもしろい発想がたくさん生まれたと思います。
野村さん:私はサステナビリティチームでしたが、最初は「サステナビリティってなんだっけ?」と調べるところから始めました。それでも、議論を進めるなかで、人口という指標が本当に多くの要素につながっていることが見えてきました。
人口が増えれば働く人が増え、顧客数も増える。一方で事業を拡大すればCO2排出量やグリーン調達率といった環境面への影響も考える必要があります。そうした複数の要素がひとつの図のなかでつながっていくのを見て、「こういう関係だったんだ」とそれぞれの関係性を具体的に理解できるようになりました。
その結果、サステナビリティは単に環境の話ではなく、人財や地域とも密接につながっていることを実感しました。
──森本さんはワークショップにファシリテーターとして参加し、どのような感想を持ちましたか?
森本:私が担当した地域チームは若手の方が多かったこともあり、ワークショップの進め方にもスムーズに馴染んで、かつ、さまざまな意見を出していただけました。私自身がすごくおもしろく感じたのは、2050年は若い世代にとっては一番脂が乗っている時期ということです。そのことを指摘すると、ひとつスイッチが入ったような気がしました。

ワークショップを通して生成したシミュレーショングラフを前に語り合う
河越:ワークショップを通して、いろいろな価値観をぶつけ合い、「これはつながらないと思っていたけど、つながった!」という新しい発見や気づきを得たこと、シミュレーションを回して未来を見ることが今回のプロジェクトの鍵になったと感じています。
7つの未来シナリオから、エネコムらしい選択を見出す
──因果連関図をもとに未来シミュレーションを実施したあとは、どのような議論が行われたのでしょうか。
森本:FSSを通して7つの未来シナリオを導出して提示しました。どのシナリオもメリットとデメリットがあり、絶対に正しいものはありません。重要なのは、参加者の皆さんにシナリオを見てもらったうえで、どの未来が望ましいのかを議論していただくことです。
議論を重ねて最終的に選ばれたのは、デジタルと共創を軸に、自社と地域が共に強度を高め合いながら、暮らしの価値を広げていくというシナリオでした。

FSSによって提示された7つの未来シナリオ。選ばれたのはシナリオ5の「デジタルと共創で、自社と地域を強くし暮らしの価値を広げる」 ※図の背景画像は、GoogleのAI「Gemini」によって生成されたものです。
──人財チームでは、どのような議論が行われたのか教えてください。
伊藤さん:人財チームでは、どのシナリオにも中国地方の人口減少や県内GDPの低下といった厳しい前提がありました。人も市場も縮小していくなかで、我々がなにを大切にするのかが問われました。
シナリオの選択においては、既存事業を効率化して守りを固める方向と、柔軟な働き方や採用の幅を広げ、新規事業に挑戦する方向が比較されました。AIデータセンターやスマートシティのような新規事業に本当に到達できるのかという疑問もありましたが、縮小を前提に守るだけでは、会社にも地域にも次の可能性は生まれにくいという意見が出ました。
最終的には、単に人員や売上を増やすのではなく、情報通信やデジタル技術を活かして地域課題を解決し、新しい価値を生み出せる人財や組織であり続けることを重視しました。防災、スマートシティ、高齢化対応などを、地域課題であると同時に事業機会として捉える視点も出てきました。

厳しい数字を見ながらも、前に進むシナリオ選択をしたと語る伊藤さん
──サステナビリティチームではどのような議論が行われたのでしょうか。
野村さん:サステナビリティの観点だけでシナリオを評価すると、人財や地域の指標がかなり厳しくなる未来が多くどのシナリオを選ぶべきか悩みました。環境を重視すれば短期的な事業成長が抑えられることもありますし、逆に事業成長を優先すれば環境負荷が増える場合もあります。そのため、サステナビリティだけを見るのではなく、人財や地域も含めてそれぞれのバランスをどう取るかという議論になりました。
最終的には、サステナビリティへの取り組みはもちろん重要ですが、それだけを優先するのではなく、人財や地域にも目を向けた未来を選ぶべきだという考え方にまとまりました。
──地域チームではいかがでしたか。
河越:地域チームでは、地域の経済がよくなれば、それはエネコムさんの経営基盤の強化にもつながるため、まず地域経済がどうなるのかを中心にシナリオを見ていきました。その中には、環境負荷が高まるものもありましたが、将来的には新しい技術や事業の工夫によって緩和できる部分もあるのではないかという考えになりました。
地域経済が成長し、その結果としてエネコムさんも強くなり、さらに地域との新しい関係を築いていける。そういう未来を評価する意見が多かったです。
──花本さんは、全体の議論をご覧になってどのように感じられましたか。
花本さん:一番印象に残っているのは、トレードオフである点が可視化されたことです。再生可能エネルギーやDXを推進しようとすると、短期的には売上が下がるようなシナリオもありました。でも、選ばれ続ける会社であるためには、環境への取り組みを避けるわけにはいきません。
また、もっと広島に投資すべきだという人がいる一方で、AIソリューションなどを活用しながら地域外の市場を取りに行くシナリオを支持する人もいました。なにを大事にするのか。自社の成長なのか、地域との関係なのか、人財なのか、サステナビリティなのか。その優先順位は人によって違いますし、正解はありません。でも、そこがおもしろかったと思います。そして、その違いを議論すること自体に価値があったと思っています。若手社員が会社の未来について真剣に考え、自分の意見を持ち、経営層もそれを聞く。結果だけではなく、そのプロセスそのものが大きな成果だったと感じています。
選んだ未来を自分ごとにし、いまの行動へつなげる
──シナリオを選択した後は、具体的な施策の検討も行われました。改めて、FSSの特徴や今回の取り組みを通じて感じた変化について教えてください。
森本:このプロジェクトは未来シナリオを選んで終わりではありません。その未来に至るための分岐点が何年後に到来するのか、またそこで望む未来に進むためのキーとなる指標を明らかにし、そのうえで具体的な施策を考えていきます。今回のワークショップでは、生成AIを活用して未来の姿を可視化したことで、参加者からより具体的なアイデアが生まれたと思います。
また、社内がもっと横につながるべきという議論も出ました。自分の仕事だけではなく、他部署や地域の課題にも目を向けるために、フリーアドレス制の提案や、駅前オフィスの1階にオープンスペースをつくり、外部の人も自然に入って議論できる場をつくってはどうかという発想も生まれました。未来の姿を考えるだけでなく、そこから逆算して「いま、なにをすべきか」まで議論できたことが大きかったと思います。

ワークショップを通して、エネコムさんらしい未来の姿が見つかった
花本さん:今回よかったと思うのは、未来像を描くだけで終わらなかったことです。ビジョンや目標をつくること自体は多くの企業がやっています。ただ、本当に難しいのはそれをどう実現するのかという部分です。経営層が目標を示して、現場が考えるのは一般的ですが、自分で決めた目標ではないために気持ちも入らないし、正しいのかもわからない。今回の取り組みでは、自分たちで議論して未来を選び、その未来に向かうためになにをするべきかまでを考えることができました。
伊藤さん:普段は、中国地方のお客さまに提供するサービスの企画や運営を担当していますが、どうしても直近の売上や収支など、短期的な視点でものごとを考えることが多くなります。しかし、今回のワークショップでは、2050年という遠い未来から逆算して考えました。どのシナリオも当たるかどうかはわかりません。しかし、「2050年にこうありたい」という姿からいまやるべきことを考えるバックキャスト型の発想を通して、これまでにない気づきを得られたことはとても大きな学びになりました。
野村さん:どのシナリオを見てもAIや新しい技術は欠かせないものになると感じました。そのため、経営層が掲げる重点取り組みやビジョンについても自分ごととして捉え、積極的に参加していこうと思いました。
また、ワークショップは他部署の人たちがどんな活動をしているのかを知る機会にもなりました。自分の部署ではあまり馴染みのない取り組みを他部署が行っていることを知るなど、新しい発見が多くありました。こうした場を通じてお互いの取り組みや考え方を知ることができれば、部署を越えた連携が生まれ、より良い活動や施策につながっていくのではないかと思いました。

「新たな発見が多かった」と語る野村さん
河越:よく、「このシナリオは何%の確率で当たるのですか?」と聞かれることがあります。企業にとっては投資判断でもありますから、そう聞きたくなる気持ちはよくわかります。ただ、FSSは未来を当てるための技術ではなく、望ましい未来を見出すための合意形成のためのツールです。
今回出てきたシナリオも、「どれが正しいか」を競うものではありませんでした。いろいろな価値観をぶつけ合ったうえで、「自分たちはこの未来に向かいたい」と決めることに意味があります。
最終的に選ばれたのは、地域が強くなり、そのうえでエネコムさんも強くなっていく未来というシナリオでした。地域と共に成長するという考え方はこの座談会のなかでも何度も出てきましたが、まさにエネコムさんらしい価値観が表れた結果だったのではないかと思っています。
花本さん:経営戦略本部としては、今回得たシナリオをしっかり経営層に提案していきたいと思います。また、皆さんもおっしゃっていますが、議論するなかで部署間の交流をもっと増やしたほうがいいという意見が出ていましたが、ワークショップの後で、本社フロアがフリーアドレスになったんです。私も以前は部内の人とばかり接していましたが、いまは他部署の人と話す機会が増えました。実際に小さく始めてみた結果、効果が出ているように感じています。
森本:今回、情報通信事業会社でありながら地域との関係を重視し、さらにAIなど先端領域にも挑戦するエネコムさんのプロジェクトでご一緒できたことは、私たちにとって大きな学びでしたし、FSSの民間企業での活用実績としても貴重な事例となりました。今後は、今回見えてきた施策に対して、日立としてどのように継続的にご支援できるかを考えていきたいです。
河越:今回のエネコムさんとの取り組みのように、変化が激しく予測困難な時代において、多くの企業や自治体が「中長期的なビジョンと、いまなすべき行動の接点」を模索しています。 日立は、FSSを単なる未来予測やシミュレーションのツールにとどめず、複雑な課題を可視化し、組織の意思決定とバックキャスト型のロードマップ策定を支援する「経営・事業戦略伴走ソリューション」へと進化させていきます。 地域や企業の現場に潜む強みや課題の因果関係を浮き彫りにし、多様なステークホルダーが『自分ごと』として納得感を持ったアクションへ踏み出せるよう、今後もより多くのパートナー企業の皆さまの持続可能な事業成長と価値創出を支援したいと思います。
プロフィール

花本 翔太
株式会社エネコム
経営戦略本部
サステナブル経営戦略部
大阪大学経済学部経済経営学科を卒業後、2019年にダイハツ工業株式会社へ入社。モビリティサービス部(当時)にて、移動を通じた地域創生の新規事業開発・推進に従事。2024年に株式会社エネコムへ入社し、経営戦略本部にて情報通信事業を通じた新規事業の推進および全社戦略の策定・実行を担当。

野村 実生
株式会社エネコム
DX事業推進本部社内DX推進部
2024年に株式会社エネコムへ入社し、社内DX推進部へ配属。当社が提供する個人向けインターネットサービス「MEGA EGG」の申込システムや顧客・料金管理システムの開発・保守を担当し、安定したサービス提供を支えている。業務部門との連携を通じて、お客さまや現場のニーズに寄り添ったシステム運用・改善に取り組んでいる。

伊藤 峰行
株式会社エネコム
ソリューション事業本部
ソリューションサービス部
2017年に株式会社エネコム入社、IPA産業サイバーセキュリティセンターの中核人材育成プログラムを経て中国電力グループのCSIRTに約5年間所属。2023年よりソリューション事業本部にてサイバーセキュリティ対策ソリューションの企画・運営に従事し、セキュリティログ分析や有事のインシデント対応支援などを通じて、地域のお客さまが抱えるセキュリティ課題の解決に取り組む。

森本 由起子
研究開発グループ Digital Innovation R&D
デザインセンタ ストラテジックデザイン部 研究員
1992年日立製作所入社、システム開発研究所、横浜研究所、東京社会イノベーション協創センタを経て、デザインセンタで現職。自然言語処理技術、知識管理技術の研究を経て、2015年より、顧客協創手法「NEXPERIENCE」における未来シナリオ・シミュレーション技術の研究開発に従事。あわせて、日立グループ全体に対して同手法・ツールの普及を推進。博士(工学)。

河越 基
研究開発グループ Digital Innovation R&D
デザインセンタ UXデザイン部 企画員
京都大学大学院情報学研究科を修了後、2020年に日立製作所ディフェンスシステム事業部へ入社し、インテリジェンス分野のシステム提案・開発を推進。バックキャスティングによるシステム提案やアジャイル・ウォーターフォールハイブリッド型開発などの新規手法を実践。2025年より研究開発グループデザインセンタを兼務し、FSSを活用した未来探索プロジェクトなど超上流工程での新たな価値創出に取り組む。








