「食」は私たちにとって生きるために必要不可欠なものであると同時に、ウェルビーイングや地域の文化とも深いかかわりがあります。しかし今、気候変動や世界的な食糧危機、フードロスや農業の担い手減少など、食を取り巻く多くの課題が顕在化しています。
2026年2月3日(火)、北海道大学と日立北大ラボは第6回フォーラム「食のミライ ~都市と地方の新たな関係の構築~」を開催しました。直面する課題を踏まえ、未来の食、農業・食産業の在り方について行政・アカデミア・産業界の有識者の皆さまと議論を深め、食を通じた都市と地方の新たな関係構築の可能性を共有しました。
開会挨拶・共催者挨拶

左から寳金総長(北海道大学)、藤井会長(北海道経済連合会)
北海道大学と日立製作所のオープンイノベーションの拠点として2016年に開設された日立北大ラボでは、パートナーとの協創を通じ、過疎化や少子高齢化の解決、持続可能な地域社会の実現に資する研究開発を推進しています。その研究成果の報告と地域の未来を展望する場として開催してきた北海道大学と日立北大ラボのオープンフォーラム、第6回目となる今回は「食のミライ」をメインテーマとして開催しました。
北海道大学の寳金 清博総長はフォーラムの開催にあたって開会の挨拶に立ち、本フォーラムはこれまでに人口減少や過疎化を背景とする地域課題、特に都市と農村の関係をめぐる議論を重ねてきたと振り返りました。その上で、今回スポットを当てた「食」は、北海道大学が進める「J-PEAKS(地域中核・特色ある研究大学強化促進事業)」の中核研究の1つとも重なる意義深いテーマであると述べました。
また、サブテーマである「都市と地方の関係」は19世紀から議論されてきた難題でありながら、いまだ明確な答えは出ていないと指摘。「都市が生存できるのは地域の支えがあるからだと言え、両者の関係を考える上では『フード』や『フードサイエンス』が重要な鍵になります」との認識を示し、本フォーラムで多様な登壇者が「食」を切り口に地域と都市の関係を論じることに大きな意義があると語りました。
続いて登壇した北海道経済連合会の藤井 裕会長は、今回のフォーラムは北海道大学の創基150周年という節目にあたり、これまで掲げてきた「共生のまちづくり」というテーマをさらに広げて、「食」を切り口に都市と地方の新たな関係を考えるものであると説明。「リジェネラティブ(環境再生型)農業」を志向する北海道大学らしい取り組みであると評価しました。
そして、食料安全保障の重要性が増している中、全国の食料供給の2割を担う北海道は国内最大の食料供給基地としての役割をいっそう高めているとの認識を示した上で、「北海道経済連合会が掲げる『2050北海道ビジョン』では、多様な魅力や価値がつながり高め合う産業地域社会の実現をめざしています。生産空間を守りつつ、農林水産業や食、観光を支える交通・物流機能を高めることに取り組んでいます」と述べ、開会の辞を締めくくりました。
基調講演:地域を“残す”大義~過疎の課題は都市の食の課題~
続いて基調講演が行われ、株式会社セコマ 丸谷 智保会長が、独自のサプライチェーンを基盤としたビジネスで地域の維持と活性化に貢献している自社の取り組みについて語りました。その内容をお届けします。

丸谷会長
株式会社セコマの丸谷 智保です。本日の演題は少し大げさに「大義」という言葉を使っていますが、お伝えしたいのは、過疎の問題とは地方だけの問題ではないということです。都市の食料生産は地方に依存しています。過疎の問題は、地方の問題であると同時に、都市の暮らしの問題でもある。私はまず、そのことをしっかり見つめなければならないと思っています。
株式会社セコマは、北海道内72市町村で生産された162種類の原料を生かしたプライベートブランド商品を開発し、道内だけでなく道外、海外にも展開してきました。道外・海外に販売している商品数は約3,450万個にのぼります。私たちの基盤はいわゆる過疎地と呼ばれる地域ですが、そこは貴重な食糧資源の生産空間である広大な農地があるゆえに「疎」なのです。その過疎の生産空間が都市の食料を支えていると同時に私たちの基盤であると考えると、「生産空間を守る」ことは私たちの「大義」であり、地域と共に存続し続けることが私たちの事業の本質だと言えます。
セコマグループの特徴は、原材料の調達から生産、食品の製造、物流、小売までを一貫して担う独自のサプライチェーンにあります。グループ内の農業生産法人が北海道内にある7か所、計134ヘクタールの農場で年間2,177トンの野菜を生産しています。これは私たちが年間に使用する原材料(野菜)約9,600トンの約23%を占めます。それ以外の約67%は契約農家や契約農協から調達しており、市場からの調達は10%程度にとどめることで価格変動の影響を抑え、安定的な原材料調達を実現しています。
私たちのサプライチェーンを維持していく上で最も重要なのが物流です。道内に14の物流拠点を持ち、中核都市に配置したディストリビューションセンターを軸に、各地域の店舗へ商品を配送しています。毎日およそ300台のトラックが走り、1日の累積走行距離は7万キロにもなります。広大な北海道のほぼ全域と関東にグループ合計1,251(2025年12月末)の店舗を展開できているのは、この物流網があるからこそと言っても過言ではありません。
私が未来への戦略として重視しているのは、地域を「のこす(残す)」ことです。目標は地域振興、地域を「おこす(興す)」未来を創っていくことですが、それ以前に現在の産業や原材料の生産空間を残さなければ、未来の展望も描けません。その具体的な挑戦の1つが、無店舗地域への出店です。これは成長戦略というより、むしろ地域とともに存続するための「大義」に近いことです。
人口の少ない地域への出店は簡単ではありません。そこで重要になるのが、地域住民や自治体の協力です。例えば、店舗の賃料を安くしていただく、営業時間を短くして運営コストを抑える、人手集めに協力していただく、あるいは地域で必要とされる商品、ニーズを一緒に掘り起こしていく、町内の会合やイベントではその店に注文する、といった支えにより、地域全体で負担を分かち合いながら店を成り立たせています。
このような出店を可能にしている背景には、次のような経営上の工夫があります。北海道全域をカバーする強固な物流網と、地域の事情に合わせた店舗ごとの投資やランニングコストの調整。サプライチェーン経営による収益の多層化、さらに、直営店比率が約85%とコンビニチェーンとしては非常に高いため、個別店舗だけでは成り立ちにくい地域の経営をグループ全体で支える構造としていることです。こうした取り組みにより、過疎化が進行し人口が減少している地域の店舗でも、出店時より売上高アップを実現しています。
赤字覚悟で地域貢献のために出店するという姿勢では長続きしません。地域貢献はDonation(ドネーション)ではなくContribution(コントリビューション)です。私たちと地域は、支え、支えられる関係なのです。例えば、出店をきっかけに、ハスカップや和ハッカなどその地域ならではの原料や産品の価値にあらためて気づかされ、それらを生かすことでヒット商品を生み出しています。商品化によって用途や販路が拡大しただけでなく、その資源自体の価値が向上し、生産者にとっても大きな励みになっています。
こうした取り組みを継続していくために、物流面ではきめ細かな計画立案による輸送効率向上、資源回収の静脈物流も駆使した積載率向上、倉庫内作業の自動化などに力を注いでいます。また、製造工程での廃棄削減、北海道大学が開発した触媒を利用した野菜の鮮度保持技術などにより、歩留まりを向上しコストを抑えています。この取り組みはフードロス削減にもつながっています。
地域の課題に向き合うことで、小さくても解が生まれ、それを積み上げていけば大きな解になっていきます。それによって地域との信頼関係が生まれ、地域ブランドが形成されます。地域ブランドは、全国に広がればナショナルブランドになる可能性を秘めています。
私たちはこうしたサステナブルな地域社会の形成をめざす営みを、サステナブルという言葉が注目される以前から行ってきました。その根底には、「地域があってこそ私たちがある」という理念があります。「食」を軸として「今ある地域を残す」という現実的な課題に向き合い、一歩一歩解決していくことが、気がつけば持続可能な未来につながっていく。それが私の理想とする地域共生のあり方です。
このほか、慶應義塾大学環境情報学部 教授でLINEヤフー株式会社 シニアストラテジストである安宅和人先生が、農業が営まれる疎空間の課題解決をめざした「風の谷」の構想について、『「風の谷」という希望~残すに値する未来をつくる~』をテーマに基調講演を行いました。
講演1:食と農業のサステナビリティと新たな潮流
女子栄養大学の中嶋 康博です。私からは農業政策に関する情報として、世界と日本の食料安全保障についてお話しします。食料問題をめぐる議論では、かつてはイギリスの経済学者トマス・ロバート・マルサスが『人口論』で主張したように、人口増に食料増産が追いつかないことが懸念されていました。しかし、「緑の革命(品種改良や化学肥料などにより主要作物の飛躍的な収量増を実現した農業改革)」による生産力の向上や、食料余剰国との貿易による補完体制の成立によって、その懸念は解消されました。近年はプラネタリーバウンダリーの文脈により議論の軸が「食料と環境」へと移り、気候変動や温室効果ガス排出と農業の関係が重視されています。国連は2021年に食料システムサミットを開催し、持続可能な食料システムへの転換を世界の共通課題とする方針を明確にしました。
一方で、世界には依然として飢餓が存在します。FAO(国連食糧農業機関)は1970年代から食料安全保障の議論を積み重ねており、当初は供給可能性(Availability)を重視していましたが、その後、安定性(Stability)、アクセス(Access)、利用(Utilization)へと安全保障の概念を広げていきました。1996年の世界食料サミット以降、この4つの柱に基づいた対策が進められ、2015年までに飢餓人口の半減という目標は達成されました。この取り組みはSDGsの目標2「飢餓をゼロに」に引き継がれています。その上で近年は、食料安全保障のモニタリング指標として手に入りやすさ(Affordability)も重視されるようになったほか、2020年にFAOの中に設置された世界食料安全保障委員会の専門家ハイレベル・パネルにおいて、主体性(Agency)、持続可能性(Sustainability)という概念の追加が提唱されました。特に、安価だが栄養素に乏しい食品に依存せざるを得ない人々が存在するという事実は、食料の消費や生産における主体的な選択のあり方を重視すべき必要性を示唆しています。
こうした流れの中で、2021年に開催された国連食料システムサミットにおいて、持続可能で包摂的、変革的な食料システムの構築を進め、SDGs目標年である2030年に飢餓ゼロの達成をめざし続けることを宣言、各国はそれに沿った取り組み(National Pathway)を打ち出しました。日本は「みどりの食料システム戦略」に基づいたプランを登録しています。
手頃な価格で食料を購入できない人の比率を見ると、OECD(経済協力開発機構)の加盟国の中で実のところ日本は比較的高い水準にあります。貧困率は高止まりし、特に子どものいる世帯のうち、大人が一人の世帯では厳しい状況が続いています。子ども食堂やフードバンクが不可欠な存在となっていることは、日本における食料アクセスの問題の深刻さを示しています。
日本の食料安全保障政策を考える上で最近重要な改革が行われました。それは、その基礎となる食料・農業・農村基本法の改正が1999年の制定以来初めて改正され、2024年6月に施行されたことです。そして、この基本法に基づいて5年ごとに策定される基本計画の最新版が2025年4月に決定されました。今回の基本法の改正と基本計画見直しのポイントは、食料安全保障政策の再構築です。国内生産の低下、輸入依存への不安、非常時における食料確保の可能性、平常時でも起きている食料確保の不全状態という4つの懸念を解消すべく対応を見直しました。基本法に定められている4つの基本理念のうち「食料の安定供給の確保」は「食料安全保障の確保」へと改められ、また新たに「環境と調和のとれた食料システムの確立」という基本理念が追加されました。そして法律の中で食料安全保障を「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態」と定義しました。
食料供給の現状を見ると、日本の食料自給率、特にカロリーベースの自給率は長期的に低下してきました。その最大の原因は、戦後の急激な人口増加と経済成長に伴って油脂や畜産物など豊かな食が拡大したことに国内生産が対応できなかったことでした。一方、2000年前後あたりから消費は減少に転じるのですが、それにあわせるかのように国内生産が縮小してしまいました。実質産出額でみると、国内生産は1980年代半ば以降、長期にわたり減少しており、その背景には土地・労働・資本など農業生産への総投入が低下し続けていることがあります。この時期に技術革新がなければ、もっと生産は減っていたはずです。このような供給力の低下は食料安全保障を危ういものにしています。
今後、人口減少社会の中で労働投入の減少は避けられません。これを補うためにスマート農業の導入が進められていますが、それだけでは十分ではありません。日本ではこの30年間、農産物・食料価格は抑制気味に推移し、収益率は低いままで、そのことが供給減少を招いてきました。そこで今回の政策転換では、「食料システム法」によって合理的な価格形成と価値の上昇をめざすとともに、水田政策の見直しなどで生産インセンティブを回復し、食料供給力の向上を図ろうとしています。
現在、農政改革は非常な勢いで進められています。目下の懸念は荒廃農地の拡大と農業生産に与える気候変動の影響への対応です。また、短中期の課題は急速な離農の発生時の経営継承、環境対策の本格化、中長期の課題は高齢担い手の本格的な減少を見据え、スマート農業の普及と多様な農業の確立を進めることです。人口減少社会の中で日本の農業を再興することは大きな挑戦ですが、世界全体でも2050年以降は人口減少局面に入り、労働力不足による食料生産の課題に直面していきます。そう考えると、日本の挑戦と経験は、世界農業の将来に大きな示唆を与える可能性があると言えるでしょう。
講演2:リジェネラティブ食料生産で拓く未来
北海道大学の西邑 隆徳です。私は農学部で畜産を専門とし、食肉科学研究室で食肉すなわち家畜の骨格筋の形成メカニズムを研究してきました。私はその8代目の教授を務めましたが、初代教授は橋本左五郎先生でした。
北大の前身である札幌農学校の8期生でもある橋本先生の卒業論文『模範農業』が、北海道大学農学部図書館に残されています。論文ではまず「農業とは何か」を問い、その上で「農業はいかに行うべきか」という技術論が展開されています。私はこれを読み、現代こそ技術論より先に農業の意義を問い直すことが重要だと感じました。
論文の結びには、1万坪の農家ができる未来を想像するとワクワクするという趣旨の記述があります。137年前に橋本先生が描いたこの「模範農業」を、私たちは実現できているのでしょうか。北海道では農地の大規模化が進み、橋本先生の想定を超える経営規模も実現しましたが、日本全体を見れば、農業基盤はむしろ脆弱になっています。
だからこそ今、「未来の模範農業」をあらためて考えなければなりません。これまでの農業は、ときに環境の破壊に傾いてきました。その流れを巻き戻し、再生の方向へ転じる必要があります。その基軸となるのが環境再生型、すなわちリジェネラティブな農林水産業です。
再生をめざす「環境」は複数あります。生産環境、地球生態環境、地域社会の環境、人々の内的環境(生きる意欲)です。農林水産業が本来持つ環境再生の力を社会全体で生かし、多様なステークホルダーが連携する仕組みを構築することで、地域の人々が穏やかな豊かさを実感できるウェルビーイング社会を実現する。それがリジェネラティブ農林水産業のゴールであると考えています。
札幌農学校の創設から、150年の節目を迎える2026年を起点に、次の150年に向けて北海道大学から始まる新たな農林水産業のカタチを「人類共存のための食と環境の未来像:MOHAN(Model of Hokkaido Agricultural Nobility)」と名づけ、リジェネラティブ農林水産業を考えていきます。寒冷地農業で培った経験知に、最先端科学とデジタル技術を融合し、「模範農業」から「MOHAN」へ、自然環境と地域社会を再生しながら食料を持続的に生産するモデルを北海道から展開していきたいと考えています。
具体的な取り組みとして、「IRAFF(リジェネラティブ農林水産研究拠点)」という組織を立ち上げ、J-PEAKSの枠組みの中で活動を進めています。例えば、白老町での放牧主体の和牛生産、積丹町でのウニと藻場の循環型再生産など、道内各地で具体的なプロジェクトを展開しつつあります。今後は、室蘭工業大学と連携した噴火湾のデジタルツイン化や、道北の研究林を核とした森と水と人の循環圏プロジェクトなども展開していきます。
リジェネラティブな農林水産業を広げていくには、評価・認証システムの構築や意識変革、経営、投資など多くの課題を乗り越えなければなりません。大学だけでなく、産業界、金融、行政、市民が協働する仕組みが必要です。
食料安全保障の観点からは、アジアへの展開も重要です。日本の食料安全保障は一国だけで完結できるものではなく、アジア諸国とも連携しながら「地域共創型の食料安全保障」を実現したいと考えています。リジェネラティブというと環境保全の側面ばかりが注目されがちですが、実際には市場優位性もあり、アジア市場における競争優位を生み出す経営戦略になる可能性が高いと言えます。
リジェネラティブな農林水産業の実現には、周辺産業を巻き込みながら全体を動かすプラットフォームが必要であり、そこから新しい産業が連鎖的に立ち上がっていくことも期待されます。そのために、日立グループとAIやロジスティクス分野での協創も模索していきたいと考えています。2026年を起点に、皆さんとともに持続的食料生産システムを構築し、ウェルビーイング社会の実現をめざします。
講演3:食の安定供給と環境再生に向けた日立の挑戦
日立製作所 日立北大ラボの橋本 貴之です。日立北大ラボは2016年の発足以来、今年で10年を迎えます。この間、母子健康(低出生体重児の低減)、数理最適化、エネルギー地産地消などに取り組み、複数のフィールド実証を完遂してきました。次の10年に向けては、食・農に関する研究テーマを立ち上げ、食料安全保障の本質的課題、食を通じた都市と地方の新たな関係の構築などに取り組みます。
これまでの成果として、低出生体重児の低減では、腸内タンパク質と腸内細菌の多様性に相関があることを見いだし、検査期間を4分の1に短縮しました。さらに岩見沢市の健康データ統合プラットフォームに実装し、低出生体重児の比率を10.4%から6.3%へ低減しました。
エネルギー地産地消では、エリア内でエネルギーを地産地消するナノグリッドのコンセプトを岩見沢市で実証し、太陽光発電の出力変動を温泉ガス(メタンガス)発電機で補い、電力供給の安定化を実現しています。この電力を農業や公共交通に用いることでCO2を削減し、災害時のセーフティネットとしても活用します。
今後の取り組みとして、食分野では、フードバリューチェーンの上流から下流まで、システムやサービスに関わる事業と研究開発を進めています。また事業フェーズでは、次の3つのような取り組みを行っています。
温度管理サービス「MiWAKERU®(みわける)」は、管理温度の逸脱で色が変わるラベルとスマホアプリで温度管理情報を可視化するシステムで、革新性と社会性が評価され、日本産業技術大賞などの複数の表彰を受賞しています。
需要予測型自動発注システム「Hitachi Digital Solution for Retail」は、AIによる需要予測に基づいて発注を自動化し、自動発注率90%以上を達成し、物流の2024年問題や食品ロスの削減に寄与しています。
また、分散型サテライト加工拠点「フードテックパーク」は、農地近くに貯蔵・加工拠点を設けることで、労働力確保と付加価値向上を図る構想です。現在、帯広で計画が進み、エネルギーエリア併設により地産地消の普及加速もめざしています。
食料安全保障の本質的課題は、フードバリューチェーンの上流に集中していることがわかりました。第一の課題は肥料の7割、種子の9割を海外に依存していること。第二は気候変動と土壌劣化。気候変動により穀物収量は30%変動し、世界の土壌の3分の1が劣化しています。土壌の回復に必要な土壌センシング技術の開発が課題です。第三は人口減少と高齢化。特に、農村コミュニティの弱体化により農業用水などのインフラ維持も困難になっている中山間地の生産性向上が必要です。
これらの課題に対する日立の挑戦として、まずサプライチェーンのリスク予測では、東京大学と連携したデジタルオブザーバトリ研究推進機構での成果の1つである多国間貿易のシミュレーションモデルの活用を検討しています。また、土壌劣化と担い手不足については北海道大学と連携し、現場主義で研究を進めています。それぞれのキーパーソンである北海道大学 農学部 作物栄養学研究室 信濃卓郎 教授、大学院農学研究院 野口 伸 農学部長からもメッセージをいただいております。
信濃 拓郎先生からは、土壌劣化対策として、土壌を対象としたセンサ技術、モニタリング技術、さらにデータをAIで解析する技術が必要であり、その点で日立グループとの協力への期待が示されました。野口 伸先生からは、日本の農業の活性化に欠かせない中山間地の農業のスマート化に向け、作業とロボットをAIで共進化させるという日立の研究コンセプトの可能性に対する期待が示されました。
野口先生が言及された研究コンセプトの中核となるのは、作業とロボットの共進化ループです。AIが目的や要件に応じて、望ましい作業手順、環境の変容、ロボットの構成を提案し、それをシミュレーションの中で繰り返し改善することで、人の発想を超えた合理的な解を導き出します。高所、水中、狭所など、人の作業が難しい環境でも、AIが作業プロセスやロボット形状の複数案を生成し、有望案を物理シミュレーションで検証し、進化させていきます。
日立は次の10年も、アカデミア、行政、企業の皆さまのご支援とご協力を得ながら農業・食産業の課題だけでなく、農業が営まれる地域の課題、さらには食を通じた都市と地方の新たな関係づくりにも挑戦してまいります。
パネルディスカッション:北海道における食・農を起点とした地域創生
最後のプログラムとして行われたパネルディスカッションでは、北海道において食・農を起点とした地域創生に取り組んでいる方々をパネリストに招き、それぞれの経験を踏まえた地域活性化のあり方を議論しました。

パネルディスカッションの様子。左から東山先生、松岡氏、森谷氏、小山氏
東山 寛 北海道大学 農学部 教授:
今日は全道各地で地域づくりに奮闘されている3人の方にお越しいただきました。ディスカッションに先立ち、お三方のそれぞれの取り組みについてお話しいただきます。
松岡 市郎 東川国際文化福祉専門学校 企画コーディネーター(前東川町長):
私の住む東川町は大雪山旭岳をいただき、豊かな雪と水に支えられています。この大雪山旭岳を中心とした忠別川水域に降る雪の量は、戦後の調査では1億9800万トンにものぼるとのことでした。これは地域にとって大きな資源です。
地方はいま、人口減少、消費減退、財源減少という「三減」に直面しており、これをどう好循環に変えるかが大きな課題です。農業もまた国際競争や消費構造の変化の中で厳しい状況にあり、農業者人口が激減、米の消費量も大きく減りました。今、米価が問題となっていますが、5キロ約4,000円、1合にすると約120円という価格は高いのでしょうか。水田には命を守る食料の生産だけでなく、国土保全など多面的な機能を持っています。そうした価値を社会全体で支える視点が必要だと思っています。
私はまちづくりを進めるにあたり、過疎でも過密でもない「適疎」のまちをめざしてきました。「適疎」の価値を高めるのは文化芸術であり、同時に農業を大切にすることです。人口を支えるには、子ども、教育、健康を支える「ダム機能」と、地域資源を生かして人を呼び込み、滞在してもらう「ハブ機能」の両方が必要です。
2015年の東川町開拓120年を機に、私たちは、大人が子どもたちから奪ってしまった「自由に遊ぶ場」と、教え忘れてしまった「農業(食料)の大切さと体験」を取り戻す試みを開始しました。「土の文化」に親しんでもらうため、学校給食用のお米を地域で生産し、学校にはサッカー場や広場のほか水田、畑、果樹園などを整え、子どもたちが五感で学べる環境をつくってきました。地方創生とは教育創生でもあります。学力向上、ふるさと教育、国際教育にとって「農村社会」は最高の場であると考えています。
森谷 裕美 株式会社森谷ファーム 社長:
森谷ファームのある留辺蘂(るべしべ)町は2006年に旧北見市などと合併し、北見市となりましたが、温泉や水族館、タマネギや白花豆の産地として知られています。森谷ファームは110年以上続く農業生産法人で、私は2015年に代表となり、GAP(農業生産工程管理)認証の取得、農福連携、研修受け入れなどに取り組んできました。
地域活動では、2015年に特産品である白花豆のPRと利活用促進、地域活性化を目的とした「るべしべ白花豆くらぶ」を立ち上げました。生産農家、酪農家、菓子店、レストラン、商工会、ホテルなど異業種のメンバーが集まり、白花豆の料理レシピ開発、商品化、種豆の配布、景観と観光を結びつけた着地型観光、フォトコンテスト、コンサート、地元中学生の作業体験などの取り組みを続けています。
北見市では人口減少、少子高齢化、インフラ老朽化による行政コスト増大が進み、行政事業の効率化が急がれています。留辺蘂町でも人口が大きく減り、2025年の実績値で15歳未満の人口は230名にすぎず、幼稚園は閉園、高校も閉校、保育所も存続が危ぶまれる状況です。子どもたちは部活動や塾のため30km先の北見市まで通い、最近では北見市に住みながら留辺蘂に通って農業をする人も出てくるなど、住む場所と働く場所の分離が進みつつあります。
そうした状況下でも、白花豆クラブの活動として白花豆畑の景観を楽しみ白花豆を味わっていただく「白花豆café」を開催したり、東京農業大学などと連携して作業服のファッションショーを核にしたイベントを行ったりするなど、町内外から人を呼び込む活動を続けています。この土地に根を張り、地域と関わりながら暮らす人がいなければ、地域活動も文化も次につながりません。これからも留辺蘂町で農業を続けるとともに、ここにしかない風景と地域の食を生かしてまちの価値を高め、関係人口を増やす活動を続けていきます。
小山 彩由里 株式会社SHAKOTAN海森学校 社長:
「SHAKOTAN海森学校」では、エコツアーや自然体験を地域づくりに組み込むことを実践しています。積丹町は札幌から高速道路で1時間半ほどの近い距離にありながら、漁業や森林資源に恵まれた自然豊かな町です。他の市町村同様に人口減少が急速に進み、2026年1月時点での人口は1,623人。一方で、藻場再生活動を事業化する会社が生まれたり、森林資源を生かした新たな特産品としてクラフトジンづくりが進んだりと、新しい地域資産も育っています。
そうした地域の価値を外へ伝えるために、私たちは「食・農・漁業をひらく海森学校」として、子どもと大人、それぞれに向けた体験授業を行っています。子ども向けには、魚とふれあう「お魚タッチプール」や、若手漁師による海を学ぶ体験、小学校での授業や体験学習による継続的な学びを通じて、ふるさとへの愛着を育んでいます。積丹町には高校がなく、子どもたちは15歳で町外に出ます。そのため、どこにいても「ふるさと積丹と関わりたい」と思ってもらえる気持ちを育てる体験づくりを大切にしています。
大人向けの授業は、「共感から協力へつなげる学び」として、将来的な就業や事業連携を前提とした仲間づくりの体験と位置づけています。地域住民が先生となる仕組みを取り入れ、地域の思いを体験に落とし込むとともに、企業側の要望も形にしていくことを重視しています。
私たちは「体験授業は翻訳装置」だと考えています。一次産業の現場には、外からは見えにくい努力があり、それをどう伝えるかが大切です。積丹町では、漁業者が中心となり、磯焼け対策としてウニ殻を肥料化して海に戻し、昆布(藻場)を造成する取り組みが続けられています。こうした見えない活動を伝えるため、海森学校では2021年から「ウニの学校プロジェクト」を展開しています。また、体験を単なる思い出で終わらせず、その先の企業連携や担い手育成につなげるため、「SHAKOTAN海森計画」という地域活動のプラットフォームづくりも進めています。
東山先生: 小山さんは関東のご出身ですが、積丹の魅力に惹かれ、地域おこし協力隊を経て地域に定着されました。外の力を生かした地域づくりの好例だと思います。
また、松岡さんのお話を伺って、やはり地域づくりは教育からであると受け止めたのですが、その真意をあらためて伺えますか。
松岡氏: 長い目で見たとき、農村を活性化するには、子どもたちに農村の大切さや、地場や国内で生産されたものを国内で消費することの大切さを教えていくことが重要です。多少高くても地域の農産物を選ぶ、そのお金の流れがさまざまな産業に貢献していくという意識が地域の活性化につながっていきます。その出発点が教育であると考えています。
東山先生: 学校を整備されたのも、そうした考えからですか。
松岡氏: 廊下の長さが270メートルある平屋の小学校をつくったのは、都市部にはできないことをやろうという考えからです。ふるさと教育、学力向上、国際教育を一体で進めるため、ハードとソフト両面で特色ある教育環境を整えてきました。
東山先生: 「るべしべ白花豆くらぶ」は地域づくりのプラットフォームになっていますが、森谷さんが立ち上げた背景には何があったのでしょうか。
森谷氏: 生産農家の思いが出発点でした。これまで白花豆に関わる人たちは、生産農家や菓子店など、それぞれが「点」で頑張っていたのですが、その方々がつながることで「線」になり、活動が広がっていったのだと思います。
東山先生: 市町村合併が進んだあとも、地域のプラットフォームを残し続けることは重要ですね。
また小山さんのお話からは、中学校卒業後に町を離れざるを得ない環境で、体験教育を通じて、最終的に地域に帰ってきてくれる人を育てることも大切だと感じました。
小山氏: そうですね。帰ってきたいと思えるような働き口をつくることも必要です。
今、日々の生活と海との距離がどんどん遠くなっていると感じています。魚が加工済みで店頭に並ぶのが当たり前になり、積丹町の子どもたちでさえ、自分が食べている魚の本来の姿がわからないことがあります。知識だけでなく、感覚を伴って理解するためにも、体験の重要性はとても大きいと思っています。
東山先生: 今日、特に考えさせられたのは、森谷さんがおっしゃっていた幼稚園がなくなり、保育所もなくなるかもしれないという現実です。専業農家にとって保育所がなくなるのは本当に厳しいことです。国が子育て支援を掲げていても、肝心な地域の現場がカバーされていないのではないかと感じました。
北海道で地域づくりを考えるとき、基本になるのはやはり「定住」です。厳しい風土の中でどうやって住み続ける意欲を支えるか、これは開拓以来の大きな課題でした。農業の輪作も、もともとは人々を地域に定着させるための知恵として発展してきた面があります。これを現代的に翻訳し、人が集まり、人を惹きつける仕組みを、農林水産業を通じて構築していく必要があります。これからの地方創生では生産性の向上が重要であり、AIやデジタル技術の活用も不可欠になってくるでしょう。そうした分野での日立との連携にも期待しています。
総括・閉会挨拶

左から渡邉課長(農林水産省)、鮫嶋執行役常務 (日立製作所)
パネルディスカッションを終えると、農林水産省 技術会議事務局 研究推進課の渡邉 麻衣子課長が総括を行い、本フォーラムを通じて食と地域、産業、技術をめぐる多面的な論点が提示され、今後の政策や実践に資する多くの示唆が得られたとの所感を述べました。
基調講演では、「地方を守ることが都市の食を支える」との強いメッセージが出されたと評し、「物流・製造・販売を一体で捉え、過疎地でも店舗やサービスを維持し続けている姿勢に、『地域と共に存在し続ける』という言葉の重みをあらためて考えさせられました」と振り返りました。
また、講演やパネルディスカッションを通じて、食や農の価値を人々の体験や暮らしの実感に根差して捉える重要性が共有されたとした上で、「本フォーラムは都市と地方を持続可能な関係として考える有意義な機会になりました」と結びました。
続いて、日立製作所の鮫嶋 茂稔 執行役常務 CTO 兼 研究開発グループ長が閉会挨拶に立ち、協賛者、登壇者、参加者への謝意を述べた上で、日立北大ラボは2016年の発足以来、社会課題に対して「何をなすべきか」を起点に議論と実践を重ねてきたと説明しました。そして「今回のフォーラムでは、『食』という重要な課題を中心に、疎空間としての地方の位置づけ、地域需要、労働、商品開発、人づくりまで含めた幅広い論点が提示され、北海道でこうした議論を深める意義は大きいと感じています」と全体の議論を振り返りました。
その上で、本フォーラムは完成した解決策を示す場ではなく、多様な議論を通じて課題の本質と今後の方向性を考える場であると位置づけ、社会課題の解決には産官学の連携が不可欠であり、本日の議論が今後の協創につながることへの期待を述べ、フォーラムを締めくくりました。



