2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博、以下、万博)で日立製作所(以下、日立)は、「未来の都市」パビリオンに協賛し、KDDIと協力して2035年の未来を描く「 Society 5.0と未来の都市 」の展示を行っています。万博の展示を通じて、日立は何をめざしているのか。研究開発グループのモビリティ&オートメーションイノベーションセンタでモビリティ管制の技術開発に携わる伊藤貴廣主任研究員と、デザインセンタでサービスデザインの研究をする奥野僚介企画員に、技術とデザインの融合の一つの形としての万博の展示と、さらにその先の、企業・組織・業界の垣根を超えたコラボレーションの可能性について語っていただきました。
モビリティ研究者とデザイン研究者によるコラボレーション
伊藤:大学では機械工学を専攻し、ロボットやマイクロマシンの制御を研究してきました。そして大学院ではMEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小電子機械システム)を制御する電子回路などのハードウエアとソフトウエアの研究をしてきました。

自動車の電子制御の研究をしたいと思っていて、自動車メーカーや部品メーカーなどにも就職活動をしました。そうした中で日立は幅広く事業を持っていて、多様な専門家が集まって新しいものを作れると聞きました。自動車に特化した企業よりも、いろいろなことができることに魅力を感じて、就職を決めました。入社して日立の研究開発体制に身を置いてみると、新しいことをやりたいと思ったときに、それぞれの分野に専門家がいることに改めて驚きました。幅広いだけでなく深さもあるところがすごいと感じたものです。
私自身は自動車のブレーキやステアリングの電子制御、さらには車両全体の運動制御といった領域を担当し、徐々にモビリティ全体のシステムへと対象を広げてきました。特にここ数年は、ドローンなどの新たなモビリティを移動インフラとして社会実装するため、実空間における高い安全性と運行効率を実現する モビリティ管制基盤「Digital Road」 の開発に携わっています。
奥野:私は学生時代に情報学を専攻し、多言語対応ロボットなどユーザー視点の情報システムを研究していました。サービスコンピューティングの分野で、観光地などに向けた専門的な用語を使った多言語対応を、API(Application Programming Interface)で連携するシステムを構築するといった研究です。サービスコンピューティングは興味の領域が広く重なる分野であり、就職活動では組み合わせられる事業が幅広い日立に魅力を感じました。

入社後は事業創生や事業性評価の領域におけるデザインの研究をしています。プログラミングやシステム開発でサービスコンピューティングのデザインを研究していたころに比べると、スキルセットはかなり変わり、コンサルティングに近くなった印象です。プログラミングから出発し、事業の構造そのものをデザインする立場へとシフトして、今は事業デザイン、サービスデザインの研究をしています。新しい事業を立ち上げるとき、どういうやり方で良い事業が作れるか、イノベーションが起こせるか、大きな事業になるかといった事業化の手法をデザインする仕事です。
多様なモビリティを安全で効率的に活用する「Digital Road」
伊藤:Digital Roadは、複数の研究チームが開発した技術を統合し構築したモビリティ管制基盤の名称で、私は初期から開発に携わり、現在は研究の取りまとめをしております。研究開始時は、2050年のモビリティ分野の将来像をバックキャストして開発する必要のある技術を選定しました。将来は地上に加えて空のモビリティが加わり、多種多様なモビリティが利用される社会になると予想し、それらを連携しながら運行を調整していくシステムにニーズがあると考えました。そこで、今後利用が拡大し、需要の高まる空のモビリティをターゲットにした要素技術開発を2021年頃から始めていたのですが、実は当時から、万博での展示も考慮していました。
数年後に開催される万博でどのようなものを見せたら良いか、まだ社会実装されていない技術を、どのようにアピールしていくかが課題として掲げられ議論してきました。そこで、万博開催期間中、そして閉幕後に、日立だけでなく周囲を巻き込んでルールを作って社会実装する方法を考えるため、奥野さんが所属しているデザインセンタにも協力を仰ぐことになったわけです。
そして、未来の都市の形成に対して来場者から意見をもらったり、仲間づくりをしたりすることのほうが優先するという形を考えました。

奥野:デザインセンタとしても、万博では未来を考えた展示をしたいと考えていました。ドローンや空飛ぶクルマなど上空を活用した移動が社会に加わると、未来の都市がどのように変化していくのかを提示しようとしました。そこで伊藤さんのチームが技術開発を担当して、私たちデザイナーが社会実装するときのプロセスや実装する地域、経済環境などを整理する、という役割分担で、研究開発を進めてきました。
空も含めた交通安全を守るDigital Road
伊藤:技術的に見ると、Digital Roadは一種の交通管制システムです。空を含めた様々なモビリティの交通の安全を守るための研究というわけです。管制システムで管理されていることで、運行の安全と利便性や効率が保たれることが重要と考えています。日立に入社して自動車のブレーキの研究を任された経験から、安全に運用されることの意義を強く感じていたことが影響しているかもしれません。ドローンなど空のモビリティに適用するDigital Roadは運用する複数モビリティの状況、周辺の状況を把握してリアルタイムに運行を調整することで運行の安全性を高めます。さらに、効率よい空の移動を実現することで、日常生活を送る人々が運行の「安全」を意識せずに、「安心」して空の移動を使ったサービスを利用できる社会が実現されると考えています。
Digital Roadはサイバーフィジカルシステム(CPS)の構成によって実現しています。現実空間から情報を収集し、データを再構成、再統合して、開発した4次元情報基盤に環境因子データとして蓄積していきます。空間位置情報に時間を加えた4次元の情報基盤には、センサーデータなどから得た障害物情報、天候・風況情報、電波情報に加え、サードパーティーから入手した環境情報なども含まれます。これらの膨大な情報を駆使してもなお、時間的、空間的に不足する情報が出現するので、そこを機械学習などのAI(人工知能)技術により予測して補完していきます。

情報を作るところは、研究要素の1つです。情報の作り方、蓄積の仕方、管制システムへの提供の仕方を研究しています。さらに、蓄積した環境因子データを使って、どの時空間にリスクがあるかを予測し、CPSによるシミュレーションに基づいてリスクを避けながら多数のドローンを効率的に運行するための計画生成、運行調整を行います。その上で、経路変更などの運行調整結果を実機にどう適用するか、Digital Roadと機体とのインターフェース、運行管理のユーザーインターフェースなども含めて開発しています。日立だけでは実現できない要素もあるのでパートナー会社と協業しながら開発を進め、まとめてシステムとして構築しました。
デジタル空間内で安全な経路を算出して、これをプロファイルとして提供することでドローンなどのモビリティが現実の空(フィジカル空間)を安全に移動できるようにします。CPSシミュレーションにより求められたリスクの低い領域の空に高速道路のような仮想の道を作って、安全性を確保する考え方です。AIなどを活用した不足情報を補完する技術や、環境情報を収集してリスク予測をする技術など、日立が持つ技術の強みを活かしたシステムだと考えています。

万博をきっかけに協創できるパートナーを探す
奥野:2020年に開催されたドバイ万博(2020年ドバイ国際博覧会)から、万博が企業の新製品を展示するためのショーケース化する傾向が強まっています。開発した技術や商品を並べて買ってくださいというような展示も多く見られます。今回の日立の展示では、このような技術を持っていて、社会や街を変えていきたいという想いを、来場者やパートナーの人たちと共有して一緒に事業を作っていくことをアピールしたいと考えています。

万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」です。日立は、「未来の都市」パビリオンに協賛し、KDDIと協力して2035年の未来をSociety 5.0で描く「Society 5.0と未来の都市」の展示を行っています。ドローンや空飛ぶクルマの技術は、開発されることで得られるメリットもありますが、一方で安全への配慮などの懸念があるのも事実です。来場者がその場ですべてを学習・理解するのは難しいと思いますので、技術が発達するとどのような未来が考えられるのかを複数提示して、選択してもらうアトラクションに仕立てました。来場の皆さんに市民となっていただき未来の社会について楽しみながら議論しようという意図です。
伊藤:展示内容を研究者だけで考えると、研究ドリブンになりがちで、技術の使われ方まで表現しきれないことが多くなります。そこで奥野さんたちデザイナーに入ってもらい表現方法を考えることで、来場者に技術の新しい使われ方を見てもらって、共感や反論を集められるのではないかと考えています。そして、そのようなプロセスを体験した企業と日立とで協創できる土壌を作っていくことが狙いです。
奥野:ドローンの利用による社会の変革もストーリーに含めています。一方で、日立だけでドローン配送などの事業が実現できるわけではありません。ドローン機体自体は他社の製品ですし、現実の物流にはパートナー企業などの協力が不可欠です。万博を通じて、パートナリングによる事業拡大が実現すると嬉しく思いますね。

空の道の社会実装に向けて
奥野:今後のDigital Roadの社会実装に向けて、2030年までのエアモビリティのロードマップ「エアモビロードマップ」を作成しました。生活者の視点、社会変化や社会課題の視点、日立が提供するソリューション、日立が開発する技術のそれぞれで、時系列の変化を描きました。社会需要がある1つのサービスイメージとして、山間部や離島へのドローンを用いた医薬品配送を掲げ、詳細をロードマップに落とし込みました。医薬品など配送単価が高く、迅速に届ける必要があるものはドローン配送のメリットが早く現れるという仮説に基づいています。

(一部「首相官邸:空の産業革命に向けたロードマップ2024(2024/11)」を参考に作成)
www.kantei.go.jp背景として公的医療機関や医師が不足し、在宅医療や遠隔医療がコロナ禍以降に広まっていることがあります。そうした中で山間部や離島で医薬品を受け取れるようなソリューションが求められます。生活者に対しては、便利さの理解を深めるとともに、環境的価値や安全性を理解してもらう変化を作っていきます。社会的には、公的医療機関の限界や配送のドライバー不足といった現実から、ドローン配送に対する市民の合意形成を求めます。そうした中で、日立は実証実験から始めて、CPSなどのさまざまな技術を組み合わせてDigital Roadの提供と高度化を進めます。
ロードマップで可視化することで、社会変化や社会課題に対してはドローン運行支援だけでなく、ヘルスケアやロジスティクスの側面の仕組みの提供も求められることが見えてきます。日立が実現できること、実現したいことと、そして技術と社会の関係性をクリアに説明できれば、日立単独では出来ない膨大な領域が見えてきます。ドローンの機体の製造、医師の役割、通信、エネルギーなどは、他の企業とのコラボレーションが前提になります。
「日立はこういうことをやりたいのですが、お客さまの企業ではどういうことができますか」を議論して、協創の種を作っていきたいと思います。もちろん万博では、ドローンの医療分野以外での使い方やドローン以外の技術分野での提案もあります。広い範囲で協創の機会を作っていければと思います。
万博から生まれる協創の息吹
奥野:万博では、子どもから高齢者まで、広く一般的な来場者に対して、未来都市のありたい姿を選択しながら作り上げてもらう展示をしています。2問の選択肢から未来都市の姿を来場者が選択し、その回ごとの未来都市が出来上がります。この展示を通じて、一般の来場者に加えて、企業からの来場者に対しても日立が未来都市で実現したいことをお伝えしています。

万博の展示を体験してもらい、興味を持っていただいた企業の方々には研究所にお越しいただいて、より具体的なドローン実装の技術などをご紹介したいと考えています。詳細な技術説明や技術の適用イメージを、デモンストレーションなどにより体感していただくことで、市民の皆さんに提供できる価値や、事業の方向性を一緒に考える。万博が第一のタッチポイント、そして研究所を第二の議論の場と活用していただく、ということですね。
実際、社外連携の話をする機会は、万博が始まってから一段と増えています。そこで感じるのは、未来のことについて真摯に考えている企業や団体は、思った以上に多いということです。想像する以上に社会は広いことを改めて感じています。だからこそ引き続き議論をしていかないといけません。もちろん事業なのできちんと収益を考えることは必要ですが、利益を追求することが主眼ではなく、社会を良くするためのエンジンとしてのお金を集めた上で、それを放出する仕組みづくりも必要だと感じています。
伊藤:新しい技術を社会実装するには、高いハードルがあります。世の中にないものを社会実装した上で、経済として回るようにする必要があるからです。一方で日立のビジネスのポートフォリオは社会インフラが多くを占めています。ドローンなどのモビリティをどのように社会に実装し、継続的に運用していくのかは日立にとっても大きな課題です。日立だけでは実現できないし、他の企業も一社だけでの実現は難しいでしょう。社会が得られるメリットも含めて、要件定義から実行していくところに日立が貢献できるはずだと考えていますし、社会インフラ企業として積極的に取り組んでいくことが日立に課せられた責務だと思います。
奥野:日立の事業領域はB2Bが多いからこそエンドユーザーの視点が重要であり、強化すべき領域なのです。企業や団体だけでなく、生活者とも議論してウェルファースト(well-first)を実現し、皆がウィンウィン(win-win)になっていく体制を作っていきたいと考えています。ぜひ大阪・関西万博西ゲート近くの「フューチャーライフゾーン」にある「未来の都市」パビリオンへお越しください。面白いですよ。

伊藤 貴廣(Takahiro ITO)
研究開発グループ DIGITAL INNOVATION R&D
モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ
自律制御研究部 兼 未来社会プロジェクト 主任研究員
中国古典に学ぶ協創の魂
中国の古典が好きで、高校生の時に買って読んだ「三国志」(吉川英治著、講談社)が印象に残っています。今の世の中も先が読めないVUCAの時代などと言われますが、三国志の当時もそうした時代でした。思想を持って人々が集まって国ができるという点でも、今の協創に通じるところがあると感じます。高校時代には英雄の活躍に憧れましたが、今読むと人を集めたり瓦解したりする世界観に学びがあると感じます。経営戦略に通じるところもあり、時間が経って読み返しても面白い本です。やっぱり一番好きなのは有名な赤壁の戦いとその前後を書いた5巻ですね。

奥野 僚介(Ryosuke OKUNO)
研究開発グループ DIGITAL INNOVATION R&D
デザインセンタ ストラテジックデザイン部 企画員
デジタルのロードマップから未来を見る
「魔法の世紀」(落合陽一著、PLANETS)をご紹介します。2015年に出版された書籍ですが、今でも先進的な内容だと感じています。落合陽一さんが提唱する計算機科学の視点に立った自然観であるデジタルネイチャー(計算機自然)に基づき、今後の社会や生活がどのように変化していくのかを語っています。最終的なデジタルのあり方のロードマップもあり、日立のインフラビジネスにも関連性が高いと感じています。落合陽一さんの視点ではもうかなり古い本かもしれませんが、私は衝撃を受けた一冊でした。大阪・関西万博で落合陽一さんが手掛けるシグネチャーパビリオン「null2(ヌルヌル)」もお勧めです(笑)。
(撮影:服部 希代野)
©Expo 2025