2025年5月20日、日立製作所 研究開発グループの協創の森にて、著書『#100日チャレンジ 毎日連続100本アプリを作ったら人生が変わった』で話題の大塚あみさんをお迎えし、講演会を開催しました。
後編では、大塚さんと日立製作所の若手研究者3名とのパネルディスカッションの様子をご紹介します。研究開発グループの阿部花南、新居知紗、吉澤陸人が、日頃から生成AIを活用するにあたって感じている課題について、大塚さんに率直な疑問や悩みを投げかけ、ディスカッションを行います。モデレーターは研究開発グループの保田淑子です。
(前編):講演「AIに奪われる側から操る側へ—#100日チャレンジが教える “生成AI活用術”」
若手研究者は生成AIをどう使っている?
保田:後半は大塚さんにも参加いただくパネルディスカッションを行います。日立側のパネリストは大塚さんと同世代の若い研究者たち。日頃から生成AIを活用する中で感じていることを大塚さんに伺ってみましょう。
阿部:普段はデザインとエンジニアリングの橋渡し役として、ユーザーインターフェース(UI)やユーザーエクスペリエンス(UX)をデザインしながらプロトタイプの開発をしており、生成AIは、コーディングをするときにアドバイスを求めたり、アイディア出しのようなクリエイティブな業務や、文章の添削などの細々とした作業に使ったりしています。生成AIとのつきあい方について知りたいと思っています。
新居:私は物流倉庫の最適化に関する業務に携わっていますが、私も普段はコーディングやコードのバグの修正に、また、文書の作成や用例の検索といった場面で使っています。業務を効率化させたくて生成AIを使っているのですが、上手に使わないと逆に時間がかかってしまう気がして困っています。
吉澤:私は生成AIの研究開発に取り組んでおり、普段の業務では開発した生成AIに議事録を作成させたり、文章の解説をさせたりしています。プライベートでも、たとえば旅行の計画を立ててもらったりとか、コミュニケーションアプリ用の面白いスタンプを作ってもらったりと、普段からなるべく生成AIを使うようにしています。どうしても課金が増えてしまうのと、新しいツールが次々に出てくる中で、どうキャッチアップしていくかに課題を感じています。
プロンプトが悪い。それ以外に理由はない
新居:生成AIからうまく回答を引き出せないことがあります。大塚さんはどんなふうに工夫をしていますか?
大塚さん:いい回答が引き出せないのはほとんどの場合、プロンプトが悪いからです(笑)。何が欲しいのか、生成AIにとって分からないプロンプトになっているんですね。相手が人間のときと同様、「この質問で相手がうまく答えられるか」を考える必要があります。答えにくい質問ってあるじゃないですか。「うまく回答を引き出せないときのプロンプトの工夫は?」というこのご質問も、実はけっこう難しいんですよ。まず、どんな場面を想定しているのか、どんなふうにうまくいかなかったのか、生成AIの回答がどんなもので、どう気に入らかったかを想像して、仮定の上で答える必要があります。生成AIに詳細な情報を渡すことができれば、もっとまともな回答が返ってくると思います。

生成AIからいい回答を引き出すには?率直な質問を投げかける新居
新居:前提条件や抱えている状況をうまくプロンプトに記入して、生成AIに投げかけることが必要なんですね。
大塚さん:プロンプトの精度を上げるには、とにかく数打つしかありません。私は一日中やっていることもあります。そもそものアイディアがよくなければ、生成AIにどんなに投げかけても変わりませんから、書いたプロンプトを途中で捨てることもあります。
保田:実際にはどのぐらい打っているのですか?
大塚さん:それはもう本当に、気が済むまで打っています。一日で終わることもあれば、数日、数週間に及ぶこともあります。ただ、プロンプトを直し続けないと答えは決して出てこないので、粘り強くやる必要があると思います。
成果物を早く上手に作りたいと思って生成AIを使う人が多いと思うんですが、実際のところ、生成AIを使ってもあまり早くならないんです。おそらく、ほとんどの場合は自分でやった方が早いです。それでも、掘れば掘るほど精度が上がり、価値が上がっていく。それが生成AIの利点ですね。

阿部は、「生成AIに対してどれぐらい粘るか悩む」と話す
阿部: 先ほどの講演では線形代数を改めて勉強したと伺いました。生成AIに頼る部分と自分で手を動かしたほうがいい部分をどのように切り分けていますか?
大塚さん:私は最初、プログラミングのことは何も分からなかったので、とにかくChatGPTに投げてみて、出てきた結果を見てプロンプトを修正することを繰り返していました。でも、それを3,000時間ほど続けていると、さすがにプログラミングのことが分かってきます。はじめはChatGPTに任せきりだった作業も、少しずつ理解して、自分でできるようになりました。
つまり、自分が成長するにつれ、生成AIに任せる領域を徐々に限定していったということですね。
生成AIの使い方としても、漠然と丸ごと投げるより、1つのモジュール単位に限定して任せた方が、精度の高い出力が得られると感じています。

研究者たちの質問に、「いい質問ですね!答えるのが難しい(笑)」と大塚さん
日記帳のようにログを残す
保田:先ほどのご講演の中で、生成AIを使う上でメモがとても重要だというお話がありました。また、知識を資産化するといったお話もありました。記録と言語化について、さらに話し合っていきたいと思います。
阿部:プロンプトに履歴を残すと、あまりに大量であとから振り返るのも大変です。大塚さんはプロンプトを投げるときから振り返りも意識した工夫をされているのですか?
大塚さん:いい質問ですね、難しい(笑)。私もプロンプトの履歴はぐちゃぐちゃです(笑)。私はプロンプト履歴ではなく、Googleドキュメントを使って、とにかくかたっぱしからメモを取っているのです。
自分がこういう人間で、こういうことが知りたくて、こういうものが好きで、といった情報もそうですし、一日にしたことや考えたことも書き残しています。プロンプトを書くときにも、まずGoogleドキュメントに、いま何を考えていて、どういう状況で何をしたくて、などと書きながらプロンプトを作っています。
新居:情報はどうやって整理されているのですか?
大塚さん:情報の種類があまりにも多岐に渡っているので、整理はできないものだと思ってシンプルにしています。私の場合はまず日付と時刻だけ書いて、そこにそのとき考えていることや、やっていることを書いています。
一日の流れでいうと、まず朝起きたら今日やることを書いて、その後、今から何をするかを一言書いてから行動を起こします。終わったら、いまこれが終わった、次はいまから何をする、と書いていきます。タスクの途中にも、必要なメモをどんどん書いていきます。とにかくすべてメモに残しているので、一日3,000文字ぐらいずつ蓄積されていきます。
新居:ぜひ参考にさせてください!

モデレーターの保田からは生成AIを使う際のマインドセットに関する問いが出された
生成AIを使うインセンティブを工夫して
保田:これまでのセッションでは、生成AIの使い方の工夫について語ってきましたが、そもそも使い続けるには、どんな心構えが必要なのでしょうか。生成AIを継続的に使いこなすためのマインドセットやモチベーションの話に移っていきたいと思います。
吉澤:先ほど、一日中生成AIを使っていると伺いましたが、どうしたらそこまでモチベーションを維持できるんですか?
大塚さん:モチベーションを保つ方法はインセンティブを設定することです。たとえば仕事をひとつずつこなしていくことや、自分のブランドをきちんと構築していくことについて、「こうしたら、こうなるんじゃないか」と仮説を立てて戦略を組み立て、それがうまくいくと、すごく面白いんです。外発的なインセンティブと内発的な動機の両方をうまく組み合わせることが大切だと思います。 「どんな形だったら、自分はやる気を出せるのか?」という視点で設計していくといいのではないでしょうか。
おそらく皆さんも、将来的には教授や管理職など、それぞれの目標を持っていると思います。そうした大きな目標に向かうとしても、まずは、たとえば、目の前の学会のために何をすべきかを具体的に考えるといいのではないでしょうか。
吉澤:確かに、論文を書くとかそういう目標を設定して…
大塚さん:いや、論文を書くっていうのは、実はそんなに強いインセンティブにはなりません(笑)。
私が学生だった頃は、単純に先生が出張先でごちそうしてくれるのが楽しみでした。
牡蠣とか、イベリコ豚とか…スペインでけっこう良いものを食べさせてもらったんですよね(笑)。それが、当時の自分には大きなモチベーションでした。
社会人になってからは、出張手当を楽しみに頑張るとか、そういう些細な理由を正当化してがんばるのが、意外と続ける秘訣だったりします。「スペインで観光したい」とか「旅先で美味しいもの食べたい」とか、そういう欲望が原動力になることって、意外とバカにできないのです。

「本音からのインセンティブを」との大塚さんの投げかけに応える吉澤
生成AIへの依存が怖い
阿部:少しネガティブな話になるのですが、生成AIに依存しているような状態でいいのか、不安になることがあります。
もし「今日から使っちゃダメ」と言われたら、少し不安になります。よく言えば「使い倒している」、でも悪く言えば「依存している」状態の人は私以外にもいると思います。
大塚さんは毎日生成AIを使われる中で、そうした不安を感じたことはありませんか?
あるいは、それでも大丈夫だと思える何かがあるのでしょうか。
大塚さん:とても率直な質問ですね。生成AIを使うときにはそうやって正直でいることが一番なので、実際に私も、毎日いろんな不安やモヤモヤを正直に発信したり、メモに書いたりしています。不安になることは、むしろ自然なことです。不安になったら何度も何度も生成AIに質問して、そのたびに答えを探せばいいと思います。
一方で、皆さんは専門家としての立ち居振る舞いを求められる場面も多いと思うので、外の世界では堂々とした態度でいることは大事です。
「Fake it till you make it(できるふりをしながら本当にできるようになる)」という言葉もあるように、外では専門家として振る舞い、内では不安や疑問を生成AIに聞いて全部解消しておくといった使い分けでいいんじゃないでしょうか。私自身も、たとえばうまく答えられなかった質問があったとき、その後でChatGPTに何時間も相談して答えを練り直すことがあります。そうした小さな試行錯誤の積み重ねで、今の自分ができています。
阿部:ありがとうございます。「外部では堂々と」と言われると、今日ここで正直な気持ちを話してしまってよかったのか少し不安になりますが(笑)、大塚さんのように堂々としながら、不安とも向き合っていけるように頑張っていきたいと思います。

生成AIとの付き合いは率直さが鍵、と語る大塚さん
必要なのは広くて浅い知識
新居:生成AIの活用をもっと上達させたいと思ったとき、実際に取り組んで良かったことや、あるいは「もっとこうしておけばよかった」と思うことがあれば教えてください。
今日も「メモを取ること」や「試行回数を増やすこと」が大事だと伺いましたが、他にもヒントがあれば知りたいです。

大塚さん:私がやってよかったと思うのは、広くて浅い知識をたくさん持っていたことですね。もともとテストがすごく苦手で、勉強もあまりしなかったので、試験はいつも“通るか通らないか”のギリギリでした。とりあえず本をざっと読んで、テストも特に対策せずに受けて……という感じだったんですが、いま思うと、それが逆によかったと思っています。
私は経済学部出身ですが、今ではエンジニアとして案件をもらっています。その理由のひとつが、「知識の引き出し」が多いことだと思っています。というのも、生成AIに質問すれば、詳しいことはだいたい教えてもらえるんですよ。だから必要なのは、「自分の知らないことがあるかもしれない」と想定しておくこと。つまり、浅くてもいいから幅広く知っておくことが大事なんです。深く暗記する必要はなく、むしろ生成AI時代に必要なのは「薄い知識」と「厚い経験」です。
もちろん、外向けの実績も必要ですが、それより大事なのは、浅い知識をいつでも引き出せるようにストックして、生成AIに使えるようにしておくことです。そうすれば、いざというときにも、博識な人のように振る舞うことができます。
「もっとこうすればよかったかも」という点については……正直、難しいです。
たとえば私はいま、自分が不真面目だったことや、失敗談も含めて赤裸々に語っていますが、それを言わずにいた方がよかったのかというと、たぶん今のようには“売れて”いなかった気もします。
いろいろありますけど、私はこの2年間、「やれることは全部やった」と思っています。後悔がないように、分からないことはすべて生成AIに聞いて、外では堂々とする——そうやってこれからも頑張っていけば、きっと大丈夫だと思います。

日常的に生成AIを使っている若手研究者に、大塚さんの話はどんなふうに響いたのだろうか
プロフィール

大塚 あみ
合同会社Hundreds代表
エンジニア/ 作家/ 研究者
2024年3月に大学を卒業、IT企業にソフトウェアエンジニアとして就職。2023年4月、ChatGPTに触れたことをきっかけにプログラミングを始める。授業中にChatGPTを使ってゲームアプリを内職で作った経験を、2023年6月の電子情報通信学会・ネットワークソフトウェア研究会にて発表。その発表が評価され、2024年1月の電子情報通信学会・情報ネットワーク研究会における招待講演を依頼される。2023年10月28日から翌年2月4日まで、毎日プログラミング作品をXに投稿する「#100日チャレンジ」を実施。その成果を2024年1月に開催された電子情報通信学会・情報ネットワーク研究会(招待講演)、および電子情報通信学会・ネットワークソフトウェア研究会、 2月にスペインで開催された国際学会Eurocast2024にて発表した。9月、国際学会CogInfoComにて審査員特別賞受賞。12月、合同会社Hundredsを設立。2025年1月、著書「#100日チャレンジ 毎日連続100本アプリを作ったら人生が変わった」を出版しベストセラーとなった。

保田 淑子
研究開発グループ
DIGITAL INNOVATION R&D 先端AIイノベーションセンタ
シニアプロジェクトマネージャ
現在、グローバル向けAI活用ソリューション研究およびプラットフォーム研究プロジェクト、社内デジタル・AI人材育成を主導。専門分野はコンピュータアーキテクチャ、クラウドコンピューティング、データサイエンス/AI。社外ボランティアとして、IEEE Computer Society 2024-2026 Board of Governors、名古屋大学客員教授兼インダストリアルメンター、日本工学アカデミー若手委員会メンバ、(一社)学びのイノベーション・プラットフォームCurator、高校生向けSTEAM教育、キャリア教育支援の出張講師等を兼任。工学博士。

阿部 花南
研究開発グループ
DIGITAL INNOVATION R&D デザインセンタ
ストラテジックデザイン部
2023年、日立製作所に入社。UI/UXデザインとエンジニアリングの両輪で、ユーザの行動変容を促すサービスデザインや顧客対話を促進するデータの可視化研究に従事。

新居 知紗
研究開発グループ
DIGITAL INNOVATION R&D
モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ
産業オートメーション研究部
2024年、日立製作所に入社。物流センタにおける作業効率向上や自動化設備の稼働率向上を目的とした、計画最適化技術の研究開発に従事。

吉澤 陸人
研究開発グループ
Next Research
Beyond AIプロジェクト
2023年、日立製作所に入社。人の嗜好性を理解し行動をシミュレーションする技術や、生成AIを活用した情報探索技術の研究開発に取り組み、本技術の小売業への活用に向けたお客さまとの協創活動に従事。現在は、将来の社会課題からバックキャストした新たなAI技術の研究開発に取り組んでいる。