牛込陽介さんと考える、関わりたくなるマスプロダクトのかたち[前編]
冷蔵庫はキッチンになくたっていい。開かれた製品を自由に楽しむ

より便利に、手に入れやすい価格で。そんなユーザーの願いと手を取り合うようにして発展し続けてきたマスプロダクト(大量生産システムによって作られた製品や量産品)のものづくりにおいて、いま、新たな価値の模索が進んでいます。中でも、完成された製品をただ使うだけでなく、製品の制作プロセスに関わったり、自由な使い方を見出したりと、ユーザーの主体的な関わりを可能とする製品のあり方が注目されています。それは具体的にはどのようなものでしょうか。また、私たちはそのような製品をどんなふうに楽しんでいけるのでしょうか。
 

研究開発グループのデザインセンタおよび、Hitachi European R&D Centre(英国・ロンドン)のDesign Labが推進する、関与によって生まれる価値を具体化するための研究においてご協力いただいた牛込陽介さんとともに、「開かれた製品」をデザインするというのはどういうことなのかを、デザインセンタの野末壮と佐藤知彦が、研究プロセスを紐解きながら語り合います。

イメージは「半分の家」

画像: 「開かれた製品」のイメージソースとなった南米チリのプロジェクト「半分の家」(画像提供:ELEMENTAL)

「開かれた製品」のイメージソースとなった南米チリのプロジェクト「半分の家」(画像提供:ELEMENTAL)

野末:我々はいま、「プロダクトの用途や外観にユーザーが関与できる余白を持ち、ユーザーが主体性を発揮できるものになっていることが、製品の新しい『良さ』の軸のひとつになるのではないか」との仮説をもって研究を進めています。そして、この仮説を「開かれた製品」と名付けています。開かれた製品とはどういうものなのか、どのようにしてデザインすることができるのか、牛込さんと一緒に改めて考えてみたいと思います。

チリ共和国(南米)に「クインタ・モンロイ(QuintaMonroy)」という、半分だけ仕上がった形で提供している集合住宅があります。半分だけの家屋に、水回りや電気系統など必要最低限のものだけが入っているんですが、その残り半分を、住民自身が好きなタイミングで好きなように作っているんです。本来は社会コストの軽減を意図したプロジェクトだったのですが、実際に現れてくるもう半分の風景がとてもいい雰囲気で、デザイナーがすべてを完成させるものとはまた違う美しさにあふれています。たしか、牛込さんには「この雰囲気をプロダクトで実現できないか」とご相談したんですよね。

牛込さん:この写真のことはよく覚えています。ここ数年、サステナビリティや理想的な未来像といった「良いこと」についてのコンセプトが、実は国や地域、文化によって異なるのだということが言われるようになりました。多元的な世界観が重視されるようになり、デザインの場でも「多元的な世界に向けたデザインとは何か」と問われるようになっています。最初に野末さんからご相談いただいたときに、まさにそれを探求するのにぴったりのテーマだと感じました。

機能を保証しないマスプロダクトは受け入れられるか?

牛込さん:半分の家のコンセプトはとても面白いと思ったものの、同じことをマスプロダクトで探求できるのだろうか、という懸念もありました。2023年に自動販売機を対象とし、人の関与を促す製品アイデアを考えるワークショップをご一緒したとき、家と製品の違いが浮き彫りになりましたね。建築物は住み手に応じて形を変え、一緒に育っていくものだという見方が一般的なのに対し、製品は特定の機能を提供するものだという思いが、やはりメーカー側にも生活者の側にも強い。

画像: 「建築ではできてもマスプロダクトになると難しい」と指摘する牛込さん(画像左)

「建築ではできてもマスプロダクトになると難しい」と指摘する牛込さん(画像左)

佐藤:それは私も最初から気になっていました。人は製品に対して、「この製品はこういうものだ」というイメージをあらかじめ持っています。そこからあまりにも逸脱したときに、イメージとのギャップをネガティブに捉えて「受け入れられない」と思うのか、それとも面白いストーリーがあれば、ポジティブに捉えて受け入れることができるのかが問題です。それと、ユーザーがプロダクトに関与できるということは、品質面での不確実性が高まるということにもなります。その不確実性を果たしてどこまで許容できるかも気になります。品質は不確実でも多元的なニーズを充実させることに力点を置くのか、もしくは一定の品質を確保しつつニーズを満たしていくことをめざすのか。いずれにしても製品に初めて触れる段階で、作り手と使い手の前提条件の合意が組み込まれている必要がありますよね。

「開かれた製品」、3つの要件

野末:建築と製品との違い、不確実性の許容についてなどいくつかの論点が見えてきたところで、「開かれた製品」について改めて確認したいと思います。「開かれた製品」とは何かと問うたとき、私たちは「関与の余白」があること、関与の障壁をともに乗り越えようとする「関与の後押し」があること、「多元性」を持つこと、の3つの要件があると考えています。製品の完成までのプロセスに関わりやすくなり、それぞれにあった使い方や価値を創造できるようになっている、ということです。

画像: 「開かれた製品」の定義の1つ目、「関与の余白」。製品にあえて造形上、機能上の余白を設けることで、製品の完成プロセスに関わることを可能とする。

「開かれた製品」の定義の1つ目、「関与の余白」。製品にあえて造形上、機能上の余白を設けることで、製品の完成プロセスに関わることを可能とする。

野末:とはいえ、ただ余白を設けるだけでは関与は生じません。専門家ではないアクターがプロセスに参加するためには、経済的なインセンティブや、面白さなどの動機づけが必要です。これが「関与の後押し」です。関与の後押しの中には、先ほど佐藤さんが指摘した信頼や品質の問題も入ってくるかもしれません。

※アクター……完成した製品を単に使うだけでなく、製品の完成プロセスに関わったり、自分なりの使い方や新たな価値を創造するなど、製品に対して主体的に関わる人のこと

また、製品開発のプロセスに新たなアクターが加わったり、アクターのあり方や関わり方が地域や文化によって異なったりすることで、製品が多様な形や機能を持ったり、さらに異なる価値を異なるタイプのユーザーに届ける可能性が出てきます。このように、「開かれた製品」は文脈に依存して多様に変化していく多元性を持っていると考えています。

画像: 「開かれた製品」の要件の2つ目、「関与の後押し」。適切な動機づけにより、専門家でなくても製品開発プロセスに関わることができるようになる。

「開かれた製品」の要件の2つ目、「関与の後押し」。適切な動機づけにより、専門家でなくても製品開発プロセスに関わることができるようになる。

あえての「不完全」が受容されるためには

野末:先ほどお二人が懸念として上げてくださった「受け取ってもらい方」の問題は私も感じていたことです。しかし、逆に考えると、前提条件の合意が取れれば一気にうまく行くということかもしれません。そこで考えたのですが、最初からそういう文化があるところで作ってみたらどうでしょうか。もともと関与の余白に対する価値観が育っている場所に向けてものを作ることで、受け入れてもらいやすくなるのではないでしょうか。たとえば、アウトドアブランドの家電を作ることになったら、今までとはまったく違うものが出来上がると思うんです。

画像: 「開かれた製品」の要件の3つ目、「多元性」。多様な関与が増えることで、価値の多元化が進む。

「開かれた製品」の要件の3つ目、「多元性」。多様な関与が増えることで、価値の多元化が進む。

牛込さん:なるほど。「冷蔵庫を開きました」と言っても、冷たい飲み物が出てこなかったら普通は怒るけれど、「ものを冷やす」以外の冷蔵庫の価値が受け入れられるような文化の現場にもっていったら受け入れてもらえるかもしれない、ということですね。とはいえ、実際にそれをプロダクトでやろうとすると、なかなか難しいかもしれませんね。

野末:これまで「完成されたもの」として捉えられてきたマスプロダクトにとって、不完全さをどうやって許容してもらうかというのはやはり大きな課題になりそうですね。私たちが最初に「開かれた製品」の要件として定義していたのは「関与の余白」と「関与の後押し」と「多元性」でしたが、ここに、その不完全さを受け入れてもらえるようなエコシステムをどうつくるかということも、付け足す必要がありそうです。

モジュール型冷蔵庫Chiiilがもたらした新しい価値

画像: モジュール型の小型冷蔵庫「Chiiil(チール)」は冷蔵庫の固定観念を崩した

モジュール型の小型冷蔵庫「Chiiil(チール)」は冷蔵庫の固定観念を崩した

野末:日立の製品にChiiil(チール)という冷蔵庫があるのですが、これが「開かれた製品」を考える上で良い事例になるのではないかと思っています。開発者として関わった佐藤さんから、簡単に紹介していただけますか。

佐藤:Chiiilは、自分の好みで選んでキッチン以外のさまざまな場所に設置できる小型のモジュール冷蔵庫として開発しました。たとえば寝室に置けば喉が渇いた時にすぐ水が飲めたり、ダイニングに置けば食事中にさっとドレッシングや飲み物を取り出せたりと、さまざまな使い方ができます。また、2台を組み合わせて縦置きや横置きができるなどレイアウトが選べるようにしたり、色もライフスタイルストアのACTUS(アクタス)さんとの協創で10色のカラーバリエーションを展開したりして、いままでにない自由度を持たせた家電になりました。
Chiiilは単なる小型家電というより、ライフスタイルを提供している製品だと思っています。ユーザーの声を聞いて面白かったのが、あくまで食品の保存をイメージしていた私たちの想定を越えて、化粧品など食品以外のものを保存している方がいたんです。そういう使われ方を見ると、さっき野末さんが言っていた多元的な価値にも寄り添うものになっていたのかな、と。

画像: 開発者の立場から、「開かれた製品」としてのChiiilを語る佐藤

開発者の立場から、「開かれた製品」としてのChiiilを語る佐藤

野末:なるほど。形についても使い方についても、ユーザーが選んだり考えたりする余白があるということですね。

佐藤:そうだと思います。

野末:Chiiilは、製品に合わせて暮らしを変えるのではなく、製品を人の暮らしに合わせて変えていくことができると、開発者でない視点から見て感じます。

たとえば料理を手伝いたい子どもにとっては冷蔵庫が低い位置にあった方が使いやすいかもしれませんし、いたずら好きで冷蔵庫を勝手に開けてしまう、ということであれば手に届かないところに置けた方がいいかもしれません。Chiiilの自由さは、いままでの製品が想定していた「使いやすさ」からこぼれ落ちていたユースケースに応え、暮らしの多様性をサポートするものになっているのではないでしょうか。

牛込さんは、Chiiilをみてどう感じましたか。

牛込さん:Chiiilは「半分の家」とすごく近い事例だと感じます。化粧品の保管なんて、たぶんデザイナーは想定していなかったですよね。他にも、イベントのときに持って行ったり、災害時に使ったりなどいろいろな用途が想像できます。これまでどんどん大きくして想定上のユーザーに合うように最適化してきたものを、逆に小さくすることで余白ができた。これはとても面白い事例ですね。

「標準」からこぼれ落ちていた価値を提供する

牛込さん:Chiiilが良いのは、小さいけれど冷蔵庫として成り立っていること、また、ユーザーが工夫する必要があるけれど、その工夫の敷居が低いことだと思います。製品性と余白、工夫に対する敷居の低さがとてもいいバランスでまとまっていますね。

野末:たしかに、製品性と余白のバランスは重要ですね。佐藤さんはChiiilの開発を通じてどんなことを思っていますか。

佐藤:冷蔵庫って、購買決定要因の上位にやっぱり容量が来るんです。だから、メインビジネスとしては今後も大容量のものを提供していくと思うんですが、それに加え、Chiiilのように容量以外の価値提供をするものとの二極化が進んでいくんじゃないかと思っています。

野末:二極化というのは、製品のあり方としてということですか?

佐藤:はい。これまでメーカーは、人々のものに対する欲求を満たすために製品を提供し続けてきたんだと思うんです。でも、もう高度経済成長のものづくりとは違います。社会も製品も成熟して、製品は「あって当たり前」の存在になっている。そうした流れの中で、製品は今後、生活のインフラとしていまの生活を支えるものと、多元的な欲求を支えるものの二極に分かれていくのではないでしょうか。生活必需品とされる製品群は、年々ユーザーの欲求の水準が高まり続け、標準化して行き着くところまで行った感じがありますが、それとは別に、多元的な価値を満たす何か別の製品を、みんなが欲していると思うんですよね。

野末:なるほど。これまで「当たり前」からこぼれ落ちていた願いをかなえる、新しい製品のあり方が生まれてきているということですね。

画像: 開かれた製品のあり方から、従来の製品がもつ課題を超える可能性が見えてくる

開かれた製品のあり方から、従来の製品がもつ課題を超える可能性が見えてくる

過剰な標準化を見直すことも必要

牛込さん:なるほど。多元的な価値を満たす製品については私もそう思います。その一方で、いま標準化しているものについても見直す必要があるのではないかと思っています。

たとえば大容量の冷蔵庫には、いつまでも同じ食品が冷蔵庫に入りっぱなしになっていて、食品自体も電気も無駄になるといった問題も起こり得ます。でも大容量だと売れるので、多くのメーカーはそこに向けて作ってきたし、手を取り合うようにして技術開発も進んできました。そうやって飽和状態になったものが標準化したのがいまの状況でしょう。そこに「本当にこれでいいんだっけ?」と目を向けることも、デザイナーとしては忘れずにいたいですね。

佐藤:ああ、そうですね。それは私もまったく同じ考えです。

野末:従来の製品が含み得る問題としては、提供価値が過剰になる可能性があるという問題以外にも、「標準」と言いつつも取り残されてしまう人がいて、製品を使える人と使えない人が知らない間に分断されてしまっているといった問題もあります。Chiiilでいえば置く場所やシーンを人に委ねることでそのギャップを埋めていけるのではないかと思っています。

牛込さん:なるほど。Chiiilのようなプロダクトがあることで、「実は冷蔵庫ってこんなに大きくなくても良かったんじゃないか?」と気づいていって、結果、次第に標準を変えていくところまで行けるといいですよね。

後編では、「開かれた製品」をデザインするためには、デザイナーにも従来とは異なる発想や思考が必要です。後編では、より多元的な価値を生み出すためのデザイナーの役割について語り合います。

後編:固定観念から自由に、多元的な価値へ。開かれた製品をデザインするために

プロフィール

画像1: 牛込陽介さんと考える、関わりたくなるマスプロダクトのかたち[前編]

牛込 陽介
Takram(※2024年2月取材時)

未来リサーチ、デジタルプロトタイピング、インタラクションデザインを専門とし、未来についてのより確かな意思決定のためのデザインを行っている。人・テクノロジー・地球環境との間で起こる出来事に焦点を当てたプロジェクトに数多く携わる。2018年Swarovski Designers of the Future Award受賞。Core77、ICON magazineなどでコラムの執筆も行っている。

画像2: 牛込陽介さんと考える、関わりたくなるマスプロダクトのかたち[前編]

佐藤 知彦
日立製作所研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ UXデザイン部 主管デザイナー

ロンドンで家具・インテリアのデザイン開発に従事したのち2015年に日立製作所に入社。
現在は冷蔵庫の開発を中心に家電のデザイン開発を担当。

画像3: 牛込陽介さんと考える、関わりたくなるマスプロダクトのかたち[前編]

野末 壮
日立製作所研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ UXデザイン部 主任デザイナー

工業デザイナー。業務用プロジェクターやテレビ等の情報機器、白物家電の開発を担当後、現在は鉄道車両の開発に従事。2022年度より2年間英国オフィスにて鉄道車両の開発と本研究に従事。2024年度より現職。

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