画像1: AI画像認識がひらく人間中心の社会

企業活動に変革をもたらす人工知能(AI)。その技術の先端を担っているのが画像認識の分野である。AIの能力は、物事を把握する「認識」を超え、意味を理解する「認知」に達するとの見方もある。AIをめぐる技術開発の方向性と社会応用の可能性を見出すべく、画像認識研究の第一人者である国立情報学研究所(NII)教授の佐藤真一氏と、顧客協創につながるAIの研究開発を行う日立製作所人工知能イノベーションセンタ長の影広達彦が、ビジョンを語った。

AI画像認識の最新動向

吉永:人工知能(AI)をめぐっては、2012年に画像認識の分野で深層学習による飛躍的な精度向上があり、以降、画像だけでなく音声や言語処理でも大きな技術的な進展が起きています。AIが「人間の認知に近づいている」という話も聞かれます。今の状況をどう見ていますか?

画像2: AI画像認識がひらく人間中心の社会

佐藤:AIでできることが日々増大しているというのが、私の捉え方です。膨大な数の研究成果が発表されており、AIを支えている機械学習や、機械学習の一つであるディープラーニングによってできることが広がり増えつづけています。

ディープラーニングの一分野であり、私の研究対象でもある画像認識技術については、物体検出や画像識別の性能が、もはや人間を超えたとさえいわれています。

実用面を見ても、ディープラーニングを利用した「ディープフェイク」という映像合成メディアが、まるで実物の人間の動きに見えるほどリアルな映像を生成しているほか、「GPT-3」という言語解析のAIは、人間のような文章を生成することができます。

それ以外にも、AIに基づいて自動運転車の開発が進んでいるのは知られているところです。また医療でも自動診断に迫る技術が開発され、海外ではすでに米国食品医薬品局(Food and Drug Administration; FDA)の認可を得た医療機器もあります。このような発展は、今後しばらく続くと思っています。

影広:画像認識技術の進展には目覚ましいものがあります。中でも弊社において大きなターニングポイントになったと考えているのが、2016年に私たちが株式会社ダイセルとの協創で「作業員解析システム」を開発したことです。

このシステムは、生産現場における作業者の動作を、画像データとして収集した上で認識・解析し、不具合の予兆検出や、品質レベルの向上を実現させるものです。これにより、作業者の安全確保や、製造ログデータの蓄積が可能となりました。これは認知に向けての大きな進展だったと思っています。

人の仕事はAIに置き換わっていくのか?

吉永:AIが「認知」できるようになることの意味はどこにあるのでしょうか。認知できるとは具体的にどういったことが可能になるのかという技術の点と、社会や顧客が実際にAIに何を求めているのかというニーズの点と、それぞれの観点から考えを聞かせていただけますか?

佐藤:技術の点では、人間に置き換わるだけでなく、人間の能力を追い抜けるようになるところに大きな意味があるといえます。計算をする、あるいはそれをもとに予測を立てることは過去に人間もやってきましたが、AIや機械はそれらの作業を人間より高速化、あるいは大規模化して行えます。

それに、人間は作業を続けていると疲れて、判断が鈍ってしまいます。一方、AIや機械は疲れ知らずで、判断がぶれることがありません。また、極限環境下など人間が作業するのに向いていない環境での作業も可能です。

影広:ニーズの点では、「人間の生活の質(QoL)を高めたい」という新たな要望に応えられることの意味が大きいと思います。これまでは「AIにより作業効率化やコスト削減を実現したい」という要望が主流でした。しかし近年は、AIなどの技術を駆使したスマート社会を意味する「Society5.0」が提唱され、人間が不得手とする作業からの解放を含む「人間中心の社会」がめざされています。この潮流から「QoLを高めたい」という要望が大きくなってきているのです。

実際、お客さまからは「作業員の安全を担保したい」などといった要望が増えています。安全のための技術という点では、私たちは佐藤先生のグループと共に毎年参加している米国標準技術研究所主催の国際コンペティション「TRECVID」において、空撮映像から災害事象を自動分類するタスクで2020年に世界トップの精度を達成しました。一層の技術研さんをもって、社会の安全に対するニーズに貢献できればと思っています。

画像: 人の仕事はAIに置き換わっていくのか?

人間の活動の支援者として

吉永:人間が簡単にできる作業を代替してくれる機械的な存在であったAIが、人が不得意な作業をしたり、人に寄り添ってサポートをしてくれるパートナーのような存在になってきているということですね。お二人の話からAIの進歩ぶりが伺えます。一方で、AIが人の仕事を奪ってしまうのではという議論もございますが、その点はいかがでしょうか?例えば、人間が好むようなデザインをAIが実現するようなこともすでに行われているのでしょうか?

佐藤:人間が絵を創作するような場面で、AIがそれを「支援」するような技術は進んでいます。また、人間が好む画像をひたすら学習させることで、人間の趣向を把握させることはできます。しかし、創造性を伴うような真の意味でのデザインをAIが主体的に「実現」するのは、現時点では難しいことです。

影広:日立の試みとして、同じ協創プロジェクトの中でデザイナーと研究者がチームを組むことがあります。デザイナーからは、私のような研究者にはない視点からの意見が出され、そこから実現可能な方法を見出せるということもあります。こうした、異なる視点から新たな方法を得るというプロセスでは、AIがその役割の一端を担っていくのかもしれません。

吉永:AIが主体的に実現するのではなく、人に新たな気づきを提示してくれて共に成長というか進化をしていくイメージでしょうか。それでは、お二人が、これまでのAI研究を通じて得られた「気付き」は、どういったものがございましたか?

画像3: AI画像認識がひらく人間中心の社会

影広:一つの課題を正しく解決したAIは、ある種とても汎用性があり、次のビジネスやソリューションを生み出せるということです。

私たちは東急電鉄株式会社との協創で、「カメラ画像を活用した人流可視化」に取り組み、2016年には、鉄道利用客などに向け駅の混雑状況などを画像で配信するサービスを開始しました。このプロジェクトでは、東急電鉄の担当者と議論し、駅利用客のプライバシーを保護するため、利用客の姿を人型アイコン画像に置換して表示することにしました。

この手法が2020年、東京ドームでの「プロ野球公式戦における新型コロナウイルス感染症対策としての混雑可視化の実証実験」でも採用され、入場者のプライバシーを保護しながら、混雑緩和や誘導策の検討を支援することにつながりました。2016年時点では、まさか感染症対策に活用できるとは全く想定してませんでした。

佐藤:私にとっての気付きは、AIは素直すぎるところがあるということです。あるとき、自動車の画像を無数に集め、AIに学習させていました。ところが、どの画像でも自動車が道路とともに写っているため、AIは道路を自動車と誤認識してしまいました。AIの「素直さ」は「人間にはある常識のなさ」ともいえます。思わぬところで注意が必要だと思いました。

画像: 人間の活動の支援者として

新たなフェーズへと階段を昇るAIにおける倫理の役割

吉永:AIの活用には注意が必要ということで、普及には、社会に受容してもらうことも課題といえます。この点で重要なことはどのようなことでしょうか?

佐藤:研究者が倫理観をもっておくことは非常に重要だと考えています。技術の応用がなされたとき、なにを守らなければならないか。この点は、研究機関がきちんと検討し、実行に移していくことが重要となります。

また、人間が行うときには起きないような出来事が生じうるということを念頭に、対策を考えておくことも重要です。先ほどの自動車の誤認識の事例もそうですし、解析データの偏りがあるときもAIが誤認識を起こし、不測の結果が導き出される可能性があります。AIがどうしてそう判断したのかをAI自体に説明させるような仕組みづくりも大切になると考えています。

影広:新たな技術を普及させるとき、倫理的な課題が伴うことを常に認識しておかなければならないと私も思います。我々は、日立創業の精神である「和」「誠」「開拓者精神」という3つの価値を日立グループ・アイデンティティの一部にしています。技術開発の段階、社会実装をして普及させる段階のそれぞれで、この3つの価値を大切にしています。*1

吉永:今後のAI技術の進歩についての展望を聞かせてください。

影広:AIの流行は、過去にも2度ありましたが、いずれも社会の期待に技術で応えることができませんでした。3度目の今回こそは流行を一過性のものとさせず、皆さんの期待に応える技術を築いていきたい。お客さまのニーズを満たせる技術を提供し、社会に貢献していきたいと考えています。

佐藤:実用に足る技術が確実に現れています。皆さんにAIを安心して使ってもらうために、技術や知識の蓄積が大事になってきます。また、人間の動作や意図を理解し、支援の仕方を適切に判断するようなAI技術の開発や、人間とAIそれぞれの得意なことの棲み分けなども重要になってくるでしょう。

新たなフェーズへの階段を、今、私たちは昇っているところだと捉えています。

AI は私たちの生活において不可欠な要素となりつつある。AIがどのように人々のライフスタイルを改善できるか発展していく方向性を探求することは楽しみでもあります。日立は、環境価値の貢献、レジリエンスの向上と安心・安全の確保を通じて、技術による持続可能な社会への貢献を追求していきます。次は、インドにおけるポストCOVID社会でのAIについての対談を予定していますので、お楽しみください。

*1:社会イノベーション事業に AI を活用するための AI 倫理原則

プロフィール

※ 所属、役職は公開当時のものです。

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佐藤 真一

国立情報学研究所
コンテンツ科学研究系 教授
工学博士

1987年 東京大学工学部電子工学科卒。2004年 国立情報学研究所教授となり、現在に至る。1995年から1997年まで、 米国カーネギーメロン大客員研究員としてInformedia 映像ディジタルライブラリの研究に従事。画像理解、画像データベース、映像データベース等の研究に従事。

電子情報通信学会、情報処理学会、IEEE CS、ACM各会員。

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影広 達彦

日立製作所 研究開発グループ
テクノロジーイノベーションセンタ統括本部
人工知能イノベーションセンタ長
兼 Lumada Data Science Lab. ラボ長
博士 (工学)

1994年 筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了後、日立製作所入社。中央研究所にて、映像監視システム、産業向けメディア処理技術の研究開発を取り纏め、2015年から社会イノベーション協創統括本部にて、ヒューマノイドロボットEMIEWの事業化に携わる。2017年にメディア知能処理研究部長、2020年より現職。

筑波大学大学院 グローバル教育院 エンパワーメント情報学 客員准教授、情報処理学会会員、電子情報通信学会会員。

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吉永 智明

日立製作所 研究開発グループ
Lumada Data Science Lab
主任研究員

2004年 東京工業大学大学院計算工学科修士課程修了後、日立製作所入社。中央研究所にて、民生用カメラ・テレビ向けの画像認識、機械学習技術の研究開発に従事。2015年から2018年に日立アメリカ社の研究開発部門に出向。2020年から現職にて、Public Safety分野向けの映像解析研究のプロジェクトのリーダーを務める。

電子情報通信学会会員。

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