2020年、日立製作所はプロダクトからサービスやソリューション開発に至るまで、外部(社外)からはその活動が見えにくい日立のデザイン活動を、フィロソフィー「Linking Society」としてまとめました。コロナ禍でさまざまな分断があるなか、このことばに込められた「しなやかにつなぐことで世の中が変わっていく」という意識を新たに“日立デザイン”に取り組んでいます。
それと時を同じくして、デザイナーが所属する研究開発グループ 社会イノベーション協創センタでは、デザイナーが自ら日立デザインを外部に伝える活動をはじめています。
・2020年10月 ブログサイト「Inside Hitachi Design」開設
・2021年3月 デザイン誌「AXIS」増刊「日立デザイン つながっていく社会を支える」発刊
・2021年4月 家電のプロダクトデザイナーによる「製品プロモーションビデオ」配信開始
いまなぜ、日立デザインを発信するに至ったのか、その背景や思いについて、自らも日立デザインをリードする立場にある東京社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長 丸山幸伸が、異なる側面から日立デザインを掲げて発信を開始した2人、サービス&ビジョンデザイン部 主管デザイナー 柴田吉隆とプロダクトデザイン部 リーダ主任デザイナー 助口聡に話を聞きながら、そこにある問題意識や視点、デザイン活動の意味について一緒に考えます。
社外からは見えない「過程」にこそ面白さがある
丸山:柴田さんとは、十数年前にサービスデザイン領域を一緒に立ち上げましたね。その後は、協創方法論「NEXPERIENCE」の立ち上げなど経て、2017年からは東京社会イノベーション協創センタでビジョンデザインプロジェクトのリーダーを担当されていました。まずは、「ビジョンデザイン」について教えてくれますか。
柴田:社会を支えるシステムのあるべき姿や、その中での日立の役割を探っていくために、議論のたたき台としての将来像を示すのがビジョンデザインです。現在は日本政府が提唱する「Society 5.0」について、私たちなりの解釈によるビジョンを具体化する活動をしています。
家電などのプロダクトデザインは、製品というわかりやすい形で発信されますが、業務システムなどのデザインには発信されないものも多くあります。また、社外に伝える形になっても、その形になるまでの過程にある面白い活動まではなかなか伝えることはできません。社外からは見えないその過程に、日立デザインの面白さがあることを伝えたいと常々思っていました。
大学生に「日立のデザインって、何をやっているのか?」と聞かれることがあるんですが、日立が何をデザインしているかは社外にはわかりにくいんですよね。そういう時は、「皆さんが毎日使っているものを大体つくっている」と答えています(笑)。
丸山:それはまた、大きくでたね! でも、たしかに、列車の運行システムのように、生活の中にある日立デザインで知られていないものは多い。
そのなかでも、ビジョンデザインのような社外からは見えにくいことを伝えたいという思いが、2020年10月の、デザイナーや研究者がブログ形式で発信する『Inside Hitachi Design』の立ち上げにつながるんですね。でも、そもそも世の中に伝える前の活動を社外に発信するのは、一見すると「大丈夫なのかな?」とも思えます(笑)。
柴田:2017年に立ち上げた「BEYOND SMARTプロジェクト」のときの経験が生きたと思っています。これは、利便性(SMART)の追求がもたらしてしまっている問題にも着目し、便利を超えた価値を提案するというコンセプトのもと、日立からの「意見」や「問い」を社会に向けて発信していくという活動です。商品として社会にモノが出ていくプロジェクトではないので、自分たちの活動を発信していかないと「(活動自体も成果も)何もなかったことになってしまう」と切実に思いました。そこでビジョンデザインで進行中のプロジェクトを紹介するウェブサイトを立ち上げて、社外に向けて活動内容を発信したところ、チームのモチベーションも高まりました。
日立デザインという場を、自分たちのメディアにしよう。
柴田:コロナ禍の影響も多分にあるとは思いますが、2020年頃から、色々なところで「自分の考え」を発信する人がすごく増えてきた気がしています。とても良いことだし、面白いと思う一方で、ふと自分たちのことを振り返ると、逆に発信していないことへの危機感が高まりました。このままでは日立デザインも、自分たちも社外に認知されなくなってしまうのではないかと。
そこで「日立デザインが場として存在をし、そこで働く我々とってのメディアになっていくといい」ということを社内に投げかけてみたんです。自分たちから発信していくということができれば、もっとみんなが自信をもって活動できるのではないかという思いがありました。
『Inside Hitachi Design』を立ち上げるときに、執筆を強制しないということと、もう1つ、個人のアカウント(名前)で発信することにこだわりました。発信者個人がユーザーにフォローされ、コメントも受ける形にしたかったからです。日立デザインという場に、ある程度自由に、自分の視点で考えていること、やっていることを発信できるメディアがあることが大事で、少しずつそれを使いこなしていきたいと思ってくれる人が増えてきたらうれしいと思っています。
コロナ禍の社内コミュニケーションが、重要な「財産」に気づくきっかけに
柴田:社内向けの話になりますが、同じ発信の取り組みとして、丸山さんが2020年10月からはじめた社内向けのポッドキャストについて聞かせてください。コロナ禍において、同じプロジェクトチームのメンバーとは、社内SNSを活用してリモートでも自由に会話をすることができています。ただ、この働き方では以前のように、仕事以外でのつながりをもつのはすごく難しい。そんな中で、丸山さんがイントラネットの中で雑談的なチャンネルをはじめたと聞き、「ほーっ!」と思いました。
丸山:リモートワークが定常状態のなかで、僕自身もコミュニケーション方法を模索しながら、みんなはどうやって仲間と会話をしているのか、「最近どうしているの?」なんて会話をどうやって始めているのかが気なっていました。何人かに聞くと、小さい単位で毎朝ミーティングをやっているとか、自主研究でつながっているグループで会話をしているとのことでした。そして同時に、コロナ禍で入社してきた新人社員たちがコミュニケーションをとれずに苦労している、という話も聞きました。同じころ、デジタルを活用して「研究の仕方」を変えるための、新しい働き方を検討することになったんです。
もっとみんなを繋げていきたいという思いと、新しい働き方の検討。そこで改めて、これまでこの2つの課題に取り組んでこなかったことに気がついたんです。そこで、前々から考えていた、イントラネットの中で社会イノベーション協創センタのメンバーの日常について雑談をする音声配信の企画に着手しました。
柴田:実際にやってみて、思ったとおりの効果や思わぬ成果はありましたか?
丸山:この配信コンテンツでは、メンバーに「今を切り取って、自身の目線で話をしてほしい」と依頼しています。そうすると日常生活の話の中にも、その人の専門性がちらっと見え隠れするんです。例えば、コンビニおにぎりの三角形の中にあるくぼみに何故?を考えてしまう人や、趣味のAI将棋の話をしているだけなのに、バックグラウンドにある知見が影響してめちゃくちゃ面白い人など。そうか、この人たちは日常で息をしているだけでも、デザイナーや研究者としての強いこだわりをもっているのか、この専門的な視点をもっている人たちと一緒に仕事をしたらすごく面白いだろうなと強く思いました。
つまり、「この人と仕事をしたい」と思われるデザイナーや研究者こそが、内部にとどめておいてはいけない大事なアセット(財産)だと気がついたんです。コロナ禍においては、人財などソフト的なアセットと知識を活用していこうと思いました。
柴田:そうですね、本当に財産だと思います。雑談を音声配信するようになったおかげで、オフラインだけで付き合っていた時代ではできなかったコミュニケーションができるようになったと思います。
丸山:私たちはいま、新しいデザインに挑戦しているところなんです。結果が出てから説明をするのではなく、その過程や、私たちの試行錯誤している様子を社内外に公開していける環境をつくっていければよいと思っています。
日立製作所 研究開発グループ社会
イノベーション協創統括本部
東京社会イノベーション協創センタ
主管デザイン長
丸山幸伸
『イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材』(トム ケリー, ジョナサン リットマン著、早川書房)は、イノベーションを生む能力を10人のキャラクターになぞらえ、そのスキルと行動様式が、軽妙な描写で、わかりやすく描かれており、読み進むほどにワクワクする本です。デザインシンキングという言葉の意味や価値が広く一般にも伝わるようになったのは、この書籍の著者であるトム ケリー氏の功績が大きいと言えます。イノベーションに取り組むすべての人に、「自分にもできるかもしれない」という勇気をくれる一冊ではないかと思います。
株式会社日立製作所 研究開発グループ
東京社会イノベーション協創センタ
ビジョンデザインプロジェクト
主任デザイナー
柴田吉隆
職場の同僚から「受動態と能動態の間の中動態というものがある」と教えてもらい、興味を持って読んでみたのが『中動態の世界 意志と責任の考古学』(医学書院)です。「する」か「される」かが問題となる現代の言語に対して、中動態があった時代の言語では、本人の意識が行為の外にあるか内にあるかが問題になっていたそうです。Society 5.0は「想像社会」ともいわれるけれど、中動態が強かった世界では、他人の行為の背景に思いを馳せることが当たり前のようにひとりひとりの考えの中に織り込まれていたのかもしれないと妄想が広がります。
日立製作所 研究開発グループ
東京社会イノベーション協創センタ
プロダクトデザイン部
リーダ主任デザイナー
助口聡
『デザイン発見』(六耀社)は、1999年に私が食品容器の業界でキャリアをスタートした時に出会った、デザイナー奥村昭夫さんの作品集です。後日、運良くご本人と直接会話する機会に恵れ、図々しくも当時の仕事の悩みなどを相談させていただきました。その中で、「仕事は自分で楽しくするもので、如何に仕事を楽しくするかがクリエイティビティの発揮しどころ。自分の仕事を楽しくできない人は、良いアウトプットが出せない」とのアドバイスを頂きました。20年以上経った今でも、仕事に詰った時は意識するようにしています。