カーボンニュートラルを実現するには、再エネやEVの導入だけではなく、送配電の効率化も不可欠な要素となる。日立グループは送配電網に使われる変圧器の研究開発により、大きな効率化の効果をもたらす「ハイブリッド鉄心変圧器」を開発した。大型化を防ぎながら損失を66%も減らすことで、将来の電力インフラのCO2削減に貢献する。ハイブリッド鉄心変圧器の開発に携わった研究開発グループ電動化イノベーションセンタ産業機器システム研究部の研究員、小林千絵に、開発の背景からアイデア、苦労などを語ってもらった。

EV社会を支えるインフラの要としての変圧器

CO2排出が大きな社会問題になり、カーボンニュートラルを目標にした様々な取り組みが行われています。自動車産業の電気自動車(EV)化もその1つです。一方でEVの充電に限らず、産業や社会で消費する電力は、系統電力などの電力インフラを通じて送られてきています。送配電の系統でエネルギーロスがあるならば、その無駄を抑える技術を開発することで、大きなCO2削減につなげることができるでしょう。

日立製作所では、系統電力の中でも高圧受配電用の変圧器に着目しました。変圧器は、送電の上流側から下流側に向けて電圧を降圧する装置です。系統電力に欠かせない装置で、非常に多くの数の変圧器が稼働しています。変圧器には損失があり、この損失を減らすことができれば電力の無駄が削減され、結果としてCO2の削減につながります。

変圧器は規格で30年以上利用することが決まっていて、実際には50年、70年と使われているものも少なくありません。これらは確実にリプレースされていくので、低損失の高圧受配電用の変圧器を開発してリプレースしていけば、将来的にはCO2の削減につなげることが可能です。実は、今回開発した「66kV級30MVA三相ハイブリッド鉄心変圧器」では、1台当たり年間38.54トンのCO2削減効果が見込めます。これを国内の変圧器の日立の販売規模に掛け合わせると、2030年までの約10年で約10万トンのCO2削減効果が得られるという計算になります。変圧器による損失を減らしてその分のエネルギー消費量を低くすることで、大きなCO2削減効果が得られるのです。

こうした大きな効果が得られる新しい変圧器は、既存の変圧器の素材を組み合わせた「ハイブリッド」方式で開発しました。大容量の変圧器に使われる珪素鋼板と、小容量の変圧器に使われるアモルファス鉄心の、それぞれのメリットが生かされる組み合わせ方を見極め、さらに実際に試作器を作る製造過程の検討も進めることで、試作と実証を行うことができたのです。

画像: EV社会を支えるインフラの要としての変圧器

社会に役立つ研究をしたい気持ちから日立へ

私は高校時代を女子校で過ごしました。文系と理系が分かれるとき、それまでに物理を学んだときに「面白いな」と感じたことから、物理学科に進むことを決めました。大学の学部では、社会の役に立つことがしたいという憧れから、製薬などに貢献できるキラル異性体の研究をしている研究室を選びました。その後、大学院に進学するときは、学部の研究室で試してみたいことには区切りがついていたので、未来の技術である水素自動車に関わる研究室に所属しました。金属に水素を取り込ませて取り出せるようにする水素貯蔵技術の研究でした。大学院を修了するタイミングで、研究室に残る選択ではなく、就職して社会に出て次のステップに進みたいと考えました。

試験を受けた日立から来てもいいよと言われ、日立に入社することにしました。最初は大学院で研究していた水素に関連するような研究がないかと探したのですが、日立でも全然やっていなかったのです。もともと、会社に入ったら大学と同じ研究はできないだろうと思っていましたし、比較的こだわりがなく、新しいことにチャレンジすることが面白いと思う性格でもあったので、変圧器関係をアサインされたことに驚きはありませんでした。

変圧器って何?碍子って何?というようなところからのスタートでした。それでも、変圧器を形作る物理学や電磁気学を学び、性能を良くするための課題と解決方法を研究していくことは、これまでの水素の研究と同じような面白さがあると感じました。

ご存知のように変圧器自体は古くからある技術です。100年近く使われているようなものもありますし、巨大なビルのような変圧器もあります。新しいイノベーションを起こしにくい分野ではありますが、中に使われている技術はいろいろあって、知ると面白さが増してきました。CO2削減が叫ばれるようになり、変圧器のイノベーションによってCO2削減に貢献できれば、大きなチャンスだと感じて研究を進めてきました。

アモルファスとハイブリッドの鉄心で性能要件を満たす

変圧器にはコイルを巻く鉄心が中心的な素材としてあります。鉄心としては、大容量器に使われる珪素鋼板鉄心や、小容量器に使われているアモルファス鉄心が代表的です。珪素鋼板鉄心は飽和磁束密度が大きく大容量の変圧器を作りやすいのですが、一方で損失が大きいというデメリットがありました。アモルファス鉄心は損失が少ないメリットがありますが、飽和磁束密度が低く大容量化が難しいのです。アモルファス鉄心は30年、40年前から製品化されていますが、小容量器の利用にとどまっていました。

変圧器の損失には、運転時に発生する「負荷損失」と、待機中などに発生する「無負荷損失」があります。負荷がかかっているときは、負荷損失の比率が高いのですが、待機中などでは無負荷損失の割合が高くなります。実は変圧器の運転負荷率は、鉄道などで20%程度、民需でも30~40%にとどまり、それ以外は無負荷で損失が生じています。無負荷損失を減らすことができれば、負荷率が低い待機中の機器などのエネルギーロスを減らし、CO2削減に繋げられるのです。

画像1: アモルファスとハイブリッドの鉄心で性能要件を満たす

大容量の変圧器をアモルファス鉄心で作れれば、無負荷損失は大幅に減らすことができます。しかし、アモルファス鉄心はそれだけでは飽和磁束密度が低く、大容量化するには大形化してしまいます。また、アモルファスは1枚25マイクロメートルといった薄い膜を数千枚と重ねて鉄心の形状にする必要があって、小型のものならば製造できますが、大型化すると鉄心が柔らかく、自立できないのです。日立産機システムが製造している22kVの製品も、取り扱いが難しく製品には多くのノウハウがつまっています。大形化はアモルファス鉄心だけでは現実的でありません。

そこで、私たちはアモルファス鉄心と珪素鋼板鉄心の良さを併せ持つハイブリッド鉄心を研究することにしました。鉄心のハイブリッド化により、低損失で大容量の変圧器を作るアイデアです。構造としては、外側に珪素鋼板鉄心を支持部材と一体化した枠の形状で用意し、中央にアモルファス鉄心を吊るしました。アモルファス鉄心が自立できなくても、珪素鋼板鉄心の枠が支えてくれます。

画像2: アモルファスとハイブリッドの鉄心で性能要件を満たす

アモルフィス鉄心と珪素鋼板鉄心の比率をどの程度にすると効果が表れるのかも重要な課題です。こちらは解析と実験で検討しました。解析では、アモルファス鉄心だけだとこれ以上は上げられない磁束密度(飽和磁束密度)に達しても、珪素鋼板鉄心が組み合わせられていることでさらに磁束密度を上げることができるという結果が得られました。解析で最適な比率に当たり付けて、実際に実験をして検証するという繰り返しでした。

アモルファス鉄心だけで大容量化を検討し始めてから、7年の年月が経って、ようやく試作に成功するところにこぎつけました。一人で細々と研究を続けていたこともありましたね。

解析的な評価と現場のアイデアの融合

ハイブリッド鉄心として、アモルファス鉄心と珪素鋼板鉄心を組み合わせて励磁したとき、中の磁束がどのように変化するかは、先程も説明したようにまず解析的手法で分析しました。

平均磁束密度が低いときは、アモルファス鉄心に電流が流れて磁束密度が高まります。磁気抵抗が小さいためです。1.4T(テスラ、磁束密度の単位)でだんだん珪素鋼板鉄心に流れる磁束が増えて磁束密度が高まり、1.6Tを超えると飽和磁束密度に余裕のある珪素鋼板鉄心側の磁束密度がさらに高まります。つまり、アモルファス鉄心の磁気飽和による過電流を回避できるといった、ハイブリッド化した効果が得られることがわかりました。

実際に小形化した変圧器を作るには、両者の比率の解析も必要でした。アモルファス鉄心だけだと大きくなり、珪素鋼板鉄心だけだと鉄損が増えてしまいます。このバランスを取ることが重要で、解析的に評価したところ、アモルファス鉄心と珪素鋼板鉄心が8:2のときに効果のバランスが最適化されることがわかりました。体積はアモルファス鉄心だけのときの10%減、鉄損は珪素鋼板鉄心だけのときの70%減という効果が計算から求められました。

画像1: 解析的な評価と現場のアイデアの融合

こうした解析結果を元に、実際に施策するハイブリッド鉄心の形状を検討していきました。機械研究所や生産研究所(当時)の人にも検討に参加してもらい、形状や強度についての知見を得たのです。

今回の試作では鉄心が1トンぐらいの重量があるのですが、アモルファスはペラペラな素材なので、自立せずにゆらゆらしてしまいます。そこで珪素鋼板鉄心と一体化した枠の中央にアモルファス鉄心を組み込むことで、強度を保つようにしました。また、製造工程の課題に対しても、製造現場の人と相談して方策を練っていきました。実際に、大形アモルファス鉄心を作るために、製造設備の更新や改良も行いました。焼鈍炉を改造することで、長尺アモルファス薄帯を利用した鉄心が作れるようになったのです。

画像2: 解析的な評価と現場のアイデアの融合

実際にものづくりをするとなると、1人ではできません。他の研究所の知見だけでなく、製造や設計の部隊からもチームに加わってもらい、アイデアを出してもらって打ち合わせをしながら試作器を作っていきました。コイルを入れて、試作器を完成させたときは達成感が大きかったですね。

試作器ができたことで、評価試験に進めることができました。損失は解析では約70%の軽減が見込まれましたが、試験したところでも66%の損失軽減という同等の結果を得ることができました。国内規格も満足して、製品として出せるレベルの試作器ができました。66kV、30MVAの高電圧・大容量ハイブリッド鉄心変圧器の製品化に見通しが付けられたのです。

画像3: 解析的な評価と現場のアイデアの融合

フランクな関係が仕事のしやすさの根源に

研究所だけでなく、設計部門や製造部門の人とも交流することで、今回の成果が得られたと感じています。最後は人と人の関係でしょうか。他の会社の人を見ていると会社ごとのカラーを感じることもあります。日立はフランクな感じがあって、上下関係で悩むことが少ない印象です。いろんな意見を言える、間違っても正しくても意見を言って揉んでいける、そうした環境は大事です。実際には、だいたい「また馬鹿なことを言って」と言われることも多いのですけれど。

大学でも物理学科では女性は少なかったですし、会社に入って女性の割合など気にしていたら仕方ないと諦めていました。でも、女性が少ない分だけ幅広い人間関係ができているかもしれません。

画像1: フランクな関係が仕事のしやすさの根源に

例えば出身国がバラバラでも女性同士だと結束が強いですよ(笑)。みなさんフランクで、上限関係があまりないので、女性特有の悩みについても相談させてもらったりしました。会社に入って仕事と家事を両立させていけるのかなど心配でしたが、何十年も勤めている先輩女性とのランチのときに相談させてもらえるような関係はありがたいです。

研究は基本的にチームで行って、その中に自分が担当する分野があります。困ったときには、チームのメンバーと相談して、みんなでわーっと議論して「これがいいんじゃないか」と方向性を見つけたりしています。電動化イノベーションセンタだけでなく、他のセンタの方にも、装置を借りたり、使い方を教えてもらったり、多くの交流があります。みなさん親切ですし、聞きやすい環境があります。その後でどこまでやるかは、自分次第ですね。

画像2: フランクな関係が仕事のしやすさの根源に

小林千絵(KOBAYASHI Chie)

日立製作所 研究開発グループ
電動化イノベーションセンタ
産業機器システム研究部
研究員

仕事で染み付いた固定観念を崩す

自己啓発本はつまらないものも多々ある中で、面白かったなあと思うのは『仕事は楽しいかね?』(デイル・ドーテン著、野津智子訳、きこ書房)です。自分が仕事をするに当たって、チャレンジし続けることが大事なんだと書いてあります。入社後の研修で読者感想文を書く機会があって、読むものないなと探していて「仕事は楽しいかね?」という言葉がひっかかりました。実際に読んでも面白かったです。久しぶりに本棚を見ていたらこの本があって、10年ぶりに読んだら感じ方が違いました。ずっと会社にいると色々な固定観念がついてきますが、それを改めて崩してくれるきっかけになる本だと思います。

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