2021年に大阪市北区に誕生したコモングラウンド・リビングラボ(CGLL、https://www.cgll.osaka)は、人やロボットが共に暮らす未来社会のための実験場。異業種が集まり、運営するCGLLにオープン前から携わる日立製作所(以下、日立)研究開発グループ デジタルサービス研究開発本部社会イノベーション協創センタ 社会課題協創研究部の坂東淳子主任デザイナーと、3月まで研究ユニットのリーダを務めていた松原大輔主任技師(4月より、社会システム事業部交通情報システム本部)にCGLLでの活動を聞いた。

鉄道や空港でお客さまとともに課題解決する場を経験

坂東:大学では複合的な学科の中の、建築の意匠系の研究室でした。インフラに関する授業があり、インフラの普及によって人の生活がガラッと変わることを学び、日立のような企業であれば、デザインだけではなく、社会の仕組みを作るところに関われるかもしれないと思って、デザイナーとして入社しました。

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配属されたのはプロダクトデザインの部門で、担当したのは、エレベーターや指令室など、一般的には「何をデザインするのだろうか?」と思われそうなものでした。鉄道の監視指令室に何度も早朝からお邪魔し、ダイヤが乱れた時に指令員の方々がどのような行動するかを観察し、指令室のデザイン案を作成しました。社内の会議室に実物大のプロトタイプを作り、指令員の方々に業務を模擬しながらあれこれ意見を頂きながら、機器の配置や形状を5cm単位でその場で調整をしたのは印象深い仕事です。彼らの普段の業務の体験をより良いものにするところが、社会の仕組みに関わるような感触があり、とても面白いと感じました。
その体験が基になり、ユーザーエクスペリエンスを扱うサービスデザインの部署に異動をしました。エネルギーや交通分野のUXをお客様と議論していたのが、やがて協創のし方そのものの研究や、より将来の変化を捉えて、オルタナティブを提示するビジョンデザインの活動に変わっていきました。それらを経て、交通やスマートシティなどの分野での新規事業を生み出す現在の部署に異動しました。

松原:私は大学では物理工学を専攻していました。当時、グーグルやヤフーが伸びてきた時期で、情報技術に興味を持ち、大学院では人とロボットの知能について研究しました。日立には、リクルーターの人たちが楽しそうに研究していると感じたこと、一つの分野にこだわらずに幅広い研究ができる、さらには自分が作った技術がいろいろな分野に適用できると思えたことから入社しました。

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最初は画像認識で人の行動や振る舞いから人間を理解する研究をし、2015年、研究開発グループの再編によって社会イノベーション協創センタ設立時に異動して、社内のデザイナーとともにお客さまの抽出や業務オペレーションの整理、新サービスの検討などを実施してきました。例えば、東急電鉄さんと開発した、人流分析によって混雑状況をスマートフォンで把握できる「駅視-vision」や、ウィーン空港でのセキュリティオペレーションの支援です。技術の深掘りよりは、その技術とお客さまの界面で協創する仕事が主でしたね。

「駅視-vision」は東急電鉄株式会社の登録商標です。

建築や都市の3次元データの利活用で新しいサービスを生み出すCGLL

坂東:コモングラウンド・リビングラボ(以下、CGLL)は大阪商工会議所と日立を含めた民間5社(株式会社gluon、株式会社竹中工務店、中西金属工業株式会社、株式会社三菱総合研究所)が中心となって開設した、異業種企業が集まる会員制の実験場です。「人とロボットが共通認識を持つ未来社会の実現」に貢献することを標榜しています。「コモングラウンド」は建築家で東京大学生産技術研究所特任教授、noiz、gluonの豊田啓介さんが提唱した概念です。建物・都市における活動情報や属性情報などの膨大な都市データを、3次元データでつなぎ、活用しやすくするもので、今では力のある個々の企業が自力で技術開発を行っているものを汎用化し、サービスの提供者にはそのサービスに必要な情報だけを編集して渡すことをめざしています。自分の空間の回りにデータが紐付いて落ちて来ているような面白い世界観です。

画像: コモングラウンド・リビングラボの実験場

コモングラウンド・リビングラボの実験場

松原:3次元データの管理や利活用を各企業が手がけると莫大なコストになるところを、汎用化によって社会全体のコストが下がると考えています。特に建物の3次元データはベンチャー企業さんは入手しにくく、アイデアがあっても実験できない場合にCGLLが間に入ることで開発の速度が上がるはずです。また、ユーザー間でのデータの流通もめざしています。例えば、清掃ロボットのカメラは防犯にも使えます。それで警備会社が自前のカメラを持たなくてもよくなるかもしれない。

坂東:当社がCGLLに関わるきっかけは、gluonの共同パートナーの金田充弘さんのご紹介で2019年の秋に、豊田さんが私たち研究開発グループのオープン協創拠点「協創の森」(東京都・国分寺市)を来訪されたことです。豊田さんが「コモングラウンド」を実現したいと話しておられて、私も当時の上司であった部長も面白そうだと感じました。それで、今のCGLLの前身となる「大阪コモングラウンド実装勉強会」に参加を決めました。

松原:当時、私はスイス連邦工科大学で都市工学と画像認識を絡めた共同研究をしていて、(CGLLのキーワードとなっている)ゲームエンジンも扱っていました。2020年4月に帰国して価値創出プロジェクトのユニットリーダとなり、コモングラウンドの提供価値に共感し、日立のLumada事業に資する活動になると考えたため、チームを編成して注力し始めました。

坂東:2021年7月のCGLLグランドオープンのイベントの折には、私たち日立のメンバーも発表会に参加し、これからの取組みを説明させていただきました。

画像: 建築や都市の3次元データの利活用で新しいサービスを生み出すCGLL

コモングラウンドの特徴や価値の明確化から貢献。
様々なパートナーと成長する基盤をつくる

坂東:勉強会の最初の頃は、参加する企業や団体はお互いの様子を探り合っている感じでしたね。みなさん、何か面白そうだと感じながらも、「コモングラウンドとは何だろう?」という状態でしたし。そこで、社内の様々な人にヒアリングをし、デジタルツイン、サイバーフィジカルシステム、IoTプラットフォームといった概念や、ゲームエンジンやBIM(Building Information Modeling)、CityGML(Geography Markup Language)などの概念やソフトウェアやデータフォーマットの特徴を勉強し、社会への価値を考えながら、コモングラウンドの特徴を、図にしてみました。この図を勉強会のメンバーに見せたら、「日立さんがこんな図を書いてくださるなら」と言われました。

画像: コモングラウンドの特徴や価値の明確化から貢献。 様々なパートナーと成長する基盤をつくる

松原:私は研究者として加わって、竹中工務店さんと技術面を検討しました。日立としてのビジネス、社会貢献と、異業種の協創でできることをテクノロジーの観点から考え、リアル空間とデジタル空間をリアルタイム・双方向に繋ぐコモングラウンド・プラットフォーム(CGPF)を構想しました。CGPFという箱を我々が作って提供することで、いろんな業種からフィードバックをもらえる。これによって日立のプラットフォームビジネスを成長させていけると感じています。

坂東:現在、6つの企業と機関が運営委員会を構成しています。CGLLの立ち上げから関わっていたことで、中心的な立ち位置で、方向性を示しつつ進めていけていると思っています。

松原:CGLLでの活動を通じ、サービスやビジネスのデザインができるデザイナーがいる心強さを改めて感じています。情報技術の勘所は私から伝えるものの、私が言語化するとテクノロジー一辺倒になりがちで、それを坂東さんに翻訳してもらうと理解してもらいやすくなる。坂東さんにはもともと建築の知識もありますし。

坂東:専門用語は聞き知っていても人によって意味の範囲や使われ方が異なる場合も多いですし、少しでもわからないと感じたら、しょっちゅう社内の人や、CGLLのメンバーのご意見をお聞きして、整理をするようにしています。

異業種連携、ラボの立ち上げにはさまざまな苦労があった

松原:私は異業種が集まるラボの運営のガイドラインや規約づくりを担当しました。日立でコンソーシアムを作った経験のある人たちにヒアリングしたり、ソフトウェアの提供ポリシーから使えそうな文言を参考にしたりと、研究開発グループの産学官連携部門にも相談しながら文案を作り、運営委員会で討議してもらいました。ガチガチにルールを決めると実験や協創が進まないので、許容できるところと守ってもらうところを明確にしました。ルールづくりにもワーキンググループがあり、最終的には運営委員会が承認するという形です。今でも想定外の事象が発生するたびに集まって議論を繰り返しています。

画像1: 異業種連携、ラボの立ち上げにはさまざまな苦労があった

坂東:毎週金曜日に運営委員会があり、1年半でまもなく100回です。ワーキングは他にも存在し、ほぼ毎日CGLLのメンバーと会話をする機会があります。オンラインでのミーティングは場所に縛られないのが助かりますね。

松原:実際に協創を始めてみて気づいたのは、各社で資金や人材といったリソースやリソースに対する考え方が異なることです。例えば、ベンチャー企業では大企業に比べてリソースが少なく、すぐに成果を出さなければならないため、意思決定のスピードも速い。我々もそれに合わせなければならないケースが出てきます。日立は堅実に積み上げていく社風で、その調整に苦心することもあります。

坂東:ある事業や実験にコミットしたいならば、それを明確に表明しないと、やらないのかなと思われて、チャンスを逃すことがあるので、タイミングを見計らって言うことが大切ですね。そのときのキーワードは“主体性”で、自分たちは社会システムをこう変えたいという強い意志がないとアピールできない。他社さんとのやり取りや社内の調整にはパワーが要りますから。

一方で、この場に参加しているメンバーが案件を社内に持ち帰って説明するときに情報や人材が足りているのか、説明はうまくいくのか、といったことも想像して、会議で発言します。これは今までにない経験ですね。

松原:主体的に動かないと受け身で終わってしまうという危機感が常にあります。これまでも、閉じこもって研究するのではなく、お客さまも巻き込んで一緒に課題を解決することの重要性は認識していましたが、CGの取り組みを始めて、さらに実感するようになりました。それに応じて、協創のスキルも上がってきたように思います。

「協創の森」の協創棟にはCGLLと同様にオープン協創ができるための部屋があります。協創棟の完成から3年、コロナ禍で当初想定した使い方と変わってきていますが、CGLLでの活動と連動をさせたりと、社内外に協創をアピールする場として活かしていきたいと思っています。

画像2: 異業種連携、ラボの立ち上げにはさまざまな苦労があった

坂東淳子(BANDO Atsuko)

日立製作所 研究開発グループ
東京社会イノベーション協創センタ
価値創出プロジェクト
主任デザイナー(Design Lead)

人類学の視点を学んで、自身のコミュニケーションが変わった

雑誌に紹介されていて、面白そうと手に取った『うしろめたさの人類学』(松村圭一郎著、ミシマ社)。人間は社会で過ごす中で制度や慣習などに作用されて構築されていくという「構築主義」が説明されていて、普段「当たり前」だと思っていることが、長い時間をかけて自分たちで作ってきたものであると妙に腑に落ちました。社会システムを作るにはアイディアや技術だけでは普及せず、文化に当たるものを作らなければと気づけたことで、私自身が言葉や行動を変え、小さくても良いので、相手に丁寧に働きかけていくきっかけになりました。

画像3: 異業種連携、ラボの立ち上げにはさまざまな苦労があった

松原大輔(MATSUBARA Daisuke)

日立製作所 社会システム事業部
交通情報システム本部
主任技師

自分の興味や進路に決定的となった認知科学の本

『知の創成―身体性認知科学への招待』(ロルフ・ファイファー、クリスチャン・シャイアー著、共立出版)は、大学院時代に研究者になることを決める契機になった本です。
知能は外界とインタラクションする身体があるからこそ獲得できるという考えに基づいた内容で、人工知能や認知科学の関係について広範にまとめられており、自分はこういう分野に興味があるんだと気づきました。
最近はメタバースというキーワードをよく聞きますが、バーチャル空間で完結するのではなくリアル空間と密接に紐づいたメタバースが必要と私が考えるのも、この本の影響かもしれません。

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