現代の製造業は、ビジネスモデルそのものを「循環型」へと再定義しなければ生き残れないという歴史的な転換点にある。これまでのモノづくりの指標は、品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)の三要素「QCD」の最適化に集約されてきた。しかし、気候変動や資源枯渇という地球規模の課題は、すでに企業の存続を左右する「経営リスク」へと変質しており、グローバル市場においては、従来のQCDに環境(Environment)を加えた「QCD+E」が新たな標準となりつつある。製品の環境負荷低減を設計の初期段階から組み込む「エコデザイン」への取り組みは、製造業全体でその存在感を増している。日立製作所では、この流れを受け、日立グループ内の設計者・技術者向けに「エコデザイン白書」を策定した。研究開発グループ Sustainability Innovation R&D 生産・モノづくりイノベーションセンタ サーキュラーインダストリー研究部 主任研究員の直江和明、洪 允晶(ホン・ユンジョン)に、この取り組みについて話を伺った。

執筆:森山 和道(サイエンスライター)

欧州発の規制強化が製造業における新たな競争軸に

エコデザインとは、製品やサービスのライフサイクル全体を通じた環境負荷の低減を目的に、設計・開発段階で環境側面を考慮する体系的なアプローチを指す。国際規格としては、ISO/IEC 62430(JIS Q 62430)の「環境配慮設計」などの定義があるが、近年この考え方に制度としての強制力を持たせる動きが欧州で急速に進展している。

2050年のカーボンニュートラル達成と持続可能な社会の実現を掲げた包括的な成長戦略である欧州グリーンディールが2019年発表された。これを具体化する2020年採択の循環経済行動計画(Circular Economy Action Plan)の実装手段の一つとして、2024年7月には「持続可能な製品のためのエコデザイン規則」(Ecodesign for Sustainable Products Regulation:ESPR)が施行された。ESPRは、従来のエコデザイン「指令」を法的拘束力の強い「規則」へと移行するとともに、対象範囲を大幅に拡大し、自動車など他のEU法令で規制される製品を除く、原則としてほぼすべての物理的製品を対象とする枠組みを設けた。

ただし、具体的なエコデザイン要件がすべての製品に一律かつ直ちに適用されるわけではない。欧州委員会が策定する作業計画(Working Plan)に基づき、製品群ごとに委任法令を制定し、耐久性、修理可能性、リサイクル性、資源効率、環境負荷などに関する具体的な要件を段階的に設定していく仕組みである。さらに、製品のライフサイクルの情報を共有する「デジタル製品パスポート」(DPP)についても、ESPRによって一律に導入されるのではなく、製品群ごとの委任法令によって、その要否や記録すべき情報、適用時期などが定められている。

こうした制度整備を背景に、欧州の主要プレーヤーでは、すでに環境を軸にしたルール形成と組織文化の醸成を進めている。環境性能は「努力目標」から「市場参入の必須条件」へと変質しつつあるのだ。

2030年までに「エコデザイン」適用へ

日立は環境ビジョンの一つの柱に「サーキュラーエコノミー」を掲げ、2050年に向けた長期目標「環境イノベーション2050」において、モノやコトのライフサイクル全体における価値を最大化する「サーキュラートランスフォーメーション」の実現をめざしている。この目標の一環として、2030年度にすべての関連製品グループに「エコデザイン」を適用するとしている。

この目標に対し、研究開発面からアプローチするのが、今回話を伺った研究開発グループ 生産・モノづくりイノベーションセンタだ。同センタは、日立におけるサーキュラーエコノミーに関する研究開発をリードしている。2022年10月には、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)と共同で「日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ」を設立した。2026年3月までのフェーズ1では、めざす循環経済社会の将来像やその実現に向けたロードマップの策定、デジタルソリューションの開発、標準化戦略の立案に取り組んだ。これらの成果と知見を踏まえ、2026年4月から新たにフェーズ2を開始し、資源循環の拡大による資源レジリエンス強化と持続的成長の実現に向けた研究を推進している。

「エコデザイン白書」とは

直江氏らは、日立ヨーロッパR&Dセンター、日立レール、日立エナジー、モノづくり戦略本部などとの連携により、エコデザイン実施ガイドである「エコデザイン白書」を作成した。特に、日立レールは長年にわたって製品設計にエコデザインの考え方を取り入れており、この分野の先駆者である。この白書は、欧州企業におけるエコデザインの実施事例を踏まえ、日立グループとしてLCA(ライフサイクルアセスメント)※を軸にエコデザインを体系的に設計プロセスへ組み込むための実践指針としてまとめられ、日立グループ内に公開されている。
※ 原材料の採取から製造、流通、使用、製品寿命に至る製品のライフサイクル全体での環境への影響を評価するもの

白書では、エコデザインが必要となる社会的背景、取り組み方、そして具体的な実施事例の分析から得られた知見の3本立てで構成されている。

具体的には、プラネタリー・バウンダリーの概念、「気候変動」「生物多様性の損失」「環境汚染」を指すトリプル・プラネタリ―・クライシスといった地球環境問題、それらを背景にした欧州・北米・日本などの環境政策・規制動向を整理し、なぜ今、エコデザインが企業の競争力に結びつくのかを示している。

その上で、ISO/IECをはじめとする関連規格や、LCAなどの関連手法を実践するためのルールを整理し、LCAを設計段階で反復的に実施することの重要性といったエコデザインに対する取り組み方を示している。

グループ会社でもある日立レールも含めた欧州企業におけるエコデザインの実施事例を分析し、「エコデザインを推進する組織体制」「環境面を踏まえた目標設定」「設計段階でのLCAの活用」という3つの共通軸からグループ全体に対して提言をしている。

直江氏らは、「設計段階でいかに環境配慮のポイントを組み込むかが重要であり、LCAを繰り返しながら設計を磨き込んでいくプロセスが肝要だ」と考えてまとめたという。

対象読者としては、日立グループの製品設計者・技術者を想定している。専門用語の深掘りではなく、「なぜエコデザインに取り組む必要があるのか」「日立として何をしているのか」、そして「技術者は何をすべきなのか」という理解を促す構成を意識したという。

エコデザイン白書の活用法には3つの「出口」を想定

この白書は日立グループ内限定の資料だが、3つの出口がある。まずは、各事業部への教育資料としての活用である。「エコデザイン」という言葉は認知されていても、その内実が曖昧に理解されがちな中、白書は社内講習や研修教材として採用されている。

2つ目が、研究開発グループで開発する設計支援技術・ツールへの反映である。白書の作成を通じて得られたエコデザインを実現するための知見を、設計支援技術・ツールの開発や機能向上に反映させていく。

一例として、研究開発グループでは、
(1) 製品の環境性と経済性(コスト)を企画・設計段階から統合的に評価・シミュレーションする「ライフサイクルデザインナビゲータ」
(Shin-ichi Taniguchi, Younjeong Hong, Hiroki Nakatsuchi, “Circular Economy Innovation” for Maximizing the Life Cycle Value of Resources, Procedia CIRP 140 (2026) 1253–1261)
(2) 設計文書から要求仕様、設計指標(品質、性能、環境配慮性)、設計変数(材質、寸法など)の関連性を生成AIにより抽出し、設計上の制約や実現案を俯瞰可能にする「設計知識構造化技術」
(3) 従来の数値シミュレーション結果を深層学習することで、設計変更による製品性能を従来よりも50倍程度高速に予測し、複数のKPI間で発生するトレードオフを両立する「高速性能評価技術」
といった設計支援技術やツールを保有している。

特に、「ライフサイクルデザインナビゲータ」は、製品の企画・初期設計の段階において、「製品性能」「製品コスト(LCC:ライフサイクルコスト)」「環境性能(LCA:ライフサイクルアセスメント)」の3つを同時に、かつ統合的に定量評価し、最適な設計の選択を支援するための設計DXツールであり、エコデザイン実現のカギになる。

このナビゲータの有効性は、スティック掃除機(公開データを活用)によって実証されている。例えば、環境負荷削減を目的としてハンドル・本体・ホースにリサイクルプラスチックを導入するシナリオでは、ライフサイクルのCO₂排出量が基準品に比べて16%減少した。一方、リサイクル材は再度のリサイクルが困難という制約があるため、使用する資源の循環性を示す指標は27%低下する結果となった。
また、モーターとバッテリーをリユース製品に置き換えるシナリオでは、リユース製品の性能が新製品に比べて15%低いことを前提とした場合、消費電力は25%減少したものの、連続使用時間が20%低下した。さらに、性能低下を補うための追加的なエネルギー消費や、回収・輸送、再製造工程の負荷増加により、ライフサイクルのCO₂排出量は1%増加し、コストも37%増加する結果になった。
このように環境負荷の低減、循環性の向上、コスト削減を同時に実現することは容易ではなく、施策によって異なるトレードオフが発生する。本ナビゲータは、こうしたトレードオフを設計初期段階で定量的に可視化し、企画・設計段階における設計者の意思決定を支援できる点に価値があるという

第3の出口が、エコデザインの産業実装に向けたグローバルなコミュニティへの参画である。国際大電力システム会議(CIGRE)の研究委員会C3(系統の環境性能)傘下、2024年7月に承認されたワーキンググループ「WG C3.25(Ecodesign methods for the power system)」がその舞台だ。20か国から37名が参加する同WGは、電力システムに関わる電力事業者・製造業・研究者といった多様なステークホルダーが協働し、電力システムのエコデザインのあり方を構造的に整理した上で、ベストプラクティスを共有し、エコデザイン手法の適用ガイダンスを構築することを目的としている。直江氏は日本のメンバーとして参加しており、2026年度に技術解説書となるテクニカルブローシャー(TB)をまとめる計画で進行中だ。

2026年8月のCIGREパリ大会では、同WGにより、電力システムにおけるエコデザインの在り方を包括的に解説するチュートリアルを発表した。直江氏は、「このチュートリアルはCIGREでの初めての試みであり、エコデザインを電力産業に実装するために意義深い取り組みとなった。」と語る。

CIGREでは、変圧器の全ライフサイクルにおける環境影響評価手法を確立するWGも並行して活動しており、電力機器・システム分野でのLCA標準化の機運が高まっているという。

要するに、電力システムにおけるエコデザインの定義が構造化されつつあるのだ。各社は、単に製品を提供するのではなく、サステナブルなインフラを定義するルールに則って製品を提供していくことをめざす必要がある。

QCDにEが加わる時代で環境価値と事業性を両立させるには

エコデザインは「守りの環境対策」ではなく、製造業における「攻めの成長戦略」となりつつある。冒頭で述べたように、これまで製品開発における指標は「QCD」だったが、そこに環境(Environment)が加わりつつある。日立のエコデザイン白書は、この変化に対応するための社内的な体系整理である。すなわち、自社の設計現場に環境配慮の視点を根付かせるための土台づくりである。

一方、「エコデザイン白書」を起点として、「ライフサイクルデザインナビゲータ」のような具体的な設計支援ツールも生まれている。また、CIGREでの国際的なエコデザイン活動への参画のように、対外的な技術的貢献にも発展している。単に欧州規制への対応にとどまらず、研究開発の成果と議論の両方に接続させている点に、日立のエコデザインへの取り組みの本質が表れていると言えるのではないだろうか。

今後、ESPRに基づく製品群ごとの委任法令によって、耐久性や修理可能性、資源効率、リサイクル性、環境負荷などに関する具体的な要件が順次定められていく。こうした規制の具体化が進む中で、日立が整備する社内のエコデザイン基盤が、どこまで対外的な発信や業界標準への貢献につながっていくのか。引き続き注視していきたい。

関連リンク

画像: “Circular Economy Innovation” for Maximizing the Life Cycle Value of Resources - 日立 youtu.be

“Circular Economy Innovation” for Maximizing the Life Cycle Value of Resources - 日立

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