東京都国分寺市に位置する日立製作所 研究開発グループの「協創の森」。1942年の研究所設立以来、武蔵野の面影を残す広大な自然環境を守り続けてきた研究開発拠点です。敷地面積は約22万平方メートル(東京ドーム約5個分)、構内には約120種類・27,000本の樹木が息づき、カワセミやオシドリなど40種類を超える野鳥が生息。国分寺崖線(通称ハケ)からの湧水は大池を満たし、一級河川である野川の源流のひとつにもなっています。
2019年に「協創の森」として産学官連携の拠点へと生まれ変わり、 2023年には環境省から「自然共生サイト」の認定を取得。しかし、樹木の老朽化が進むなかで、安全管理と自然保護の両立という課題にも直面しています。そこで2025年、次世代にこの森を引き継ぐための「100年続く未来プロジェクト」がスタートしました。
今回は、研究開発グループのManaging Directorであり、国分寺サイトのサイト長(中央研究所所長)を務める花岡誠之と、60年以上にわたってこの森の維持管理に携わる協力パートナー、鈴木造園株式会社 代表取締役の鈴木洋平さんに、森が歩んできた歴史から日立がめざす持続可能な未来への思いまで、深く語り合っていただきました。
(※本記事に記載の所属、役職については、2026年2月に取材した時点のものです。)
森との出会いと、地域資産として受け継がれてきた歴史
花岡:私が初めてこの敷地に入ったのは大学院生だった1995年、会社見学で訪れたときでした。ほかの企業だとエントランスを入るとすぐ建物がありますが、ここは森のなかを歩かないと建物にたどり着けない。案内してくれた先輩方も、研究所の研究内容の話よりも先に森の話をするんです。「研究で行き詰まったとき、この森を歩きながら考えを巡らせられる。研究者にとってこれほどいい環境はないよ」という言葉が、とても印象に残りました。
その翌年に入社したあと、実は社内報の自己紹介に「緑に囲まれ素晴らしい環境で研究できることをうれしく思っております」と書いたんですよ。限られた字数のなかでわざわざ「緑」という言葉を入れたくらいですから、当時の自分にとって森の印象がどれだけ強かったかということですよね。
鈴木さん:植物に携わる仕事をしている身からすると、そうやって「この環境が気持ちいい」と感じていただけるのは純粋にうれしいですね。
鈴木造園は創業から80年ほどになるのですが、実はそのころから日立さんの国分寺サイトの管理に携わらせていただいております。私が直接作業に参加するようになったのは15年ほど前からです。花岡さんが入社されたころはまだ9歳くらいでしたが、すでに祖父や父に連れられて庭園が公開される日に来ていましたね。

写真左から鈴木造園 鈴木洋平 代表取締役、研究開発グループ Managing Director 花岡誠之
花岡:そうなんですね。年に2回、春と秋に実施する庭園公開日には、国分寺市長をはじめ、本当に多くの地域の方々にお越しいただいています。野外フェスの会場かと思うほどにぎわうこともあり、この森が日立だけのものではなく、地域の皆さまにとっての大切な資産として愛されているのだと強く実感しています。
鈴木さん:国分寺市の緑地は徐々に減っていますが、この研究所はずっと維持し続けている。昔の航空写真を見てもその形はほとんど変わっていないんです。正門から建物へ向かう動線は単なる移動のための道ではなく、森を感じながら歩く時間そのものが大切にされているように思います。「目的地にただ直行するのが一番いいわけじゃないよ」ということを教えてくれているような気がして、それがとても印象深いところです。
国分寺市でも都市化が進み、昔ながらの雑木林や農地が減っていくなかで、日立さんがこれだけ広大な原生林を維持し続けていることは、いち市民としても本当にありがたく、貴重なことだと感じています。
「よい立木は切らずによけて建てよ」。森を開き、社会と協創する
花岡: 2019年に「協創の森」を開設したときは、日立の創業者である小平浪平初代社長の「よい立木は切らずによけて建てよ」という言葉が重要な指針となりました。
これまでの研究所は「奥の奥にいて、外からは何をしているかわかりづらい存在」という側面がありました。事業部門や営業部門の後ろにいて、お客さまからは一番遠い存在だったのではないかと思います。しかし、これからの時代はお客さまの課題に研究者が直接向き合い、共に新しい価値を創り出していく必要があります。
そこで、私たちのリソースの位置づけを「日立のなかのもの」から「お客さまと協創するためのもの」へと大きく変えるべく、「協創の森」を開設したのです。
鈴木さん:そのお言葉は、私たちが現場で作業をする際にも常に意識している精神です。私が現場に入ったばかりのころにも「むやみに枝を切ってはいけない」と先輩から厳しく教わりました。正直、当時の私にはそこまで深く理解できていなかったのですが、作業を重ねるなかで少しずつ、この森がどれだけ大切に扱われているかが見えてきましたね。

花岡:「協創の森」の開設にあたり新しく建てた協創棟の設計にあたっては、既存の樹木を最大限に残す平面計画を採用して、建屋を4つのボリュームに分節しました。大きな直方体の建物を1つドーンと建てるのではなく、既存の木を避けながら配置することで、建物の間に森が入り込んでいるような空間になりました。また、既存の建物と協創棟をつなぐ通路もクランクになっているのですが、あれも木を避けた結果なんですよね。
国分寺崖線の湧水など、地下の水源や縄文時代の遺跡にも配慮し、地下2メートル以降は既存棟の基礎を残置して新棟の支持地盤として再利用することで、杭を深く打ち込むような大規模な掘削を極力行わない基礎工事を行いました。
それでも、どうしても工事のために切らざるを得なかった大木が2本あって。そのケヤキは捨てるのではなく、挽板にして協創棟の大テーブルや壁面の内装材として再生しています。お客さまをご案内してその話をすると、共感していただけることが多いですね。森に対するこういう姿勢そのものが、お客さまとの信頼関係になっているんだなと感じています。

鈴木さん:移植できるサイズの樹木については、根っこごと掘り取って別の場所に仮植えし、工事が終わった2〜3年後に元の場所に戻すという作業を弊社で担当させていただきました。
実は、一度掘り取って戻すという作業は、新しい木を買ってきて植えるよりも、手間も時間もコストもはるかにかかるんです。現代ではそこまでして木を残そうとする企業は減ってきているのが実情なのですが、だからこそ日立さんが「少しでも残したい」という強い意思を持って実行してくださったことが、造園業者としてとても嬉しかったです。

自然共生サイト認定と、直面した「森の維持」という課題
花岡:2023年10月に、この「協創の森」は、環境省が主導する「自然共生サイト」に正式に認定されました。これは、「30 by 30(2030年までに国土の30%以上を自然環境エリアとして保全する)」という国際目標に向けた取り組みの一環で、保護地域との重複を除いた区域が国際データベースに登録されます。つまり、民間の取り組みによって生物多様性の保全が図られている区域として認められたということであり、協創の森がその保全に大きく貢献していると評価された証なのです。
認定式に所長として出席して思ったのは、「これはゴールじゃなくてスタートだ」ということでした。国から認めていただいた以上、これからずっと認定に相応しい森を維持し、成長させていかなければならない。所長に就任してちょうど半年というタイミングでそういう場に立たせていただいたことで、責任感があらためて増しました。

鈴木さん:自然共生サイトに単独企業の敷地が認定されるのは素晴らしいことです。国分寺市内では唯一の認定サイトだと思いますし、何百年も前からの武蔵野の原風景がそのまま残っているという意味では、将来的に見れば国の宝になっていく場所だと思っています。その維持管理に携われることは、私たちにとっても誇りです。
国分寺市も駅前の再開発で新しく里山を復元しようという動きがあって、そのコンセプトは素晴らしいんですが、やはり一度なくなったものの復元と、ずっと残り続けてきたものとは違う。市内で本物の原生の森が残っているのは日立さんのここだけと言っても過言ではないくらいですので、これを残し続けていただけることの価値は計り知れません。
花岡:ただ、所長に就任してから、現実的な課題にも直面しました。所長の仕事のひとつに「危険木の伐採許可」の決裁があるんです。
もちろん、従業員や地域の皆さまの安全を守るためには、枯れた木や害虫被害に遭った木を切らざるを得ません。「創業社長からの教えでは木を切るなと言っている、でも目の前に危険な木がある」というジレンマに悩みましたね。それまでは従業員の立場で「危ないから早く切ってくれ」という要望を出す側だったのが、急に判断する側になるわけですから。
2023年以降だけでも、ナラ枯れや腐朽、寿命などを理由に、立派なコナラやサクラ、シラカシなども含めて、かなりの数の危険木を伐採せざるを得ませんでした。
ただ、そこで「安全のために切るばかりでは、森はどんどん縮んでいってしまう。切る判断をするのなら、同時に新しい木を植えて、持続的に森を育てていかなければならない」と気づくことができたんですよね。この方針をプロジェクトとして打ち出したのが「100年続く未来プロジェクト」です。
鈴木さん:「ただ危険だから切る」のではなく、「未来により良い状態で森を残すための手段として切り、そして新たに植える」という考え方で動いてくださっていることが、作業をする側としても大きな希望になります。
自然の森では、木が倒れるとその隙間から太陽が入って新しい植生が生まれる。そのサイクルは何千万年も前から続いてきたものですが、限られた敷地で安全を確保しながら維持するには人の手が要る。そこを花岡さんが理解してくださっているのは、やっぱり心強いですね。

明治神宮の森づくりと「樹木の本懐」に学ぶ
花岡:「100年続く未来プロジェクト」は、危険木を切るだけでなく、複数年にわたって継続的に植樹を行い、森を次世代へと引き継いでいくための活動です。このプロジェクトを構想するにあたり、私のなかでいくつかの大きなインスピレーションがありました。
ひとつは、私の祖父の記憶です。祖父は1950年代から全国に広がった「花いっぱい運動」に地元で熱心に取り組んでいました。戦後の荒廃した街を花で彩り、人々の心を豊かにしようという市民参加型の緑化運動です。その精神が私のなかにも根づいていたのだと思います。
もうひとつは、「明治神宮の森」のエピソードです。明治神宮の内苑の森は、実は最初からあった自然林ではなく、約100年前に林学博士・本多静六氏らが全国から約10万本の献木を集めて人工的に造成したものなんです。「今きれいな森」ではなく、「100年後に自然林として完成する森」を想定して、植生の遷移まで計算して木を植えた。その壮大な時間軸のスケールに深く感動しました。この研究所も1942年の創設から80年以上経ちます。「アクションを起こすのは今しかない。さらに100年先を見据えた森に向けて専門家の力をぜひお借りしたい」と感じましたね。

鈴木さん:植物は数十年、数百年かけて形を変えていく生き物です。今の姿だけでなく、未来の成長した姿を想像しながら植樹の計画を立てるというのは、非常に難しいと同時に、造園に携わる者としてこれ以上ないほど楽しく、やりがいのある仕事です。日立さんがそうした長期的な視野で森づくりを考えられていることに、私たちも大いに刺激を受けています。
花岡:さらにもうひとつ、私の考えを決定づけた言葉があります。2025年8月に、創業300年を超える京都の 香老舗「松栄堂」の畑正高社長をお招きして講演をしていただきました。その際、畑社長が「樹木の本懐」というお話をされたのです。そのなかで、花が散り、木が枯れても、その根や残されたものは、次に誰が使うかはわからなくとも、次の世代に託されるものとして残っていく。それこそが樹木がその一生を生きる姿、本懐であるといった内容でした。この言葉に強く胸を打たれました。
惜しくも畑社長はその直後に急逝されたのですが、畑社長が私たちに託し、残してくださったこの言葉を「協創の森」で引き継いでいきたいと強く思ったんです。それがこのプロジェクトを本格始動させる最後の後押しになりました。
鈴木さん:「ただ続いてきたから引き継ぐ」のではなく、「より良くしていける土台を残して引き継ぐ」——その言葉、刺さりますね。
国分寺市でも市庁舎のリニューアルに際して、役目を終えた桜の木で小鳥の巣箱を作るワークショップを開催したり、飯山市産の杉材を庁舎のベンチに活用したりという動きがあります。「100年続く未来プロジェクト」もそういった地域や社会全体の動きと連動する取り組みだと思うので、国分寺市民としても嬉しいです。
「100年続く未来プロジェクト」が描く、森と人との新たな関係
花岡: 2025年10月7日、プロジェクトの発足を記念して、従業員参加型の植樹イベントを実施し、ヤマボウシとハナミズキの苗木を植えました。これからの3年間で、国分寺サイトでは約100本の木を植樹する計画を立てています。
鈴木さんに教えていただきながら、スコップを持って土を入れて水をあげるという一連の作業を全部させていただいたのですが、驚くくらいテンションが上がりましたね。木に対する愛着の湧き方が違う。それを限られた人だけの特権にするのではなくて、なるべく多くの従業員と家族に体験してほしいと考えています。
鈴木さん:自分で植えた木には、やはり特別な感情が芽生えますよね。日々の生活のなかで、「あの木はどう育っているかな」と気にかけるようになる。それが、森を自分ごととして捉える第一歩だと思います。

花岡:そうなんですよね。このプロジェクトは、所長である私や限られたメンバーだけで進めるのではなく、従業員全員が参加することに大きな意味があると思っていて。「自分たちがこの森を守る責任を背負っているんだ」という意識を醸成したいのです。
そのため、やむなく伐採した樹木をコースターなどのノベルティグッズにして日常的に目の触れる場所で使えるようにしたいとも考えています。飲み物を飲みながら「今日の森はどうかな」と思ってもらえるような、森と日常がつながるきっかけになれば。あとは伐採木を使った小さな共用施設をつくることも検討したいですね。最終的には、私の手から離れて、従業員たちから「次はこうしよう」「森のためにこんな活動をしたい」というアイデアが自発的に出てくるようになるのが、このプロジェクトの大成功の形だと思っています。
鈴木さん:従業員の皆さんが森を“自分ごと化”する。それは企業としての環境保全の枠を超えて、一人ひとりの人生や社会に対する向き合い方をも豊かにしてくれるはずです。自然に身を置くことで新しい発想が生まれたり、リフレッシュできたりする効果は計り知れません。
次世代に持続可能な自然環境を引き継ぐために
花岡:今日、鈴木さんと話してあらためて感じるのは、この森は日立一社だけのものではないということです。先代・先々代から鈴木さんたちが管理してくださっていたからこそ、今のこの状態がある。地域の方々が庭園公開日を楽しみにしてくださっていたから、守り続ける意味が生まれてきたのだと思いました。
日立の企業理念は「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」ですが、100年先、200年先を見据えて森を育てることも、地域社会と地球環境への貢献として、その理念と地続きになっていると私は考えています。これからも長いスパンで一緒に歩んでいただければと思います。
鈴木造園さんには、60年以上にわたってこの森を守ってくださったというお話をあらためて聞かせていただいて、感謝の気持ちでいっぱいです。またこの森が、常にお客さまに見せられる状態でメンテナンスできているというのも、普段からの行き届いた管理をしてくださっているおかげだと思います。
木は私たちの寿命以上に続いていきますから、永続的に良い森になるよう、引き続きよろしくお願いいたします。

鈴木さん:こちらこそ、本当にありがとうございます。我々もこの60年のなかでたくさん勉強させていただき、教えていただいたからこそ、今こうして一緒に森を守ることができていると思うんです。
この先どうしていくかは、またその先の世代が未来へ向けて考えてくれればいいのですが、この森をよりよくしていけるような土台を残して引き継ぐことがすごく大事だと思うんです。50年、100年経つと、自然を残すことが義務化される時代が来てもおかしくないぐらいのペースで木が減っていっています。そういう面から考えても、日立さんのような大企業がこういったプロジェクトを率先して推し進めてくださっているのは、本当に心強いです。
この森を起点とした活動がこれからどんどん広がっていくのではないかと期待しています。今後ともよろしくお願いいたします。
プロフィール
(※所属、役職は取材当時のものです。)

鈴木 洋平
鈴木造園株式会社
代表取締役
東京都国分寺市を拠点に公共施設などの植栽管理や、民間施設や住宅の緑地設計、管理などの造園業を展開する鈴木造園にて、2011年より現場管理業務、現場作業に従事しつつ、2021年より現職。

花岡 誠之
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D
Managing Director
1996年 大阪大学大学院 工学研究科 通信工学専攻 修士課程修了後、日立製作所 中央研究所 入社。次世代無線通信システム(3G、4G、5G、コグニティブ無線)の研究開発及び、3GPP、IEEE802等の国際標準化活動に従事した後、ネットワークシステム、コネクティビティ、ITプラットフォーム分野における研究開発及びそのマネジメントに従事。2018~2019年、本社 戦略企画本部 経営企画室 部長、2020年より研究開発グループ デジタルテクノロジーイノベーションセンタ長、2021年より同デジタルプラットフォームイノベーションセンタ長、2023年よりデジタルサービス研究統括本部 統括本部長を経て、2025年4月より現職。
IEEE、電子情報通信学会(シニア) (IEICE)、情報処理学会(IPSJ)、各会員。博士(工学)



