「冷却」は、エアコンや冷蔵庫などで馴染みが深いだけに簡単に実現できるものと考えられがちだ。しかし、冷媒規制および脱炭素社会にむけた消費電力の削減の2つの社会課題との関係を考えると、従来通りの冷却、冷凍の技術を使い続けることに懸念が生じる。日立では、冷媒ガスを使わず、同時に効率が高い冷却技術として、磁気の作用によって冷却する「磁気冷却(磁気冷凍)」の研究を進めている。日立製作所 研究開発グループ Sustainability Innovation R&D 計測インテグレーションイノベーションセンタ ナノプロセス研究部の山本浩之 主任研究員に、磁気で冷やすという発想が、未来の冷却技術をどう変えるのかについて尋ねた。

(※本記事に記載の所属、役職については、取材した時点のものです。)

執筆:岩元 直久(WirelessWire & Schrodinger’s 編集長)

社会課題の解決に有望な常温の磁気冷却技術

近年は冷凍や冷房などの熱交換に用いる代替フロン(HFC)冷媒の規制強化が進んでいる。対応として、温室効果が少ない新しい冷媒の開発も進んでいる一方で、冷媒ガスを一切使わない冷却技術の実用化にも目が向けられてきている。同時に脱炭素社会に向けては、冷房や冷却に使っている消費電力の削減も大きな社会課題になっている。日立では、冷媒規制と脱炭素社会という2つの課題に応える技術として、『磁気冷却』の研究を進めている。

磁気冷却は、一言で説明すると「磁気エントロピーを用いた冷却技術」である。山本は「磁気冷却は、冷媒ガスフリーで、かつ電力効率が良いというポテンシャルを持っています。極低温での冷却の効果が認められていた技術ですが、室温での冷却を可能にする室温磁気冷却技術が開発されてきたことで、今後の社会課題の解決に貢献できる可能性が高まってきているのです。既存の冷却方式と比較すると、ペルチェ効果を使った熱電冷却より高効率で、蒸気圧縮冷却で不可欠な冷媒ガスが不要という特徴があります」と説明する。

画像: 冷媒ガスフリーの冷却技術候補

冷媒ガスフリーの冷却技術候補

磁気冷却の中核を担うのは、『磁石』と『磁気熱量効果材料』の2つだ。磁気熱量効果材料という言葉は聞き慣れないものかもしれない。これは、磁場を印加したり除去したりすることで、温度が上昇したり低下したりするような材料のことを指す。

磁気によって温度が上昇・低下する原理を簡単に見ていこう。「磁気熱量効果材料に磁場を印加します。すると、材料原子の中の電子のスピンが磁場によって整列します。これは磁気エントロピーが減少することを意味します。一方、材料全体で見ると、電子のスピンが整列することによるエントロピーの減少分の熱が、原子が配列した結晶格子系に放出されることになり、温度が上昇します。逆に磁場を除去すると、スピンの整列が解けてエントロピーが増大し、その分だけ結晶格子系から熱が奪われるために温度が低下します。この仕組みを使うことで、磁場をコントロールして冷却システムが作れるのです」(山本)。

画像: 磁気冷凍の基本原理

磁気冷凍の基本原理

磁場による磁性体の温度変化の現象は、1881年にすでに発見されていた。その後1920年ごろに磁気冷却(磁気冷凍と呼ぶことも多い)の基本原理が解明され、絶対零度(摂氏-273℃)に近い極低温物理分野での冷却技術の発展に大きく貢献した。潮目が変わったのは1970年代からで、室温領域での磁気冷却の動作が実証されたことが大きな転換をもたらした。

その後、1990年代には蓄熱・再生型磁気冷却法(AMR:Active Magnetic Regenerator)と呼ぶ、室温で効率的に磁気冷却の効果を取り出すための技術が開発された。磁気の印加と除去のサイクルに、水などの熱交換媒体と組み合わせることで、磁気熱量効果材料の両端に大きな温度勾配を生成することが容易にできるようになったためだ。AMRサイクルの採用により、室温で動作する磁気冷却システム――すなわち室温磁気冷却機――の実現が原理的に可能になった。1990年代後半から2000年代にかけて、さらに巨大磁気熱量効果を示す新しい材料の発見もあり、実用化に向けた研究が加速している。

試験システムの構築から材料の研究まで幅広く研究

磁気冷却の技術が、実用化に向けて進展しているといっても、まだまだ製品に使えるような段階ではないという。山本は、「巨大磁気熱量効果を示す新しい材料の発見は大きな成果ですが、AMRサイクルを実際に具体化するためのシステム構造にもまだ確定的なものはありません。循環のためのシステムが複雑なのです。さらに、高磁場が求められることから、希少元素などを用いた高価な磁石が必要になり、コストが高いことも課題のひとつです。冷却の出力を上げようとすると、磁石を駆動するためのエネルギーも多く必要になり、効率が下がることも課題です。電力消費を抑えながら、適切な用途に必要な冷却能力を提供するような、用途と性能のバランスを捉えることも必要なのです」と語る。

超電導やスピントロニクスの磁気メモリーの研究を経て永久磁石の研究をしていた山本が、磁気冷却を本格的な研究テーマとして開始したのは2022年、磁性材料についての応用研究の新しいテーマを探している中で磁気冷却に着目したという。

「日立ではかつて極低温の磁気冷凍機を作っていた歴史がありましたが、室温磁気冷却については研究しているチームはありませんでした。環境への負荷という点で社会課題の解決につながるポテンシャルの高い研究だと考え、自ら立ち上げることにしました」(山本)。

そうした研究により、現在までにAMRサイクルを採り入れた室温の磁気冷却機を試験的に開発した。磁気冷却の実用化に向けた課題のひとつは、高い冷却パワーと電力効率を両立させること。 そのために、材料の特性改善に加え、要素機能を組み合わせたシステム全体の設計が重要になる。磁石の素材の選定や磁場発生機構の構築、磁気冷却ユニットの全体構造の決定、熱交換媒体として使う水の流体制御など、さまざまな知見が組み合わさった新たな磁気冷却システムを作った。冷却パワーと電力効率の両立に向けた研究の足がかりを作った段階だ。山本は、「日立は、磁性材料や周辺の磁気応用技術に強みがありますから、それらの技術を生かしながらより高効率で高出力の磁気冷却システムへの適用をめざしています」と語る。

画像: 試験システムの構築から材料の研究まで幅広く研究

磁性材料ひとつをとっても、希少元素などを組み合わせて使う磁気熱量効果材料の研究が必要になるし、ネオジムなどの希土類元素を使う高磁場の永久磁石をどのように調達するかの問題もある。ネオジム磁石だけを使って高出力を得るために高い磁場をかけようとすると、磁石だけでも高額になってしまう。数万円で販売されている一般的な冷蔵庫などのコンシューマー向け製品に使うには、コストと性能のバランスが取りにくい。世の中にふんだんにある材料を使って、高磁場を得られる機構をどのように作り込んでいくかといったことも、実用化に向けたポイントになる。

また、冷却システムとしての冷凍機のノウハウも必要になる。「研究開発のフェーズから事業応用へと広げるには、磁気冷却技術をどのように事業体として捉えるかといったことも考えなければなりません。グループ会社や、外部の企業との連携なども視野に入れながら、磁気冷却技術の実用化に向けた研究を進めています」と山本は技術開発以外の取り組みについて語る。

環境への貢献とコストとのトレードオフができる用途から実用化へ

磁石コストの問題について山本は、「既存の材料をうまく使いこなすことで解決の可能性があると考えています。永久磁石と磁性材の組み合わせや構造の工夫により、磁気回路の設計を適切に行えば、コンパクトで効率よく高い磁場を発生させられるでしょう」と見る。それでも磁気冷却をコンシューマー向けの製品などに利用するのは、コストと性能のバランスを考えると、まだ遠い未来の話かもしれない。一方で、日立が着目しているのは産業への応用だ。「工場で利用するような高額の製造装置の冷却装置への適用に可能性を感じています。既存の製造装置に対して、冷媒ガスを使わない高効率の冷却装置として取り付けるような使い方です。冷却水などを循環させるチラーの冷却装置としての用途が考えられます」(山本)と未来を見据える。

ここで根底にあるのは、産業用途での磁気冷却の利用であれば、システム全体のコストの中で高効率かつ低消費電力の冷却装置として、導入コストの高さが大きなデメリットにならないという考えだ。冷媒ガスを使わずに高効率の冷却ができることによる環境負荷軽減の価値を認めてもらうことで、磁気冷却の実用化の第一歩になると想定している。

磁気冷却の実用化には、さまざまな技術要素や実現課題が関連している。冷却性能や装置の大きさ、そして冷却する温度帯などの要件を整理して、ターゲットとするシステムを精査していく必要がある。「それには、社内だけではなく、グループ会社や社外パートナーと連携する必要があると考えています。こうした連携をもとにして、大規模な産業機器などの冷却用途からの実用化をめざします」(山本)。

日立は、磁性材料や、周辺の磁気応用技術の強みを生かし、より高効率で高出力の磁気冷却システムの実現をめざして実用化のための研究開発を推進していく。さらに、外部の材料メーカーや機器メーカーなどとも連携しながら、磁気冷却技術の社会実装に向けた取り組みを加速させ、環境負荷低減と電力効率の両立を実現する新たな冷却技術の道を切り拓こうとしている。

岩元直久(WirelessWire & Schrodinger’s 編集長)

This article is a sponsored article by
''.