多様性を武器に変革を起こす!アフリカのヘルスケア・プロジェクトの挑戦(後編)
国内外の日立グループの従業員が参加する社内ビジネスプランコンテスト「Make a Difference!」で、2023年度最優秀のGold Ticketを獲得した研究開発グループの「Team Uwezo(チームウエゾ)」。アフリカの生活習慣病を減らすためのソリューションを事業化しようとプロジェクトを進めていますが、さまざまな困難が立ち塞がります。
それらの壁をどのように乗り越えようとしているのか。前編に続き、研究開発グループ 主任研究員の山田健一郎と主任デザイナーの日野水聡子、企画員のハリエット・オチャロの3人が語り合います。
多様性を武器に変革を起こす!アフリカのヘルスケア・プロジェクトの挑戦(前編)
職種も国籍も超えて協創する
ハリエット:今回のプロジェクトでは、Team Uwezoのメンバーそれぞれが全く異なるバックグラウンドを持っていたことが、大きなアドバンテージになっていると感じています。
たとえば、山田さんは新しいビジネスを作り出すノウハウを持っていて、特に社会課題に関わるビジネスについての深い知見があります。日野水さんは新規ビジネス創生の中でも、特にエンドユーザーとのタッチポイントの考察に強みがあります。私自身は、AI関連の技術や経験とケニアの文化や市場、社会状況などに関する知識があり、来日前にケニアで働いた経験も活かすことができています。

ケニアから日本に移住し、研究者として活動しているハリエット
山田:私たちは所属や経験、役職、研究テーマもバラバラで、それぞれ個人として、明確な強みがあります。しかし、いまのところ、3人というミニマムなチームのため、役割分担をしてそれぞれを得意な人に任せるという形にはなっていないんです。
私が発案者ということでチームリーダーをしていますが、議論は常にフラットで、3人がそれぞれの意見を出し合うというスタイルになっています。日本の組織ではどうしても所属チームの上長の意見を気にしがちですが、このチームは本当に思ったことを言えているのが良いなと感じています。
日野水:私が経験のあるデザインやUXの領域についても、私だけが考えているわけではなく、3人で議論しています。プロジェクトを推進するためには、単にバラバラな意見を出すだけではなく、きちんとすり合わせて、同じ方向に向けていく必要があります。このチームの強みは、それができていることだと思います。
ハリエット:そうですね。多様な視点を考慮しつつ、それをうまくまとめられたからこそ、多くの方の理解を得られて、Make a Difference! コンテストでも Gold Ticket を獲得できたのだと思います。それぞれが強みを発揮しつつも、話し合って方向性を打ち出せるというのが、受賞後の活動でも効果を発揮しています。
英語と日本語のハイブリッド対話
山田:ハリエットさんはケニア出身ですが、日本の企業文化への理解度が非常に高く、チーム内で文化の差が問題となることはほぼありませんでした。強いて言うならば、言葉の問題ですかね。
ハリエット:実は、私にとって日本語は「4番目の言語」なんです。ケニアは多言語国家で地域ごとに言葉が全然違います。まず地元の言葉を覚えてから、共通語のスワヒリ語と、教育や職場で使う英語を学んでいきました。日本語は来日後に覚えました。ふだんの会話はあまり問題がないのですが、複雑な文章の読解にはどうしても時間がかかってしまいます。
ただ、日立の研究開発グループは、私のような日本育ちでない人にとっても非常に働きやすい環境だと感じています。先輩社員からのサポートが、非常に充実していますので。
日野水:私と山田さんは英語ができるので、ハリエットさんとの会話は日・英を混ぜたハイブリッドです。それによって円滑にコミュニケーションがとれています。一方、ケニアのビジネスシーンは英語が共通語なので、ケニア企業とのコミュニケーションもスムーズにできています。

日野水はデザイナーとしての経験を活かして、サービス設計に取り組んでいる
ハリエット:企業文化の違いという観点では、ケニア企業は日本企業に比べて、より直接的です。たとえば何かを依頼するときは、具体的に何をしてほしいのかを明確に伝える必要があります。もしデータを提供してほしいなら、どんなデータなのか、どれくらいの分量なのか、金額などの詳細まできちんと伝える必要があります。
アフリカという「空白地帯」でのチャレンジ
山田:事業化という点について、このプロジェクトで最大の課題は、アフリカという地域性にありました。というのも、日立にとってアフリカはまだビジネスの開拓がほとんど進んでいない、いわば「空白地帯」だからです。
たとえば契約に関しても、日本とは法制度や慣習が全く異なります。社内のサポート部門も経験がないので、最初はどうしたらいいのかわからないという状態でした。現地の法令を遵守しつつ、個人情報やプライバシー情報の保護や管理をどうするかといった課題も、一つ一つ乗り越えていかなければなりませんでした。
日野水:しかし、そのような手続き以上に大きな問題だったのは、事業を展開していくためのチャネルがほとんどないことでした。
山田:セールス活動をしようにも、販路が非常に限られています。顧客の候補も一から探す必要がありました。ところが、Make a Difference! 受賞後、ビジネスの実現に向けたインキュベーション期間に入ったころ、絶好のチャンスが巡ってきました。南アフリカで「One Hitachi」イベントが開催されたのです。
これは日立グループの活動を多くの企業に知ってもらい、新たなビジネスチャンスを模索するイベントです。そこにはアフリカ中から、さまざまな企業のトップ層が集っていました。私たちのチームは、南アフリカにある日立のブランチ Hitachi EU South Africa の協力を得てイベントに参加し、数多くの企業関係者と対話することができました。

山田とケニアのスタートアップ企業との交流が、プロジェクトの発端となった
現地調査で得た確かな手ごたえ
山田:幸運だったのは、このイベントで直接、現地の経営トップとやり取りをするチャネルを作ることができたことです。担当者レベルではなく、意思決定層とダイレクトに意見交換ができるようになったことで、状況が大きく前進しました。
ハリエット:「Make a Difference!」コンテストで最優秀賞に選ばれたことで、事業化に向けた検討を行う半年間のインキュベーションの期間が与えられました。その際、私は半年間に渡ってケニアに滞在して、現地の市場調査を担当することになりました。顧客となりそうな企業に連絡をとったり、ソリューションの対象ユーザーが、健康問題に対してどんな認識を持っているかをインタビューで深掘りしたりしました。
ナイロビにある関連企業のオフィスにしばらく通って、社員のみなさんにじっくり話を聞いたりもしました。そのときは、日本にいる山田さんや日野水さんも、リモート会議を通じてインタビューに参加していました。
日野水:私たちも数回、現地に出張し、顧客との打ち合わせやユーザーインタビューを実施しましたが、ハリエットさんが現地にいることで、ケニアの人たちとのコミュニケーションが飛躍的に深まりました。
山田:驚いたのは、ハリエットさんの現地オフィスへの溶け込み方です。出張で訪問したとき、ハリエットさんはまるで、元々そのオフィスのメンバーだったかのような雰囲気でした。外部から調査に行った人が、あんなに自然に受け入れてもらえるなんて、すごいことですよ。

山田は「ハリエットさんの参画がなければ、このプロジェクトは成立しなかった」と語る
ハリエット:そのオフィスに若いメンバーが多かったこともあって、みなさん非常にフレンドリーな雰囲気だったんです。来日前には2年間、ケニアでコンサルタントとして働いていたので、ケニアのオフィス文化に慣れていたのも大きいかもしれません。
日野水:そうやって関係性を築いてくれたからこそ、限られた時間の中で、みなさんと深い話ができたのだと思います。
急成長するケニア経済と人々の暮らし
山田:ケニアの現地調査では、キャッシュレス決済の浸透ぶりにも驚きました。政府が旗振り役となって「M-PESA」というモバイル決済を推進しているのですが、本当にどこに行ってもスマートフォンでの支払いが可能でした。
日野水:本当にそうですね。今回の出張中、せっかくのチャンスなので週末を利用して、子どものころに住んでいたキスムの街を数十年ぶりに訪れました。ナイロビからだと10時間ぐらいの街です。 Google map を頼りに住んでいた家を発見して、その近くへ行ってみると、以前はなかった何でも買えるスーパーマーケットができているなど、大きく変わった点もありました。
その一方で、昔からのマーケットが、ほぼそのままの雰囲気で残っていたりもしました。ところが、そこでハリエットさんがバナナを買おうとしたら、そこでも決済は M-PESA でした。こんなところまで浸透しているのかという驚きがありました。

ケニアの現地調査では数多くの発見があった
山田:日本よりも先にモバイル決済が普及していると聞いていましたが、その通りでしたね。
日野水:30年前と変わらないように見える風景の中でも、デジタル技術がじわじわと生活を変えていっているんですね。人々のニーズに合っているものは、自然と受け入れられて当たり前になっていくのだと感じました。
ハリエット:実はケニアは、私が暮らしていた10年前と比べても、大きく変化しています。たとえばナイロビでも、空港への高速道路ができたり、中心街にどんどん高層ビルが建ったり、ウエストランドと呼ばれる先進地域にはおしゃれなレストランが数多くできていて、世界中の料理が楽しめたりします。そんなケニアと日本を結びつけて、新しいビジネスを模索するというのは、私にとって非常にエキサイティングな経験となっています。
社会課題をビジネスで解決するために
山田:インキュベーション期間の検討によって、急速に発展しているケニアの社会で、私たちのソリューションに対するニーズがあることは確認できました。今後は、なんとか事業化を実現して、アフリカの人たちの生活習慣病の改善に結びつけていきたいと考えています。
事業をローンチするためには、日立グループの中で実際に事業の担い手となってくれる事業部やグループ会社が必要なので、手を上げてくれるところを探しています。
日野水:チームとしては現在、週2回ペースでミーティングを開いて、プロジェクトを進めています。社会的な意義が高いプロジェクトだと思いますので、いまはビジネスとしての価値をより高めるためのアイデアを模索しています。
ハリエット:私も、このプロジェクトは技術面での課題よりも、ビジネスとして事業化できるかどうかという点のほうが難しいと考えています。
ただ、このソリューションは生活習慣病対策という公共的な意義が大きいものだと思います。そのため、政府などの公的機関やベンチャー企業向けのファンドなどから資金提供を受けられる可能性もあると考えています。実現に向けては、そういった道も模索していきたいですね。今はまだその時期ではありませんが、将来的にはウェブサイトを開設して、一緒にプロジェクトを進められる方々を募っていければと思っています。

三者三様の強みを活かしながら、プロジェクトの事業化をめざす
山田:今回のプロジェクトは私たちにとって、全く新しい取り組みです。既存のマニュアルがあるわけではないですし、関係企業とのやり取りにも時間がかかります。社内の手続きも含め、課題を一つ一つクリアしていくしかない。近道は存在しないと感じています。
もう一つ、生活習慣病はアフリカだけの問題ではありません。世界のどの地域でも同様の条件が揃えば、同じようなビジネスモデルが展開できると思います。新しい場所で全く新しい事業を立ち上げるのは簡単ではありませんが、いったんどこかで事業化できれば、それを世界のさまざまなエリアに広げていくことができると考えています。
プロフィール
(※所属、役職は取材当時のものです。)

山田 健一郎
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D システムイノベーションセンタ
ビジネスアーキテクチャ研究部 主任研究員
日立製作所に入社後、光学を応用した多領域の研究開発に従事。リテール、スマートシティ分野等の顧客協創活動を推進してきた。NPO主催の社会課題探索型プロジェクトに参加、ケニア訪問時に現地スタートアップ企業との対話をきっかけにアフリカ地域における医療インフラ事業の可能性について検討し、本プロジェクトを立ち上げる。

日野水 聡子
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D デザインセンタ
UXデザイン部 主任デザイナー
日本、デンマークでグラフィックデザイナーとして勤務ののち、文化庁新進芸術家海外研修員として派遣、Aalto大学 MA in Department of New Media修了。フィンランドでUXデザイナーとして勤務後、日立製作所入社。ヘルスケアや公共分野などで、サービス創出を目的とした国内外の顧客協創活動を推進。幼少期にケニアで過ごした経験から、本プロジェクトに興味を持ち参加。

ハリエット・オチャロ
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D 先端AIイノベーションセンタ
社会インテリジェンス研究部 企画員
コンピュータサイエンスの学士号と修士号をケニアで取得した後、文部科学省(MEXT)奨学金を受けて来日し、博士号を取得。その後、日立に入社し、AI関連の研究者として現実世界の課題解決にAIを活用している。本プロジェクトは、ケニアに前向きな影響をもたらす可能性があるため、非常に有意義で刺激的だと感じている。



