多様性を武器に変革を起こす!アフリカのヘルスケア・プロジェクトの挑戦(前編)
日立グループの社内ビジネスプランコンテスト「Make a Difference!」 。従業員発案のアイデアをビジネス創出につなげ、発想の転換を図ることをめざしています。2023年度の最優秀賞であるGold Ticketを獲得し、事業化の実現に向けて活動しているのは、日立製作所 研究開発グループのメンバー3人が集まった「Team Uwezo(チームウエゾ)」です。
チームはアフリカの人々を生活習慣病から救うために、現地の民間ヘルスケア・データベースを活用して課題を解決するソリューションを提案しました。急速に発展するアフリカの社会課題とどう向き合い、ビジネスプランをどのように立案していったのか。研究開発グループ 主任研究員の山田健一郎と主任デザイナーの日野水聡子、企画員のハリエット・オチャロの3人がこれまでの過程を振り返ります。
偶然の発見から生まれたビジネスの種
山田:我々が Make a Difference! コンテストで提案したのは、ケニアの生活習慣病を予防するためのプロジェクトです。AIなども活用しながら、糖尿病などの生活習慣病のリスクに対する認知を向上させ、ケニアの人々に行動変容をもたらすソリューションを提供することをめざしています。

Team Uwezoのチームリーダーを務める山田
日野水:元になる案を着想したのは、山田さんですね。
山田:きっかけは、2022年度にNPOが主催した、ケニアの社会課題に取り組むスタートアップ企業を発掘するプロジェクトに参加したことです。そのとき、驚いたことがありました。ケニアの人たちのヘルスケア・データベースを、あるスタートアップ企業が管理していたんです。
日本でも民間企業がヘルスケアのデータベースを管理していますが、国が管理している全国規模の大規模なデータベースがあります。海外でヘルスケア事業を行おうとすると、そうした国が管理するデータベースがないことが最初のハードルになることが多いのですが、ケニアでは、それをカバーする形で民間企業がヘルスケア・データベースの管理・運営を始めているということでした。
その発見から、運用が始まりつつある民間のヘルスケア・データベースを活用することで、なにかケニアの社会に役立つビジネスを生み出すことができないか、と考え始めました。
共通点は「ケニア」──3人が集まるまで
日野水:山田さんがアイデアを思いついたとき、私たち3人はまだ集まっていたわけではありませんでした。私と山田さんは過去に一緒に仕事をしたことがありましたが、ハリエットさんとはまだ知り合えていなかったんです。
私は、7歳から9歳にかけてケニアで暮らしたり、デンマークで働いたりした経験があったことなどから、日本で外国籍の社員が働きやすい環境を作るにはどうすればいいか、という問題意識を持っていました。DEI(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)に関するリサーチを自主的にして、その結果を社内で共有する中で、ハリエットさんと出会いました。

幼少期にケニアに住んだ経験を持つ日野水
ハリエット:日野水さんとランチをする機会があったんですが、ケニアに住んでいたことがあると聞いて驚きました。
日野水:ハリエットさんの出身地域であるキシイと、私の暮らしていた地域キスムは比較的近くにあったこともあり、ケニアの話題でも盛り上がりました。そこで「研究所には山田さんという人もいて、彼もケニアに行って研究をしていたよ」という話をしたんです。
ハリエット:実は、山田さんがケニアから帰国したあと、プロジェクトの報告会でケニアのAIスタートアップについてプレゼンテーションをしているのを見たことがあります。そのとき、「ケニアに行った人が会社にいるんだ!」と興味を持って、連絡を取ろうとしたんです。でも、山田さんは忙しかったようで、すぐにはお返事をもらえませんでした(笑)
山田:その際は、すみませんでした(笑)
日野水:そんなわけで、偶然が重なって集まったチームです。私の社内インクルージョンのリサーチは自主的なものだったのですが、こんな素敵な出会いにつながるとは思っていませんでした。自分が興味を持ったり、必要だと感じたりしたことについて、自ら動いてみることの重要性を感じました。このような自主的な活動ができる職場の環境もありがたいなと思っています。
異なるバックグラウンドの3人が挑む
山田:Team Uwezoの3人はいずれも研究開発グループのメンバーですが、所属部門や専門分野はバラバラです。私はシステムイノベーションセンタで、さまざまな分野の顧客との協創活動を通じて、新しいサービスをどのようにして作り出すかという手法の研究やツールの開発をしています。現在の研究テーマは、日立グループ全体の中で、どうすれば事業部やセクタの垣根を越えて「One Hitachi」としての事業を作っていけるかということです。
ハリエット:私はケニア出身で、日本に来たのは10年以上前です。日本政府の奨学金を受けて、石川県にある 北陸先端科学技術大学院大学 の博士課程に入りました。その後、研究者として日立に入社し、いまは先端AIイノベーション研究センタで、AIを使って社会課題を解決する部署に所属しています。

日本の大学院でAIについて研究したハリエット
日野水:私は日本や海外でグラフィックデザイナーとして働いた後、日立に入社しました。現在はデザインセンタで、サービスデザイナーとして、ヘルスケアや地域創生など、多様なテーマで新事業創生に関わっています。
「デザイン」という言葉は意味がかなり広がっていますが、私が担当しているデザインは、顧客や社会の課題を見つけて、新たな技術を活用しつつ、多くのステークホルダーと協力して解決する方法を考えるというものです。ユーザーの体験から考えを進め、形のない新しい事業やサービスのコンセプトをデザインしていくことが仕事になっています。
山田:そんな3人が集まって、2023年度の Make a Difference! コンテストに応募することになりました。これは国内外の日立グループの従業員が応募可能な社内ビジネスプランコンテストで、従業員のマインドセット改革を促し、グローバル競争で生き残ることができる企業風土を醸成するために、2015年から開催されています。チーム名の「Uwezo」は、スワヒリ語で「We can do it」という意味です。
生活習慣病が急増しているアフリカ
日野水:コンテストに向けて、3人でビジネスプランを練っていきました。「ヘルスケアのデータベースを活用して、社会課題の解決につながるビジネスを作り出す」という山田さんの着想をどう実現するのか。それを模索するためのリサーチを始めました。
最初にやったのはデスクトップリサーチです。そこでケニアでは医療保険加入率が低いことや、健康診断の習慣がないといったことが確認できました。ハリエットさんと繋がれたおかげで、私と山田さんのケニア社会についての理解が飛躍的に深まりましたが、それでもやはり、改めて調査をしないとわからないことが多々ありましたね。

「ケニア」という共通点でつながった3人
山田:リサーチによって認識できたのは、ケニアを含むアフリカ地域は、生活習慣病の罹患率が世界で最も急増しているエリアだということです。IDF(国際糖尿病連合)によると、代表的な疾患である糖尿病患者の増加率は142%で、2050年には6000万人に及ぶと推定されています。
生活習慣病の80%は予防可能とされていますが 、手遅れになるまで健康診断に行かない人が多いため、自身の健康状態を認識する機会が少ないことが大きな課題となっています。
日野水:食生活の問題もあります。ケニアの伝統的な主食である「ウガリ」はトウモロコシの粉をお湯で練り上げた食べ物ですが、糖質が多いため、糖尿病の増加が予測されています。
山田:私は先述のNPO主催のプロジェクトで、ケニアの首都ナイロビにある、アフリカ最大規模のスラム街「キベラスラム」の現地視察に参加し、貧困や感染症に苦しんでいる人たちの姿を目の当たりにしました。しかし、アフリカ全体として慢性疾患の患者が急増していることまでは、改めてリサーチをするまで把握できていませんでした。
そこで、ヘルスケアのデータベースを活用して、生活習慣病のような慢性疾患に対する意識を向上させるソリューション・ビジネスを作り出せないだろうかと考えるようになったのです。生活習慣病は、できるだけ重症化する前に食い止めることが重要です。そのためには、自身の健康に対する認知を高めていく必要があるからです。
ケニアの人々の健康意識を探る
日野水:しかし、生活習慣を改善するのは誰にとっても大変なことです。そのためには心に響く方法で、メッセージを伝える必要があります。どのような言葉、どのような形で伝えれば、しっかり受け止めてもらえるのか。アプローチ方法を探るために、ユーザーとなる現地の人々の健康に対する価値観を深堀りする必要がありました。
山田:嬉しいことにコンテストでは最優秀賞をいただき、アイデア実現に向けたインキュベーション期間として、ケニアへの現地調査などを実施できる機会をいただきました。このメンバーで何度か出張をして、現地の方にインタビューなども実施しましたよね。
日野水:たとえば「どんなものを毎日食べているのか」「どういう言葉で健康を想起するか」などと尋ねて、ケニアの人々の価値観を深く理解するように努めました。それによって、ケニアのミドルクラス層には、「健康に良い食事をして、運動をしたほうが体に良い」という意識があることがわかりました。
ハリエット:ただ、何が「健康に良い食事」なのかが問題です。ケニアでは一般的に「伝統食は健康に良い」と考えられていますが、先ほどのウガリの例のように、現代的な生活スタイルを考慮すると、必ずしもそうとも言いきれないのです。

ハリエットと日野水は社内のランチで意気投合した
日野水:「健康に良い食事や運動が大切」という発言の先に、具体的にどのような行動を健康に良いと考えているのかまで掘り下げて聞くことで、より深い理解につながったと思います。また興味深かったのは、ケニアも日本と同じように、社会の発展に応じて食生活が変わってきていたり、運動をしなくなったりしていると、実感している人たちもいたことです。そういうリアルな感覚がわかると、自分たちのソリューションが受け入れてもらえるかどうかを判断しやすくなりますね。
ハリエット:ケニアの場合、健康に対する意識は日本と比べると、まだ高いとは言えません。健康に関することは「個人の問題」として、他人が口を出すのは難しい面もあります。日本では労働安全衛生法に基づき、事業者の義務として従業員の健康診断が定期的に行われていますが、ケニアでは健康管理はプライベートなことで、会社が関わるべきではないという考え方が一般的です。
日野水:そのような背景事情がある中で、仮に「家族のためを思って身体を大事にしてね」という言い方をしたとき、どのようなニュアンスで受けとめられるのか。現地調査では、そういったポイントも確認し、より適切な伝え方を探っていきました。
山田:これらの質問項目の設計やインタビューの実施方法などには、日野水さんがサービスデザイナーとして培ってきたノウハウが、大きく活かされていますね。
音楽とファッションに見るケニアのリアル
日野水:ケニアの人々の価値観を理解するという意味では、現地の文化に触れることも重要でした。
山田:たとえば、ケニアでは車に乗っているとき、大音量で音楽を聞く人が多いそうです。出張中に手配した車も、トランクルームに大きなスピーカーがおいてあって、車内がライブ会場のようでした。
ハリエット:ドライバーの方が気を遣ってくれて、音量は抑えてくれましたけどね。
日野水:そのドライバーの方に教えてもらったのですが、最近は「マタトゥ」という乗り合いバスが車内で音楽をかけるようになり、それ自体がエンターテインメントになって流行しているということでした。バスの外見もカラフルで個性的に仕上げているということで、日本のデコトラの画像を見せたら、話が盛り上がりました。

ミーティングでは英語と日本語のミックスで議論する
山田:ケニアの女性は、とてもファッションの意識が高いのも印象的でした。街のあちこちでヘア・エクステンションの店を、日本とは比較にならないほど頻繁に見かけました。
日野水:食べ物よりおしゃれにお金を使う、という意見が聞き取り調査でも出ましたね。
ハリエット:私も日本の職場では、今日のような落ち着いた色の服装が多いですが、ケニアの職場ではもっとカラフルな服を着ると思います(笑)
後編では、多様性を武器にした Team Uwezoが、事業化に向けた困難な道程をどのように克服しようとしているのかを語ります。
多様性を武器に変革を起こす!アフリカのヘルスケア・プロジェクトの挑戦(後編)
プロフィール
(※所属、役職は取材当時のものです。)

山田 健一郎
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D システムイノベーションセンタ
ビジネスアーキテクチャ研究部 主任研究員
日立製作所に入社後、光学を応用した多領域の研究開発に従事。リテール、スマートシティ分野等の顧客協創活動を推進してきた。NPO主催の社会課題探索型プロジェクトに参加、ケニア訪問時に現地スタートアップ企業との対話をきっかけにアフリカ地域における医療インフラ事業の可能性について検討し、本プロジェクトを立ち上げる。

日野水 聡子
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D デザインセンタ
UXデザイン部 主任デザイナー
日本、デンマークでグラフィックデザイナーとして勤務ののち、文化庁新進芸術家海外研修員として派遣、Aalto大学 MA in Department of New Media修了。フィンランドでUXデザイナーとして勤務後、日立製作所入社。ヘルスケアや公共分野などで、サービス創出を目的とした国内外の顧客協創活動を推進。幼少期にケニアで過ごした経験から、本プロジェクトに興味を持ち参加。

ハリエット・オチャロ
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D 先端AIイノベーションセンタ
社会インテリジェンス研究部 企画員
コンピュータサイエンスの学士号と修士号をケニアで取得した後、文部科学省(MEXT)奨学金を受けて来日し、博士号を取得。その後、日立に入社し、AI関連の研究者として現実世界の課題解決にAIを活用している。本プロジェクトは、ケニアに前向きな影響をもたらす可能性があるため、非常に有意義で刺激的だと感じている。



