日立×UoC 企業と生活者の対話から探る「生活者の課題」と「よりよい未来」(後編)
日立製作所研究開発グループと、クリエイティブコミュニティUNIVERSITY of CREATIVITY(以下UoC)の共同開催で、中・高校生、社会人、研究者が協働でパーソナルデータの利活用について考えるワークショップ『日立×UoC 企業と生活者の対話から探る「生活者の課題」と「よりよい未来」』が行われました。
日頃は少し遠い関係にある企業と生活者が、互いに一人の人間として向き合い、「嬉しい未来」について語り合ったとき、そこには何が生まれるのでしょうか。後編では、ワークショップの成果や、今後の展望を中心にお伝えします。
日立×UoC 企業と生活者の対話から探る「生活者の課題」と「よりよい未来」(前編)
技術の話をいかに「自分ごと化」してもらうか
日立・冨岡:企業と生活者の対話の場をデザインするうえで、社会をより良く、豊かにしていくための技術について、改めてその方向性を見出したかったという思いがまずありました。日立が持っている技術がさらに世の中の課題に対してどんな解を出していくのか、生活者を置き去りにすることなく考えたかったんです。
ただ、技術の話って、それだけ話してもピンとこないですよね。今回のワークショップでも、情報をセキュアに捉える匿名加工の技術について取り上げていましたが、単純に技術紹介をしたら、「ああ、そうですか」で終わってしまいます。
そうではなくて、対話をどうするかメンバと考えるなかで、日々触れるさまざまなサービスと密接に関係するパーソナルデータを取り上げて、そのポテンシャルに触れてもらおうというアイデアが生まれました。その結果、多様な人たちが対話を通じて自分の身近なところから発想して、それぞれのナラティブで語れるテーマになったのかなと思っています。
今回やってみて、テーマを立てるときは生活者の多角的な生活感情や価値観から議論が生まれていく余白が必要なんだと気づきました。

技術をテーマに対話する難しさを語る冨岡
日立・岡田:余白って、関与する余地とも言えますよね。生活者の課題と研究開発は遠いように思えますが、やり方次第でちゃんと結びつけられるし、対話ができるということが今回の取り組みでも明らかになりました。
対話を通じて生まれたのは、人と人との信頼感
UoC・田村さん:本当に今回のテーマはかなり難しかったと思うんです。率直に言うと、企業が生活者に向かって「皆さんのパーソナルデータを使うとどんな良いことが起こるか、一緒に考えましょう」という訳ですよね。これは身構えますよね(笑)。本来的には活用する側とされる側という垣根がある話だと思うのですが、事後アンケートでも「会社って怖いところだと思っていたけれど、良い人たちだった」という中高生からの感想がありましたね。一緒に対話できるし、一緒に社会の変化をめざせる相手なんだという印象変化は大きかったと思います。

田村さんは、参加者の印象変化に注目して語った
岡田:ワークショップの後に、「日立にならパーソナルデータを預けても良いと思いました」という方がいらしたんです。世の中を変えていくんだ、という一方的な押し付けではなく、共感や信頼をつくっていくコミュニケーションってこういうことなのかな、と思いました。
もちろん企業側も参加者も互いから学びを得たくて参加するわけですが、それ以上に、まずは互いについて興味をもって、学んで、共感して、関わりたくなるというプロセスに価値があるのかもしれません。もちろん1回のワークショップではカバーしきれませんが、あの場のなかから「もっと考えよう」と発展していったり、一緒にやっていくコミュニティが生まれるといったことも期待したいと思います。
UoC・小野さん:一般的には、健康診断データって健康保険組合が医療費削減のために使うものだという印象があると思います。そこには、自分が医療を受ける権利が吸い取られるようなネガティブなイメージもある。しかし、今回のワークショップでは医療費削減の先にある「健康寿命が伸びて、80を過ぎても孫と旅行に行ける」というようなワクワクする楽しい未来を描けたのが良かったんじゃないかなと思います。
岡田:それについて研究者も気づきがあったと言っていました。例えばですが、研究者は顧客である自治体が目標とする健康寿命を伸ばし医療費の削減をめざして技術開発をします。それは正しいことなんですが、シニアの方に話したところ「いや、健康寿命を伸ばすために食事に気をつけようって言われただけじゃ自分はやらないよ」と言われてはっとしたと。その技術があることでどう嬉しくなるかを受け手がきちんとイメージできないと、社会を動かすムーブメントは創れないことに気づいたというんです。研究者にとって、いままでの研究の方向性に新たな視点を加えるきっかけになったのだと思います。

参加者からのフィードバックがモチベーションにつながった面もある、と岡田
冨岡:研究者視点では「データを活用してレポートを受け取れる」ということがその人の健康のためになると思って開発していても、そのレポートを渡されて「健康のために我慢しろ」と言われるのはいやだ、というのが生活者視点ですよね。そこのギャップに気づけたのは良かったです。
日立・佐藤:そうやって生活者の価値観を直接感じてもらうことで、自分の研究は何のためにやっているのか、正しい方向に進んでいるのか、もっといいやり方があるんじゃないかと考えるきっかけにしてほしいと思っていたので、嬉しいですね。
新しいネットワークが生まれるきっかけにも
田村さん:学びの視点でいうと、お互いに気づきを提供する相互学習関係を立場の離れた人同士で作れたのが良かったですね。
岡田:今後、そういうネットワークを育てていく方向性もあると思います。
田村さん:ワークショップで話して終わりではなく、出会った人同士が勝手にいろいろなことを始めてくれるといいですよね。そうやって渦をつくっていくことが、こういう場所の使命のひとつだと思っています。

「他の研究者も連れてきたい」と今後の展望を語る佐藤
佐藤:日立には1,000人を超える研究者がいて、さまざまな技術を開発しています。UoCに、いろんな研究者を連れてきたいですね。
冨岡:ワークショップに参加した研究者たちはみんな、「本当に楽しかった」って話していました。本来の仕事の枠から少し離れた興味関心にもつながったようです。
小野さん:そういう刺激を感じてもらえたのであれば、とても嬉しいですね。

「データ提供の先のワクワクする未来を見せてあげてほしい」と小野さん
佐藤:会社の業務として携わっている研究内容を超えたところに興味関心をふっとむけることのできる「遊び」が生まれたんですね。ハンドルと同じで、遊びが必要なんですよね。
岡田:あとは、生活者からいただいたフィードバックも良かったですよね。研究者に聞いたら、社内で発表すると「それ分かる」って言われるけれど、ワークショップでは「それ欲しい」って言われて嬉しかったと言うんですよ。「欲しい」と言われたり、遊びを持って研究を進められることは大きなモチベーションにつながると思います。そういう意味でも生活者との対話には大きな意味がありますね。
また、出てきたアイデア自体にも価値を感じてくれていたようです。何回かやったら新しい研究テーマを立ち上げられるかもとか、今手がけてる研究の中に少しずつインプットして寄せていけそうだといった手応えも感じていました。
小野さん:それは嬉しいですね。私たちもここでいたずら書きをして終わりたいわけではなくて、連携して新しい景色を見たいんですよね。僕たちが日立さんと一緒に取り組みたかった最大の理由は、この場所で生まれたいたずら書きを実装してくれるかもしれない期待感なのかもしれませんね。
仲間を増やし、新しい風景を生み出したい
岡田:この先、新たに参加者を募って水平に展開していくか、同じ参加者で深掘りしていくか、いずれにしても、こうした活動は続けていきたいですね。
田村さん:前にも申し上げましたけど、ここでゼミをおやりになったらいかがですか?大変だけど楽しいですよ。
小野さん:どうしてもワークショップ自体は一期一会で、あの1回だけで参加者たちが仲間になって何かを始めることはさすがにないと思いますが、ゼミだとそういうことが起こります。いろんなタイプの刺激を浴びせながら、時間をかけてテーマのことを考えることで生まれる価値もありそうですね。
田村さん:個人的な展望になりますが、UoCはノンプロフィットで運営していますが、企業ですから投資対効果はもちろん期待しています。お金に換算するのも難しい話ですが、まだ損益分岐点はぜんぜん超えておらず、ここから効果のカーブをぐっとあげていく必要があります。日立さんのようなイノベーションセンターと連携することで、本当に社会に新しい風景が生まれる実装ができるといった効果を切実に求めています。
小野さん:UoCの設立の意図と一緒ですね。技術だけじゃなくて、創造性やアイデアがあるからこそ、世の中が楽しくなっていくのだということを信じています。そのプレゼンス向上のためにも、これからもご一緒していけたら嬉しいですね。
佐藤:今回のワークショップでいえば、これはもうとにかく社会実装して、パーソナルデータの未来を解決していきたいなという思いにつきますね。
岡田:確かに、何かひとつ、具体的な形にしたいですね。
冨岡:やはり、ここで終わりじゃなくて次に進めていきたいですね。他の研究者や部門もこうしたコミュニケーションに巻き込んでいくことが次のステップでしょうか。
今回、本当に楽しかったので、社内外で共感してくださる方がいれば、みんなで仲間として取り組んでいきたいですね。
岡田:雪だるまと同じで、1人で転がしても手が冷たいだけで楽しくないけれど、それでも楽しそうに転がしていると少し大きくなると必ず手伝ってくれる人が出てきます。これの繰り返しで、大きくなればなるほど一緒に転がす人も増えていくんだと思うんです。いまは少人数で転がしていても、楽しくやっているうちに必ず大きなムーブメントにつながっていくのだと確信しています。今日はありがとうございました。

この対話から、また新たに何が生まれてくるのだろうか
プロフィール
(※所属、役職は取材当時のものです。)

小野 勝彦
UoC プロデューサー
1969年長崎県生まれ。京都大学経済学部卒業後1994年博報堂入社。営業職を経て、2010年より新規事業開発業務へ。経営企画局にてM&A業務に携わり、グループ会社化した企業に取締役副社長として出向。2018年よりビジネス開発局。2022年よりUoCプロデューサー兼務。

田村 裕俊
UoC プロデューサー
博報堂で30年営業職を務めたあと UNIVERSITY of CREATIVITY 準備室に異動し事務方代表として機関の立ち上げに参加。 UoCでは社会課題解決とビジネスの連結による次世代型経済成長をテーマに INDUSTRY 領域のリーダーを務める。 私生活では2人の子どもを自然派無認可保育園に通わせ20年来様々な活動に関わる中で自然教育とコミュニティーへの関心に目覚める。

佐藤 康治
日立製作所 研究開発グループ
デザインセンタ ストラテジックデザイン部
主任デザイナー
日立製作所のデザイン部門に入社後、家電の商品企画や関西支社でのビジネスプレゼンテーションの経験を経て、日立の取り組みを様々なステークホルダーへ伝えるコミュニケーションデザインに従事。ブランディング、プロモーション、プレゼンテーションといった幅広い領域で日立グループの様々なテーマに対応。現在、研究開発グループの発信活動に取り組んでいる。

冨岡 ゆかり
日立製作所 研究開発グループ
デザインセンタ ストラテジックデザイン部
デザイナー
日立製作所入社後、新規事業開発の部隊で事業コンセプトを伝えるプレゼンテーションデザイン、イベントパネルデザイン、医療・介護システムの画面デザインなどグラフィックを中心に幅広く担当。現在は、パーパスを起点に事業のめざす姿や意義を伝え、「共感」で社内外のステークホルダーとのエンゲージメント構築をめざすアプローチ手法研究も含め様々なコミュニケーションデザイン活動に従事。デザインを担当し、現在、国分寺「協創の森」から、様々な発信活動をサポート。

岡田 量太郎
日立製作所 研究開発グループ
デザインセンタ ストラテジックデザイン部
デザイナー
デザイン事務所に勤務する傍ら町工場で職人としてキャリアをスタート。その後、照明メーカー、オフィス用品メーカーにて、プロダクトデザイン、企画、新規事業立ち上げに携わる。 2020年に日立製作所に入社、社会課題の解決やオープンイノベーションの推進をテーマにコミュニケーションデザインに取り組む。 もの→こと→しくみとデザインの対象を広げて挑戦中。 GERMAN DESIGN AWARD GOLD、グッドデザイン賞 BEST100、THE GOOD DESIGN AWARDS、他 受賞。