2024年11月7日、日立製作所 研究開発グループの協創の森にて「第215回ヒューマンインタフェース学会研究会「持続可能性に向けたサービスデザイン:理論と実践の両側面から考える」」が開催されました。経済成長に起因する社会課題や地球環境問題といった課題に対し、デザイン領域においても、持続可能な未来に向けた議論が立ち上がっています。しかし、取り扱う問題の複雑さと、デザインの対象の大きさから議論が政策や理論に止まりがちです。そうした中、さまざまな現場では、提唱された概念を実践に落とし込む段階の試行錯誤が続けられており、互いの実践を持ち寄り、理論と同じ俎上に載せて議論を前に進めることのできる場が求められています。
本イベントは、ヒューマンインタフェース学会と日立製作所の共催で、デザイン領域や研究領域をはじめとするさまざまな関心領域をもつ方が集まり、「持続可能な未来の実現に向けたサービスデザインとは?」との問いを元に、研究発表、オーガナイズドセッション、講演を通して理論の解釈、実践事例やノウハウを共有しあい、互いに多様な視点や新たな問いを呼び起こしました。
「広義のデザインとは?」実践例をもとに考える
オーガナイズドセッション「広義のデザインに携わる実務者座談会」では、株式会社東芝 CPS×デザイン部 デザイン開発部 共創推進担当 エキスパート 若林稔さん、株式会社KUMANOMICS 代表取締役 橋本直樹さん、株式会社日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ ストラテジックデザイン部 デザイナー 的場浩介が登壇、本委員会専門委員の 日立製作所 物井愛子をオーガナイザーとして、「広義のデザインとは?」との問いを中心に、それぞれの実践を元にディスカッションを行いました。

地域での対話にプロトタイプを活用
日立製作所の的場は、車両のエクステリアデザインからキャリアをスタートし、いまは未来の家電、ロボット、信頼に関するビジョンシナリオ研究に取り組んでいます。
的場は、日立が2010年から取り組む「きざしを捉える」研究を始めとしたビジョンデザインの活動 を紹介。
「将来の生活者の価値観変化を捉えたきざしを議論し、ただ便利にするのではなく便利さを超えた人への技術の寄り添い方(Beyond Smart)をビジョンシナリオとしてまとめている」
と語り、未来洞察が他社研究部門との中長期的な事業機会の探索につながった事例や、ダボス会議において、「Beyond Smart」のコンセプトをまとめた資料が会議出席者との議論に活用された事例などを取り上げました。
また、神奈川県三浦半島の農家さんとともに取り組んできた、農家さんの思いをのせて商品を届ける「Hi Miura プロジェクト」で行ったスローペイメント決済のプロトタイプを紹介し、具体的なモノをデザインすることで思考を形にし、多様なステークルダーを交えた議論の土台とすることの意義について、
「デザインの領域が広がっても初心を忘れず、議論を活性化するためのツールやビジョンシナリオを工夫していきたい」
と語りました。

リアルな「未来のゴミ」を議論のきっかけに
株式会社東芝の若林さんは、ソフトウェアエンジニアからデザイナーへ転身、東芝ではUI/ UXデザイン、新規事業やデザイン手法の開発などを経験したのち、現在は未来ビジョンに関連する業務を中心に取り組んでいます。
若林さんは、未来の日常をプロトタイピングする東芝の取り組み「Think a new day」について紹介。複雑で厄介な問題に対し、オルタナティブな未来の可能性を具体的に思い描き、いろいろな人との対話を通じて望ましい未来を考え続けることの重要性について語りました。
具体的な実践事例として、環境問題による人々の住まいに対する価値観変化を洞察し、家を持たずに自らの移動を通じてエネルギーを自給自足する「遊電民」の登場を描いた未来シナリオや、未来に存在し得るゴミをリアルに創作、展示した「未来のゴミ展」について紹介しました。また、1年をかけて未来シナリオをつくり、執行役員との議論を行ったプロセスについても紹介し、「議論の際には、企業人としてではなくひとりの生活者としてありたい未来の姿を『願い』から考えていけるようにした」と議論の活性化のために注力したポイントを語りました。

社会課題解決のために知的財産をひらく
株式会社KUMANOMICSの代表取締役 橋本直樹さんは、経済産業省入省後、社会課題とデザインを研究主題として米国パーソンズ美術大学院への留学、特許庁、デジタル庁を経て独立。起業後のいまは、行政と民間ビジネスが共創し、自然と社会が調和する経済をデザインすることをめざしています。
橋本さんは、特許庁在職時にデザイン経営の一環として行われた、特許庁のミッション再定義について紹介。さらに、実践事例として「I-OPEN PROJECT」について語りました。
I-OPEN PROJECTは、「『知』が尊重され、一人ひとりが創造力を発揮したくなる社会を実現する」とのミッションに基づき、知的財産を持続的な社会づくりへと生かすための仕組みをつくる取り組みです。社会課題解決をめざす法人や個人に対する伴走支援の取り組みのうち、子ども食堂運営のノウハウを商標と紐づけてライセンスを与えた「まほうのだがしや チロル堂」の実践例について紹介し、「社会課題の解決のためには、これまで収益最大化のために閉じられていた知的財産を開き、社会課題を解決する仲間をふやす仕組みが必要とされている」と語りました。

狭義のデザインとは?広義のデザインとは?
――自分たちが行っているデザインとは何か? プロダクトやUIなどの「狭義のデザイン」と、サービスやトランジションなどの「広義のデザイン」の違いは何か?
若林さん:会社のなかで必要な活動に対し、専門家がいない場合に、「デザインなら解決してくれるかもしれない」との期待から依頼をされることがあります。その領域が広義のデザインなのではないでしょうか。
的場:確かに、デザインなら解決してくれるかも、といってスタートするプロジェクトも多いですよね。狭義のデザインから役割が広がっていった経緯があるので、ビジョンデザインやサービスデザインといった広義のデザインに、プロダクトやグラフィック、UIといったアウトプットのデザインも内包されるのだと思います。
――3人とも領域は異なるが「デザイナー」と名乗っている。デザインの領域が広くなる中で、それぞれどのような意図を込めてどう名乗っているか。
橋本さん:もとは「政策デザイナー」と名乗っていましたが、分かりにくいので「政策」は取って、今はシンプルに「デザイナー」ですね。デザインの分野を限定せずに、あらゆるところにコミットしていく意思表示でもあります。
的場:案件によって「サービスデザイナー」と名乗ることもあれば「ビジョンデザイナー」ということもあります。私も橋本さんのように、大きく「デザイナー」とアピールしてもいいのかもしれません。
若林さん:私も肩書きそのものに違和感を感じることはよくあります。たとえば世の中の変化を社内に向けて問いかける、といった仕事のときは、これは果たしてデザインなのか?と分からなくなることもありますね。
新しいことを始めたいけれど専門家がいないときに必要とされるのがデザイナーです。デザイナーには、良く分からないことを分からないまま、トライアンドエラーを重ねながらゴールを見つけることが求められているんじゃないかと思います。
橋本さん:省庁の中にデザイナーは基本的にいなかったのですが、デジタル庁の発足以来、ユーザーに対して届けるものや、市民活動に直結しているものは、デザイナー的なマインドでつくるべきだという認知が広がってきており、そういったプロジェクトにはデザイナーが参加しています。
――広義のデザインを体現している日本ならではの事例は?
橋本さん:チロル堂は、貧困のイメージと紐付きやすい『子ども食堂』を、誰でも行きたい場所としてデザインしました。このように、共感をベースとしたデザインは、日本人の得意分野だと思います。
的場:人に寄り添うことの重要性は、三浦の活動でも実感しています。デザイナーには、人視点で考えるスキルが必要だと思います。よい実践は、技術が人に寄り添い、思いのやりとりを大事にしたデザインになっているのではないでしょうか。
若林さん:事例とは異なりますが、最近、未来を考えるときに歴史から学ぶことに注目しています。人間的な価値観や根源的なニーズを洞察するためには人類学や社会学を知る必要があるのではないでしょうか。

登壇者3人によるセッションをふまえて、リアル・オンライン双方の来場者を交えての質疑が行われました。
――企業内の実務者と行政内の政策立案者など、ステークホルダー間の関係性をどうつくるか?
的場:三浦の生産者さんとの出会いは、良い直売所を見つけて声をかけるところからでした。
「日立さんがなぜ?」と最初はかなり戸惑われている様子だったのですが、そこから少しずつ歩み寄って、距離を近づけていきました。
若林さん:企業が地域に入ろうとしたとき、警戒心をいかに解くかが最初のハードルですね。私の場合は、個人の想いやビジョンを長い時間かけて話すことで乗り越えました。
橋本さん:行政は「国民」とマクロに捉えがちなのですが、もっとミクロに、誰が何に困っているのか、その政策で誰がどんなふうに幸せになるのか、実際に見に行って実感することも大事です。それが結局はマクロな政策につながっていくのだと思います。
「こうした関係性づくりは泥くさい部分もある」と的場。質疑を通じて、3人がそれぞれの現場で試行錯誤した関係性づくりの一端が共有されました。
システミックデザインの挑戦
京都工芸繊維大学 水内 智英准教授による招待講演「デザインはいかに複雑さに向き合うか システミックデザインの挑戦」では、「デザインは日常に対する物資的・政治的介入である」との前提を踏まえた上で、社会の複雑で厄介な問題(wicked problem)を解く鍵としての「システミックデザイン」について概観しました。

システミックデザインは、システム思考とデザイン思考に依拠した方法論で、システム全体を包括的にとらえ、システム移行をめざし分野横断的にデザインを行うことを指します。システミックデザイン協会や英国デザインカウンシルによってフレームワークやツールが発信されたことで注目を集めるようになったシステミックデザインは、まったく新しい手法というわけではなく、従来から存在するデザインの手法に、システムを理解する方法が組み合わされています。
国際NGO「Dark matter Labs」が行なっているプロジェクト「Trees As Infrastructure」は、街路樹を街の共通基盤として捉え直すことで、よりグリーンな都市への変容を促そうとする試みです。土木建築の観点からみるとコストでしかない街路樹は、自然環境や災害対策、住民の心身の健康の側面で見るとさまざまな価値をもっている。それらを評価に組み込むことで、街路樹を支えることに対する予算配分が可能になり、管理に市民が関わることで参加的なコミュニティが形成される。このように、ひとつのものごとがさまざまなものとつながって生み出される多面的な側面を上手く生かすことで、よりシステミックな、理想的な状況へシフトすることが可能になると思います。
システム思考の限界を超える
従来のシステム思考は社会システムの分析を得意としますが、実践段階での方法は十分とはいえません。それを乗り越えるためにはデザインの世界で試みられてきた実験的デザイン・探索、学習志向の介入が鍵になるでしょう。その一方で、システミックデザインはコントロール幻想を帯びていることも否定できません。いま求められているのは、現場の文脈のなかに身を置き、世界と直接関わりながらデザインする「航海しながら船を作る」ようなやり方であり、それはデザインが長年培ってきた方法でもあります。その好例として、イルポ・コスキネンがDesign Research Through Practiceの枠組みで示したユーザーがアイデアを具体的に体験できる「ショールーム」があります。このショールームをシステムの挙動を把握する役割へと拡張することがシステミックデザインの文脈では必要になるでしょう。
複雑さを扱うために発展したシステミックデザインという動向は、「長期的・副次的影響関係の把握と考慮」、「多様なレベル・属性のステークホルダーが参加する基盤づくり、非人間(生物・機械)との協働」「パラダイム・世界観への働きかけ」、「エクスペリメントの役割への問い直し」といったデザインする状況そのものを支えるためのデザインというメタ的な側面をもちます。
今後はさらに、そうしたメタデザインとしての側面を意識することでシステミックデザインは、真の意味で社会に資するものとなるのではないでしょうか。

その他にも、「学びとデザイン」をテーマとした研究発表として、
中島 亮太郎さん (社会構想大学院大学), 坂口 和敏さん (山口大学), 荒木 貴之さん (社会構想大学院大学)による「新しさと有用さを両立させる創造性学習モデルの提案 カードゲームの作品づくりを通して」、
西村 歩 さん(MIMIGURI/東京大学), 塚常 健太さん (岡山理科大学)
による「現代デザイン実務家の学習行動:数量化III類による分類とキャリアとの関連の基礎的考察」
「未来とデザイン」をテーマとした研究発表として、
布施 瑛水さん, 田岡 祐樹さん, 中谷 桃子さん (東京工業大学)による「リビングラボを用いた未来社会デザインの仕組みづくり:自分ごと化の概念整理」
神崎 将一, 曽我 修治, 藤元 貴志 (日立製作所), 岩嵜 博論さん (武蔵野美術大学)による
「リペア社会の実現に向けた提言-社会、製品、マインドセットに着目して-」
が行われ、拡大を続けるデザイン研究の最前線における課題認識に触れる時間となりました。

イベント主催者について
特定非営利活動法人 ヒューマンインタフェース学会
ユーザエクスペリエンス及びサービスデザイン専門研究委員会(SIG-UXSD)
さまざまな立場のユーザーやユーザー間、さらに彼らを取り巻く環境などの要因を含め、UXとサービスデザインを主に社会学的・認知心理学的アプローチを中心に議論している。運営委員のほとんどを企業メンバーで構成、年2回の研究会の他、精力的に議論の場を提供している。