最適化の先へ。

協創の森が考える今後の研究・協創のかたち

日立製作所 中央研究所(東京都国分寺市)は、都心とは思えない空間の中にある。3万本あまりの樹木に囲まれ、創業社長の小平浪平による「良い立木は切らずに、よけて建てよ」の言葉を受け、野川源流の湧水などを極力残して建てられている。

ここに2019年4月開設したのが「協創の森」だ。構想が持ち上がってから4年余りの準備期間を経てオープンしたこの場所は、持続可能な社会を実現するためのイノベーションを創出する場をめざしている。協創パートナーが集い、社会課題の解決に向けたビジョンを共有して協創を進める「開かれた場所」は、新型コロナウイルス感染症(以下新型コロナ)の感染拡大により人が集うことが難しくなった。

そこで現在進めているのが、「協創の森」のデジタルによるアップデートだ。その活動を進める研究組織のリーダである西澤格、西村信治、森正勝に今後の協創の森について話を聞いた。

デザイナーがいる研究施設

― 各センタの役割を簡単に教えてください。

西澤:私が所属しているCTI(テクノロジーイノベーションセンタ)は、日立が取り組む社会イノベーションを技術面から支えることを目的としています。CTI全体では日立の事業を支える広い範囲の技術分野をカバーしていますが、私がみている中央研究所は特に、AI、デジタルテクノロジー、計測の3つの分野をカバーしています。中央研究所は約80年前に設立されて以来、計算機、半導体、電子顕微鏡などの技術開発から事業を生みだしてきました。現在もこれまで培った技術を強みに、さまざまなソリューション、サービスを支える基盤を作っています。

西村:CER(基礎研究センタ)は約30年の歴史があり、日立の次の技術の柱を作ることをめざしています。情報科学、生命科学、環境科学、物性科学において社会課題解決型の基礎研究を推進すべく、基礎研究を行う大学と密に連携しながら新しい技術の芽を育て事業化することが役割です。今は、量子コンピュータ、iPS細胞の再生医療、水素エネルギーなどの、将来技術を手掛けています。

森:私が所属するCSI(社会イノベーション協創センタ)は”Center for Social Innovation”の頭文字ですが、正式には”Global Center for Social Innovation”と”Global”が入ります。日本極はここ国分寺にあり、中国、米国、シンガポール・インド(APAC)、欧州と5極あります。

活動の中心はお客さまと共に創る”Co-Creation”です。これまでの協創は課題解決型でしたが、現在はお客さま自身も課題がわからない時代です。Co-Creationには、課題の発掘から一緒にやるという意味を込めています。CSIではデザイン系の人たちが一緒に活動していることが大きな特徴です。

画像: 左から森正勝、西澤格、西村信治。取材は協創の森で実施した(2020年12月)

左から森正勝、西澤格、西村信治。取材は協創の森で実施した(2020年12月)

西村:CSIにはバックグランドが心理学や人類学専攻や、美術系大学出身など、工学系ではない方がたくさんいますね。

森:日立ではイノベーションはいろいろなものの組み合わせが必要という考えから、70年近くデザインの研究を行っています。デザイン的な考えと研究者の技術を組み合わせ、お客さまと一緒にイノベーションを起こそうと活動を続けています。

― ここ中央研究所内に「協創の森」が2019年4月に開設しました。これまでの活動について教えてください。

西澤:2019年度は8,000人を超えるお客さまにお越しいただきました。ともにオープンイノベーションを進めるにあたり、国分寺市をはじめ18の企業や組織と協創パートナーとしての契約を締結しました。契約締結後には、構想からプロトタイピング、そしてプロジェクト化を進めます。プロジェクトとなると専用のプロジェクトルームで協創に取り組みます。2019年度は4テーマをプロジェクト化し、そのうち2件は事業化までを完遂しました。

画像: CMOSアニーリング(写真)を活用したサービスを事業化

CMOSアニーリング(写真)を活用したサービスを事業化

画像: 国分寺市と連携したプロジェクト「デジタル多摩シンポジウム 2020 in 国分寺」

国分寺市と連携したプロジェクト「デジタル多摩シンポジウム 2020 in 国分寺」

2020年4月には事業部と共同で、「Lumada Data Science Lab. 」を協創の森に設立しました。AI・データアナリティクス分野の研究者とOT(Operational Technology)分野のエンジニア、コンサルタントなど100人程度の組織で、お客さまのソリューションを創出する活動を進めています。

2020年度はプロジェクトを9テーマに増やして協創を進めはじめたところ*で、新型コロナの感染拡大が本格化しました。

*活動事例:ローカル5G実証環境を開設し、社会インフラ向けの高信頼なエッジコンピューティング運用技術を実証
https://www.hitachi.co.jp/rd/news/press/2020/1023.html

人の価値観を起点とする未来洞察「きざし」

― その新型コロナにより、世の中が大きく変化しています。日立全体もテレワーク前提の働き方に移行されているそうですね。

画像1: 人の価値観を起点とする未来洞察「きざし」

西村:リモートワークが文化として定着しました。日立は2020年7月、スイスABB社のパワーグリッド事業の取得に伴い日立ABBパワーグリッド社 を立ち上げました。欧州にいるABBの人たちともオンラインでやりとりしています。国境、会社などのバリアがなくなってきて、気軽にいろいろな人とつながることができるようになりました。

西澤:境界が薄れつつある一方で、ストレスのないコミュニケーションなどの課題も感じますね。

画像2: 人の価値観を起点とする未来洞察「きざし」

森:我々は「きざし」という未来洞察の手法を考案し、2010年より取り入れています。その点から見ると、今回の新型コロナにより全く新しいことが起こったかというと、実はそうでもないんですね。非接触、自動化などに注目が集まりましたが、10年ぐらいかけてその方向に移行すると思われていたのが、いきなり3ヶ月で起こったとも言えます。

きざしは、人の価値観を起点に将来どうなるのかを洞察するもので、予測とは異なります。きざしでは、将来どうなるのかについていくつかの選択肢を出します。それぞれに対して裏付けるデータがあり、こういうシナリオになるとどうなるのかといくつかのバリエーションを作ります。

例えば、きざしの取り組みの下で10年ほど前に環境問題について面白い洞察を出していました。環境についての教育に各国が力を入れ始めた時期でしたが、教育を受けた”環境ネイティブ”が大人の考える環境問題のアプローチに疑問を持つ可能性があるという洞察です。実際に、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんが登場しました。その洞察の通りになる・ならないではなく、いくつかの可能性に対して我々が今何をすべきかを考えるツールとして使っていただくことを考えています。今回のパンデミックを受けて、改めてグローバルの各極で作成を始めています。

画像3: 人の価値観を起点とする未来洞察「きざし」

デジタルを協創にどう取り入れるか?

―「協創の森」はオープンな交流を目的の1つに掲げていましたが、活動・研究分野にはどのような影響がありましたか?

西澤:2020年4月の緊急事態宣言後はデジタル分野の研究者は基本的に在宅勤務、実験系の研究者も出社は20%に抑えるという状況でした。その中で、研究者らがボトムアップで「デジタル技術でコロナ問題に立ち向かうプロジェクト」を立ち上げ、人の動きをセンサーで測ってガイドするソーシャルディスタンス確保のアイディア*などを具体化するなど、新しい研究のやり方で成果も見え始めています。

*取り組み事例:人の歩行に連動する空間演出の楽しさでフィジカル・ディスタンシングを誘発するシステムを開発
https://www.hitachi.co.jp/rd/news/topics/2020/0923.html

現在(2020年12月時点)はデジタル系10〜20%、実験系50%の出社人数を最大として、研究所を運営しています。この条件でこの実験を進めるには誰が何時のシフトで出社するのかなど、想像以上に複雑な計算が必要ですが、ここでは量子コンピュータに着想を得て開発した日立独自の新型コンピュータ「CMOSアニーリング」を活用しています。

*勤務シフト最適化ソリューション:
https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2020/10/1019a.html

森:協創はFace to Faceの対話を通じて行うことが前提でしたが、お客さまも我々も協創の森に来ることができなくなりました。幸いデジタルのツールがたくさんあるので、それを駆使して工夫して進めています。

変化としては、デジタルだからこそできる活動に拡大させたことです。その代表的な例として、交通事業者、大学、スタートアップなど73人で、「移動のニューノーマル」としてリモートワークショップを開催しました。物理的な制約がないため多様なステークホルダーに参加してもらい議論ができること、対面にこだわらなくても共感を得ることが可能だということがわかりました。新しい形のワークショップ、アイディエーションの可能性が見えてきたことは大きな成果でした。同時に、リモートが当たり前になるとつながりやすくはなりますが、背景を含めてきちんと伝えおくといった事前準備が必要などの学びもありました。

画像: 「移動のニューノーマル」をテーマに開催されたワークショップの様子。全3回オンライン開催された。詳しくはこちら。

「移動のニューノーマル」をテーマに開催されたワークショップの様子。全3回オンライン開催された。詳しくはこちら

デジタルはツールです。どうすれば最大に活用できるのかというアプローチが大事なのかもしれません。デジタルを使うことで協創に必要な人知はもちろん、場所、時間の制約を超えて、共感を醸成させていくことが必要だと考えます。

QoLが向上する新しい研究・協創スタイルへ

― ニューノーマルでの新たな研究・協創スタイルとはどのようなものだと考えますか?

西澤:ディスカッションやプログラミング、各種の書き物など、リモートでできる研究はリモートで進むでしょう。ただし、どうしても現地でやらなければならない実験は、現在は出社する必要があります。少し先を考えると、これまでは全部人が進めていた実験も、ある程度はコンピュータのシミュレーションで検証し、物理的な作業を部分的に出社して実施する、さらにはロボット、AIがさらに進化してサイバーフィジカルシステム(CPS)としてコンピュータ内にデジタルツインを作って分析し、リアルの世界に戻したあとの物理的な作業までも、ロボットで実施するというような世界が来るかもしれません。

西村:一方で、会って話すことの価値が増しましたね。量子コンピュータなどの破壊的技術は、さまざまなステークホルダーと会話をしていかないと世の中に実装できません。協創の森のような場所が重要です。

画像: QoLが向上する新しい研究・協創スタイルへ

森:VUCA(Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった言葉)時代と言われますが、そこでの人のQoL向上のためには、人の価値観を前提に社会を捉えて「問いを立てる」ことから始める協創を実践していきたいですね。

問いを立てるにあたって、先ほどお話しした「きざし」を用いると課題の解決策の幅を広げていくことができます。例えば「孤独を感じることなく住み続ける街とはどのようなものか」という問いを立てるとすれば、それを実現するための条件を複数の分野を横断した視野を持って設定できます。

変化する社会で技術はどうあるべきか ― 求められる「問い直し」の視点

森:技術は「人を便利にするため」など何かの「ため」に使われるものです。そのような中で、自分たちが何をすればいいのかを問い、それについて考えておかなければ、最適化だけでは済まない問題を解かなければならなくなった時に行き詰まります。

キーワードは「問い直し」 ―― そもそも何をしないといけないのか、どうしないといけないのかを問い直すことがコロナ禍の後で重要になると考えます。

コロナ禍ではクラウドファウンディングを使って店を助けるような動きがありました。これまでの「所有」から「利用」という利便性の追求にシフトしており、さらには「関与」という方に向かうと予想できます。みんなで助け合うような意味での関与ができるようになれば、世の中や地域をなんとかしようという余地が出てくると思います。それもあって、「問い直す」というアプローチが重要になると考えます。

画像: 変化する社会で技術はどうあるべきか ― 求められる「問い直し」の視点

西村:今の時代、さまざまな価値観がある中でバランスをとることが求められています。その際、デジタルの仮想的な空間で「これが本当に望む世界ですか?」とお客さまに提起し、問いを立てながら進めていくことができます。実際に見ると「ちょっと違うな」ということは当然あり、それは、人や地域、国により望まれる形は違いますから。その違いを理解しながら作っていくのが我々の仕事ですし、社会からも望まれることだと思います。

西澤:インフラを支える事業者として、製造現場、医療などさまざまな分野を皮切りに、人のQoLを向上するサービスを実現して、街、そして社会を変革していくことが目標です。それこそが、協創の森で実現すべきことだと思います。

森:社会問題を解く時の観点が、単なる「最適化」から少しずつ変わってきています。そこでデジタルの良さを我々なりに再認識し、それを組み合わせて協創の森を作っていきたいですね。利便性以外のところを含めて、どんな技術をどう当てはめるのかを考えるーーそこを協創の森でやっていきたいですね。

画像: 屋外にはテラスが配置され、豊かな自然の中で仕事できる環境が整っている

屋外にはテラスが配置され、豊かな自然の中で仕事できる環境が整っている

日立製作所 研究開発グループ
テクノロジーイノベーション統括本部
(CTI)副統括本部長
兼 中央研究所長
西澤 格

専門書と小説を1冊ずつ紹介します。データベースシステムは1960年代から積み上げられた理論に裏打ちされた、最も高度かつ実用的なソフトウェアの一つです。『Database Systems: The Complete Book』(Hector Garcia-Molina, Jeffrey D. Ullman, Jennifer Widom著)は、データベースシステムおよびデータ処理の理論、実装、関連トピックを網羅的にカバーした専門書です。
小説は、村上春樹さんの『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(新潮社)です。主人公が下す決断とその決断が未来にもたらす結果に強く心を打たれた作品で、学生の頃から折に触れて何度も読み返しています。高い塀に囲まれた街や森、たまりが出てきますが、中央研究所の環境と重なることも、何かの因果を感じます。

日立製作所 研究開発グループ
基礎研究センタ
(CER)センタ長
西村 信治

2020年に世界三大レースのひとつ「インディ500」で2度目の優勝をした、佐藤琢磨のレースを収録したBlue Ray『Takuma Sato 2020 INDY500 CHAMPION No Attack No Chance』です。
タイトルにも惹かれますが、中身も痺れます。佐藤琢磨は、F1をやっている頃は、攻め一辺倒であまり安定した成績が残せないレーサーでしたが、経験を積み、最近はもの凄く強くなりました。チームやライバルとも議論していつも新しい方法を探し、レース中も、350kmで運転しながら、マシンの状態やレースの流れを緻密に分析してレースを組み立ててます。そして最後の最後、あり得ないAttackをして勝ちます。最後に勝つ所が痺れます。世界で闘うにはカクアリタキと思いながら、いつも見ています。

日立製作所 研究開発グループ
社会イノベーション協創統括本部
(CSI)統括本部長
兼 東京社会イノベーション協創センタ長
森 正勝

日本人の考え方や行動に興味があり、その手の本を読むことが多い気がします。 『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中公文庫)や『逆説の日本史』(小学館)などを読みながら、我々日本人の日々の動きの背景や、海外との違いを考えたりしています。一方で、自分の考え方は、星新一の影響を多分に受けていると思います。ショートショートなどの作品もいいのですが、彼の考え方に触れられるエッセーが特に好きでしたし、『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮文庫)を読んで彼の人生を知り、感銘を受けました。

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