ドイツの「iF design award 2022(iFデザインアワード 2022)」において、日立は5件のプロダクト、コンセプトのデザインで受賞した。デザイン分野のグラミー賞とも称される賞で、そのうちの1件は2021年に入社したばかりのデザイナーを交えたチームによるコンセプトデザインだった。日立のデザイン部門は、研究開発グループに所属するという特徴があるが、日立が考えるデザインとはどのようなもので、何に立脚するのか。受賞作のデザインにかかわった大塚文音デザイナー、そして佐藤知彦リーダ主任デザイナーに日立のデザインの考え方を聞いた。
学生の拙いアイデアを否定しない日立製作所
大塚:子どものころは自宅の数軒先に工作教室があって、粘土細工やモノづくりを日常的にしていました。美術大学に入学するころには、デザインで仕事をしていくんだろうと感じるようになりました。人とモノが関わることに興味があったので、プロダクトデザインを専攻しました。
日立を選んだのは、一言で説明するならば「人」でした。大学時代にプロダクトデザイン学科で産学共同研究を数社のメーカーと実施したのですが、日立は一緒にモノづくりをしていこうという姿勢や、学生の拙いアイデアを否定しない優しい対応が印象的だったのです。
入社は2021年で、コロナ禍によってあまり出社できなかった1年目でした。洗濯機のデザインチームに配属されたのですが、私の次に若い人とはかなり歳が離れている環境でした(笑)。それでも、「どんどん発言して」と言ってもらって、入社前のイメージ通り皆さん優しさを感じながら仕事をしています。
主担当は洗濯機のデザインでしたが、最初の仕事は「カーボンオフセットチャージャー」のデザインでした。私たちはこれを「Cabocha(カボチャ)」と親しみを込めて呼んでいます。Cabochaはコンセントプラグ型のデバイスや専用アプリを使うことで、手軽に、楽しく、エネルギー由来のCO2削減に貢献する機会を提供し、個人と再生可能エネルギー事業者をつなげる新しいサービスです。ユーザーがどう使うかのタッチポイントのコンセプトとデザインのアイデア出し以降を担当しました。
佐藤:私がプロダクトデザインの道に進む1つのきっかけとなったのが、幼少期にレゴブロックで遊んでいた経験でした。レゴには作れる形状などに制約があり、「制約の中で答えを導き出す面白さ」があります。個人が自由に表現できるアートとは違い、デザインには設計・製造の条件や社会ニーズなど、モノが形になるまでさまざまな条件や制約があります。その中で解を求める面白さに目覚めさせてくれたのがレゴの原体験でした。
工業デザイナーになると決めて高等専門学校に入学し、社会人になったのち英国の大学院でデザイン方法論を学び直しました。その後は現地のデザインコンサルティング会社に就職し、その後日本に帰国してから国内メーカー2社で働き、日立に入社したのは2015年10月です。その半年ほど前、日立の「デザイン本部」が「社会イノベーション協創統括本部」に組織変更することをニュースで知りました。デザイン開発は時代に応じて、その役割や意味を変えてきましたが、上位組織名から「デザイン」がなくなり、社外とのイノベーション開発に本気で注力していく意思を外部からも感じました。そこで日立ならデザインのあり方を見つめ直し、自身のデザイナーとしての視野を広げられると思い転職を決意しました。多様性を重んじる風土があり、中途入社であることの壁を感じたことは一度もなく、働きやすい環境に感謝しています。
コンセプトからデザインし入社1年目でiFデザイン賞の快挙
大塚:カーボンオフセットの取り組みを個人の貢献を実感しやすいかたちで見える化できるCabochaは、社会貢献できるデバイスとサービスのコンセプトであり、社会の流れにマッチしたものでした。Cabochaは、ドイツのiF International Forum Designが主催する「iFデザインアワード2022」を受賞することができました。
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佐藤:iFデザインアワードは歴史があるデザイン賞で、世界の三大デザイン賞の1つでもあります。日立でも例年応募していますが、選考の基準がかなり高く、受賞はデザイナーの自信にもつながります。2022年は製品とコンセプトを合わせて5件受賞し、Cabochaはプロフェッショナルコンセプト部門で受賞しました。入社1年目でいきなりコンセプチュアルなもののデザインをすること自体が珍しい上に、iFデザインアワードまで受賞したのは、大塚さんにとってとても大きな成果だと思います。快挙と言っていいと思います。
大塚:コンセントプラグは四角い製品が多いので、「何これ?」と思ってもらえるようなモノを作ろうと皆で検討しました。再生樹脂を使うことを想定し、親密感を持ってもらうために有機的な(非対称の)形を取り入れることで、工業製品というよりも石(stone)のような自然を感じさせるデザインをめざしました。複数のデザインがあり、中には黒い再生樹脂のものや、マーブルっぽいものがあります。マーブルのものは結果として女性にも親しみをもってもらえそうなかわいらしいデザインになりました。環境貢献の取り組みは規模が大きく、身近に感じられない人もいるのではないかと考えます。 cabochaのアイコニックなデザインをきっかけに、一人でも多くの人にサービスに興味を持ってもらい、環境貢献の取り組みを広げることができたら嬉しいです。
佐藤:デザイン賞の審査は、過去には色・柄・形の魅力など、表層的な見た目の評価を中心としていました。ところが昨今はSDGs(持続可能な開発目標)に代表されるように、環境配慮、社会課題の解決などの視点も求められ、デザインが対象とする領域は拡大しています。CabochaがiFデザインアワードを受賞した背景には、見た目部分のみならず、環境視点の企画が高く評価され受賞に結びつきました。
大塚:iFデザインアワードなど雲の上の存在で、まさか1年目で応募することになるとは思っていませんでしたし、受賞など考えもしませんでした。とてもありがたいことだと思います。一方で、チームの多くの人とコンセプトや施策を練ってきたこともあるので、取り組んでいくうちに受賞してもおかしくないとも感じていました。私が携わる前から皆さんが練ってきた企画や技術も含めて、プロフェッショナルコンセプト部門の受賞対象として評価されたのだと思います。
佐藤:できあがったデザインをどう評価するか。デザインは、実は明確な評価・フィードバックを得ることが難しい領域と言えます。例えば家電製品で言えば、製品はデザインの他に、価格、機能、性能、販売、広告、アフターサービス、その他要因など、多くの側面で構成されており、事業の中におけるデザインの効果を、デザインの側面だけ切り取って評価することは意外と困難です。そうした中で、そもそもどんな課題に対し、何を解決するデザインだったのかが明確でなくなることもあります。社外表彰への応募を通じ、デザインの意図を明確にし、できあがったデザインを外部の視点から客観的に評価していただくことは、デザイン組織にとって貴重なフィードバックになります。近年の社外表彰は、表層的なデザインだけでなく、社会課題解決にどう向き合い、何に寄与したのか評価される傾向にあり、世の中の潮流、向かうべき領域を意識しながらデザインすることが、ますます問われています。
用と美のバランスを追求する日立デザイン
佐藤:製品のデザインは、最大公約数的に落とし所を探る作業と言えます。デザイナーの独りよがりではいけませんので、お客さまに届ける日立の製品として、一定の品質を確保しながら、美しいものをどこまで作れるかが重要となります。実用品としての使い勝手と、生活の邪魔にならない美しさ。すなわち「用と美のバランスを探る」という探索活動がデザイナーの研究活動のひとつとして挙げられます。
日立のデザインは、他社に比べて硬派で、派手さはないかもしれません。一方で、ただ美しいデザインを追求するだけでなく、人々の目に触れにくい部分で、欠かすことのできない品質を追求しています。そのための検証を、プロトタイプを作り何度も確認するのが日立プロダクトデザインの特質ではないかと思います。デザイン部門にはプロトタイピングのスキルと知識を持った専任のモデラーがおり、意匠の可視化をサポートしてくれます。家電製品においては、実際の使い勝手を検証するため、プロトタイプをいくつも作製し、手で触って試し、問題点を発見して次のステップに進むというプロセスを何度も繰り返し、生活をしっかりと支える「用」としてのデザインを追求しています。
例えばスティック型掃除機のプロトタイピングでは、スチレンボードで大まかな形状を作り基本形状を探り、次にきれいに削ってグリップの握り心地を確認し、バッテリーに相当する重量を搭載して、動かした際の操作感、バランスの確認をしています。並行して設計部では原理モックと呼ばれる基本操作が確認できる試作品を作り、デザインと併せて操作性を検証しています。最終的な色や質感などを決めるCMF(Color/Material/Finish:色/素材/仕上げ))では、塗装や素材の仕上げ調整を行い、製造部門、販売部門とディスカッションをしながら仕様を固めていきます。何度も繰り返し検証・評価し、最終製品のデザインを決定します。
大塚:プロトタイピングやカラーリングは大学でも学びましたが、同じ課題についての日立の取り組み方には、大学にいたころは想像もできないくらいの緻密さと厳密さがありました。洗濯機の表示パネルの周囲などの色決めでも、何度も繰り返して調整していきます。デザインのオフィスにはCMFを確認するために照明の色温度や照度を調整できる部屋があり、さまざまな色を見て検証します。オフィスは過去に作成した製品や色見本などもすぐに手に取ることができる配置になっているため、ふと手に取った色から、意外な気付きを得ることができます。入社してから、白(white)にも自分が大学で学んだ以上にたくさんの種類があることに驚きました。最初は微妙過ぎて区別できなかったものもありましたが、今では白だけでカルタができるぐらい見分けられるようになりました(笑)。
佐藤:試作模型の色調整、実製品の樹脂や塗装色の調色など、色のズレについてはかなりシビアに調整しています。
大塚:何度も作り直してもらうので、申し訳なくなってきます。でも限られた条件の中で良いものを作りたいのです。先日も、茨城県の工場に出向いて、19種類のカラーを調色してもらって色を決める作業をしてきたところです。
研究所でデザインに取り組めるという抜群の環境
佐藤:家電などのコンシューマー製品は、個人の生活の質を高めることに立脚しデザイン開発されていますが、日立の事業は多岐にわたり、社会インフラなど、社会の質を高める領域にもデザインの対象があり、何か一言で日立のデザインを体現することは非常に難しいです。
そうした背景の中、日立では“つながっていく社会を支えるデザイン”を標榜し、”Linking Society”という デザインフィロソフィーを2020年に策定しました。
「人々がしなやかにつながることで、暮らしの中に幸せを感じる瞬間を増やし、サービスやプロダクトを通じて、社会の中に自然なつながりを生みだすデザインをめざす」としています。ここで特筆すべきは、「社会 / Society」という言葉を盛り込んだことと言えます。日立のデザインが捉える広さを示している言葉です。家電もコンシューマー製品ではありますが、視点を変えると社会を支える「暮らしのインフラ」と言えます。つながっていく社会を支える、さまざまな接点をつくる意識が日立のデザインであり、その接点の多さが日立デザインの拠り所かと思います。
大塚:iFデザインアワード2022で受賞した5件を見ても、家電、エレベーター、鉄道車両からCabochaのようなコンセプトまで領域はさまざまです。社会のインフラとして幅広い対象をデザインすることが日立らしいのかもしれません。
佐藤:デザインの手法として、日立では人々の変化のきざしを捉える活動を推進しています。生活環境や社会環境が大きく変化する中で、家電のデザインにおいては、小さな改善の積み重ねによるフォアキャスト型の開発だけでは競争力のある製品・サービスを生み出すことが難しくなっています。そこで、将来の暮らしや社会を洞察して、ニーズのきざしを捉えた新しい価値観などの仮説を立てて、そこから将来のビジョンや、製品・サービスの仕様などをバックキャスト型で検討するというビジョン駆動型の開発プロセスを、製品デザイン、サービス開発に取り入れています。人口動態の変化、都市化の進行、環境負荷の低減、マクロトレンドに関して、2028年ごろまでをスコープに未来洞察を進めた結果、新たなライフスタイルとして「自分らしい暮らしの実現」にこだわりをもつ、生活者が都市部を中心に台頭してくると考察し、新しい価値観変化ストーリーのひとつの事例として、「ワークライフモザイク」というキーワードを策定しました。
コロナ禍で在宅ワークが広まり、働き方や仕事の仕方に変化が生まれていますが、1日の中で勤務やタスクを柔軟に組み合わせ、複数の仕事と家事がモザイク状に交錯する生活スタイルを、ワークライフモザイクと呼んでいます。衣食住だけで良かった住環境に「労働」と「健康管理」の視点が加わり、仕事と家事がモザイク化していく中で、最適な暮らしや働き方を実現するためにどのような製品が必要かを考察しています。こういったきざしは家電製品に求められるデザインも変えていくでしょう。
こうしたきざしに関連する事柄として、コロナ禍で在宅時間が増え内食需要が高まり、食材をまとめて購入される傾向がいま強くなっています。定番商品を定期的に購入する人が増え、買い忘れ防止のために頻繁にストック情報を確認するのです。すなわちルーティン家事ともいえる名もない家事が知らず知らずのうちに生活の中で増え、ユーザーの負担になっている現状があります。こうした世相の変化を受け、日立では、まとめ買いを意識した2台目の冷蔵庫として、2021年に「スマートストッカー」と名付けた新しい冷蔵庫を発売しました。ストック管理できる冷蔵庫として、庫内の重量センサーで食品の残量を検知し、その内容をスマフォアプリに表示させ繰り返し購入する定番食品のストック管理ができる製品になります。
大塚:スマートストッカーは、私たちが仕事をする居室にも置いてあり、お菓子がなくなりそうになると補充するような形で効果の実験台になっています。私は洗濯機のデザインが主担当ですが、Cabochaのようなエネルギー案件など家電デザイン以外の仕事をすることがあります。プロダクトデザインのメンバーだけでなく、研究所の多様な研究者と仕事をすることで、専門外のさまざまな知識を身につけることができるのは日立ならでは、ですね。この会社に入って、多彩な人と交流が深くなり、デザインをやっているはずなのにデザイン以外のことを学ぶことが多くて、大変だけど面白いです(笑)。
佐藤:例えば日立の研究開発グループには素材開発、生産技術など、プロダクトデザインに関わる部分の研究をしている研究者もいて、デザイナーが素材や生産技術を理解する場に恵まれています。日立製作所のデザイン組織はR&D部門の中にあり、横断的で汎用性のある技術など、「研究の態度」で開発している側面もあると言えます。研究開発グループにはさまざまな研究者がいることから、そういった方々と仕事ができるのも日立で働ける魅力のひとつです。
大塚文音(OTSUKA Ayane)
日立製作所 研究開発グループ
デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ
プロダクトデザイン部
漫画に登場する「生物」を生命論から解き明かす
昔から大好きなのが「14歳の生命論 ~生きることが好きになる生物学のはなし」(長沼 毅著、技術評論社)です。生物学者の著者が、有名なアニメや漫画に出てくる生物を解説することで、生命論を展開しています。エヴァンゲリオンやナウシカ、エウレカ、HUNTER×HUNTERなどが題材で、虫などの生物が好きな私にとって思い入れが詰まっている本です。学生時代の職業体験でご一緒したグラフィックデザイナーの方が、この本のデザインをなさっていたという偶然もありました。日立にはアタマのいい人がたくさんいるので(笑)、読んでもらったら新しい発見があるかもしれません。
佐藤知彦(SATO Tomohiko)
日立製作所 研究開発グループ
デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ
プロダクトデザイン部
リーダ主任デザイナー
美しいモノに触れる機会の大切さを教えてくれた本
伊丹十三さんの「ヨーロッパ退屈日記」(新潮文庫)は、1965年の本でありながら、いまでもハッとさせられるようなことが書いてあります。伊丹さんは俳優や映画監督として有名ですが、20代のころは商業デザイナーとしてグラフィックスや本の装丁をしていました。26歳の1960年に俳優に転身し、海外ロケでの出来事などを独特の文体でエッセイに仕立てています。場違いであってはならない、粋とはなにか、正調とはなにかといった、衣食住へのこだわりを延々と説いています。「美しさは嫌悪感の集積」と述べ、美的感覚における目の確かさ、正しく感じる大切さを説いた本で、デザイナーが持つべき審美眼、こだわりを持つことの大切さを学べる本です。必読です。