鉄道関連の技術は、車両開発、軌道などのインフラ開発・整備技術、そして運行管理システムの3本柱を軸に、安全性や快適性を実現している。日本の鉄道関連技術が世界最高水準の安全性と定時運行を支えているのは周知の通りである。しかし、少ないエネルギーで最大の効果を発揮させる、つまり「省エネルギー化」については未だに開発の余地が多く残されているのが実情だ。

そこで、日立製作所では鉄道DAS(Driver Advisory System)、すなわち、勾配などの路線条件やダイヤを考慮し、定時性と省エネ性の観点で最適な加減速や惰性走行のタイミングを運転士へリアルタイムに提案するシステムの研究開発に取り組んでいる。最大10%以上のエネルギー削減の可能性があるこのソリューションは、運用上の課題からまだ発展途上ではあるが、今後、電力系統や人流まで含めた鉄道システム全体へ最適化のスコープを広げつつ、最終的な列車の省エネ自動運転(ATO:Automatic Train Operation)への橋渡し役となることが期待されている。研究開発グループ Digital Innovation R&D モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ 自律制御研究部 主任研究員 牧 健太郎、ユニットリーダ主任研究員 小田 篤史の両氏に鉄道DASの現状を伺った。

執筆:森山 和道(サイエンスライター)

鉄道の省エネアプローチ

鉄道は一般に、環境負荷の低い交通手段と言われている。だが環境問題への対応や電気代高騰および燃料価格の不安定化、そして運行コスト低減による経営基盤強化への貢献などの理由から、鉄道においてもさらなる省エネは今や必須要件になりつつある。

鉄道の総エネルギー消費の約6〜7割は、走行に伴う駆動エネルギーが占めている。その削減のための手段は主に2つある。まずはハードウェアの改良である。車両自体の軽量化や走行抵抗低減など車両そのものの改良や、電力回生効率やモーターなどの車上装置の効率向上がそれにあたり、これまで改良により、大幅な省エネを実現してきた。しかしこれら改良のタイミングは新車導入時や大幅な機器更新時に限られるのが実状だ。

もう1つの方法が「運転方法の改善」だ。新車導入などを前提とせず、既存車両への適用が可能であり、10%オーダーの大幅な削減効果が期待できるのだ。そこで鉄道DAS(Driver Advisory System)の出番となる。

走行中にリアルタイムで最適な運転操作を提示する「DAS」

DAS(Driver Advisory System)とは、運転士に対してリアルタイムに、定時性と省エネ性の観点で最適な運転操作を提案し、支援するシステムである。車両情報制御装置(TCMS: Train Control & Monitoring System)から取得するリアルタイムデータと事前シミュレーションに基づき、運転士に対して最適な「目標速度」と「惰性走行のタイミング」を支援する。

既に現場に普及している、運転改善のソリューションもいくつかある。走行実績データ(位置、速度、消費電力)を収集・可視化し、事後の分析と改善に繋げる振り返りのPDCA支援、運転台にエコマーク等を表示して運転士の省エネ意識を向上させるリアルタイム燃費表示などだ。

これに対してDASは、走ったあとの振り返りではなく、走行中にアクセル、惰性走行、ブレーキの最適なタイミングを画面や音声を使って、直接アドバイスする支援システムである。

日立が開発した鉄道DASが提示する省エネ走行パターンは、制限速度内で最も速く走る「最速走行パターン」を基準として、目標とする走行時間に近づけつつ、省エネになる複数のパターン調整を施すことで生成される。具体的には、無駄な加速を抑え、定速走行の速度を下げる最高速度の抑制と、下り勾配の活用やブレーキ前の積極的な惰性走行により、力行(加速)エネルギーを削減する。

走りながら「いつ、どこまで加速するか」を考えるのである。国内の導入事例では、東京モノレールで16.4%、京王電鉄で最大12%の省エネ効果が確認されている(この点については後述する)。

コア技術は3つある。1つ目は車両、電力、信号を統合的にシミュレーションする鉄道システム統合シミュレーション技術。「SiRUS(Simulator for Railway Unified Solutions)」と呼ばれており、誤差6%という極めて高い精度で、消費電力量をシミュレーションできる。2つ目は実世界の走行データを送信し分析する「オンラインモニタリング」技術。シミュレーションと実測のハイブリッドなデータを基にした最適化を可能にする。3つ目は1980年代から日立が鉄道事業向けに研究してきた、省エネ走行パターンを生成する技術で、さまざまな路線環境で定時性と省エネを両立する走行パターンを導き出すことができる。

システム構成とコア技術

鉄道DASは、車両情報制御装置(TCMS)から車両の現在位置、速度、架線電圧等の動的データをリアルタイムで収集。路線形状、車両性能、ダイヤ情報などに基づいて、「どの場所で運転を変えたらどうなるか」を事前に網羅的にシミュレーションした「走行パターンデータベース」と組み合わせて、最適な、すなわち「省エネとなる走行パターン」を導出する。

運転支援情報は既存のモニターや、スマートデバイスなど汎用端末を使用して運転士に提示される。既存のTCMSにソフトウェアを追加するかたちで実装するため、導入コストが比較的低いのも利点だ。

UI(ユーザーインターフェース)は事業者の運行環境やユーザーに応じて対応ができる。円形デザインを用いて、目標速度と現在の速度を示し、惰性でいいのか加速すべきなのかを直感的に伝えるUIもあれば、ゲームようにスクローリング方式でガイドするものもある。開発当初はさまざまな情報提示の試験も行ったが、最終的には導入先の運転士の意見も取り入れながら、現場の運用に合った最適な情報提示が行えるようにしている。

画像: 運転支援ガイダンス画面(左:円形デザイン、右:スクローリング方式)

運転支援ガイダンス画面(左:円形デザイン、右:スクローリング方式)

課題は遅延回復時の受容性や、運転士の経験と計算機による最適パターンの乖離

実際の導入効果はどうだったか。東京モノレール(10000形)は試験走行において16.4%の削減を達成し、最大で1駅間26.8%の削減を確認した。京王電鉄(9000系)では提示パターンに対する運転士の「整合性(遵守度)」が高い場合は12%の削減を確認した。定時性への影響についても、東京モノレールの事例では、目標走行時間に対し約3秒の遅れに留まり、許容範囲(±5秒)内での運用が可能という結果だった。過度な高速走行を抑制する効果も認められている。

問題は実運用上の課題である。牧氏は「鉄道DASはまだ発展途上。これからインプルーブしていかないといけない」と語る。「運転士の整合性が高くない」ところというのは、要するに算出された最適パターンが「運転士たちの現場の感覚と合っていない」ということだ。特に回復運転、すなわち電車が定刻から遅れた時、運転士は最速走行を優先する。そのため、省エネを主眼とするDAS支援との整合性は低くなる。

また、運転士の受容性という課題もある。DASの支援内容は普段の運転パターンと違うことがある。熟練運転士たちの経験とは合わないこともあり「ここは普段こういう運転じゃないんだけど」という声が上がることもあるという。走行中にDASのUI画面を確認することの心理的・安全上の負荷が増大するという問題もある。特に乗客の乗り心地については、運転士はかなり細やかに調整しており、DASの支援に従うよりも運転士の経験による操作のほうが良い場合もあり得る。

日立では現場運転士との対話を積極的に行い、乗り心地の考慮など、現場ならではの制約もシミュレーションに反映させることで、最適値に固執せずに着実な効果を出し続ける、受容可能な最適化をめざす。「どういう走行パターンなら使ってもらえるか。現場とのすり合わせをしている。その結果実現される省エネ効果は薄れてくるが、このシステムがないよりは遥かに良いことは実証されている」という判断だ。

今後は現場の制約条件をシミュレーションに反映させてより着実な効果を積み上げる。そして「機械的な最適」と「人間的な受容性」のあいだをうまく取ることで、理論上の数値最適と人間的な受容性のあいだでハイブリッドな仕組みをめざす。

将来は鉄道システム全体の最適化へ

日立はAIの可能性を活かしつつ、物理法則に基づいたシミュレーション技術を活用することで、信頼性を担保したフィジカルAIに強みを持っている。現在の鉄道DASは単一列車の省エネ走行を対象としているが、これは同時に、将来のATO(Automatic Train Operation:自動列車運転装置)の省エネ化に向けた重要なステップでもある。ATOは車両などのハードウェアを改良する必要があるため、コスト・設備面でハードルが高い。今後5〜15年は、既存設備のまま導入できる鉄道DASが、省エネ自動運転への重要なステップだと考えているという。最終的な省エネ自動運転へ至る道のりの中心にDASがあるのだ。

さらに将来は、単一列車だけではなく、先行や後続を含む「列車群」、さらに変電所からの電力供給などの電力系統、さらに駅の混雑状況や乗客の人流といった制約条件も含めた「鉄道に関わるシステム全体」の最適化も視野に入れている。鉄道DASをはじめ、これまで研究開発グループで培ってきた制御技術の知見を活かすことで、地上設備とモビリティである列車を繋ぎ、鉄道システム全体のエネルギー効率と定時運行性を高めることが目標だ。

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