日立東大ラボのエネルギープロジェクトでは、2018 年よりSociety 5.0 を支えるエネルギーシステムの実現に向けた提言を行っています。第7版まで重ねてきた提言では、脱炭素社会へのトランジションの一助となるべく、電力・エネルギーシステムだけにとどまらず社会全体のあり方まで広範に取り上げてきました。
2026年1月に開催した第8回日立東大ラボ・産学協創フォーラムでは、前半でこれまでの提言内容と各研究グループの活動を振り返り、地域における次のトランジション戦略についてディスカッションを行いました。後半では、「エネルギーシステムの公共性と競争性」、「地域のトランジションの加速」をテーマとした二つのパネルディスカッションを行い、持続可能な社会を実現するための次のアクションについて考察しました。

開会挨拶

2026年1月27日、東京大学本郷キャンパスにおいて、第8回日立東大ラボ・産学協創フォーラムが開催されました。日立東大ラボは2016年6月の設立以来、Society 5.0の実現に向け、スマートシティとエネルギーの二つの側面から産学協創に取り組んできました。

画像: 東京大学 藤井輝夫総長

東京大学 藤井輝夫総長

冒頭、東京大学 藤井輝夫総長は気候変動や地政学リスク、技術革新が同時進行する激動の時代において、エネルギーの安定供給・脱炭素・経済性を同時に成立させることが容易ではないと述べました。また、エネルギーをめぐる課題は技術に加え制度、地域社会、人々の意識や行動を含む社会全体の変革を伴うものであるとし、多様なステークホルダーが対話を通じて進むべき航路を探り、持続可能な社会に向けた次のアクションを導き出す場となることに期待を示しました。

画像: 日立製作所 取締役会長 代表執行役 東原敏昭

日立製作所 取締役会長 代表執行役 東原敏昭

次に、日立製作所 取締役会長 代表執行役の東原敏昭はエネルギー供給とカーボンニュートラルの両立には全体最適の視点が不可欠であり、特に地方自治体などでの脱炭素推進には人々の意識改革が重要であると述べ、組織の枠を越えた協働を呼びかけました。

日立東大ラボの提言の振り返り

続いて、東京大学 大学院 新領域創成科学研究科の吉村 忍特任教授が登壇し、日立東大ラボのこれまでの提言を振り返りながら、取り組みの概要を報告しました。

画像: 東京大学 吉村 忍 特任教授

東京大学 吉村 忍 特任教授

日立東大ラボの提言を振り返る

吉村 忍 東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 特任教授

日立東大ラボの活動には、都市や地域のあり方を検討する「ハビタット・イノベーションプロジェクト(アーバントランスフォーメーションプロジェクト)」と「エネルギープロジェクト」の二つの柱があります。これらは3年ごとにフェーズを区切って進めており、エネルギープロジェクトでは、フェーズ1で「次世代グリッドシステム」、フェーズ2で「非電力を含むエネルギーシステム全体の設計」、フェーズ3で「脱炭素と成長戦略、グローバルプレゼンス」をテーマに検討してきました。

プロジェクトの特徴は、社会全体を俯瞰した総合的・定量的な分析に基づいてビジョンを描き、その下で具体的な社会課題の解決策を検討する点にあります。
この約10年で、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の拡大が進む一方で、系統運用上の制約や需給不確実性の増大、国際環境の変化も重なり、持続可能なエネルギーシステムの構築は重要性を増しています。
日立東大ラボは、地域社会と基幹システムの協調の重要性に始まり、カーボンニュートラル実現のための「協調」と「競争」、さらに近年は、「統合的トランジション」という考え方を提言してきました。将来を見据えたトランジション・シナリオを構築し、社会と共有していくことが重要であり、日立東大ラボはその議論の枠組みを提供する役割を担っています。

ディスカッション「エネルギーシステム、地域における次の戦略とアクション」

続いて、吉村特任教授をファシリテーターとして各研究グループが活動について報告しました。

「基幹電力システムの中長期的課題への取り組み」

東京大学 大学院工学系研究科の小宮山 涼一です。私が担当している基幹電力システムの研究では、「電力システムの全体最適」の観点から、安定供給と脱炭素化の実現に向けた課題を分析し、提言をまとめてきました。

2050年カーボンニュートラルを前提とした数理最適化モデルによるバックキャスティング分析では、2030~2040年にかけて太陽光を中心とする再エネの大幅な拡大が不可欠である一方、再エネ比率の上昇は調整力確保や既存電源の採算性に影響を与える可能性が示されました。脱炭素電源の拡大はエネルギー自給率向上に資するものの、その維持には送配電コストを含めた全体最適化が不可欠です。

私たちが開発した、日本のほぼすべての基幹系統を考慮したシミュレーションでは、2040年に再エネ比率が約50%に達した場合、地域間の電力価格に大きな格差が生じる可能性があり、この価格差を利用し、需要や電源立地を誘導する電力価格制度の必要性を提言しました。加えて、再エネ大量導入時の余剰電力や出力抑制への対応として、蓄電池や火力を組み合わせた柔軟性向上も必要性であると考えます。

「S+3Eに貢献するエネルギー需給」

東京大学 生産技術研究所の荻本 和彦です。電力システムやエネルギー需給の変化に伴い、これまで供給側の火力発電などが担ってきた調整機能は弱まりつつあり、今後は需要側機器など分散型資源を活用した調整力の創出が重要になります。そこで私たちは、需要家の利便性を損なわない範囲で機器を調整する「協調制御プラットフォーム」を提言してきました。

再エネの出力が多く市場価格が低い時間帯に電力利用をシフトできれば、供給側の出力制御を減らし、需要家は安価な電力を利用できます。実装に向けては、価格・料金体系などの制度面の整備や、自治体・商工会議所を通じた成功事例の共有なども重要であると考えています。

「SWG3の取り組みからの視点」

東京大学 公共政策大学院の城山 英明です。私は公共政策の観点からエネルギー転換の社会的条件を整理しており、主に次の3テーマを検討してきました。
(1)社会と技術の転換の道筋を見出す「トランジション・シナリオ」の検討
小宮山教授の分析を基盤に、政府機関や国際機関、NGO、研究者、エネルギー事業者など、多様なステークホルダーの意見を踏まえ、複数のシナリオを広く検討しました。

(2)地政学(地経学)的対立における気候・エネルギー転換の道筋
国際政治・地政学の観点から見ると、ロシアのウクライナ侵攻以降、日本ではエネルギー安全保障の重要性が再認識されています。欧州でも産業政策が競争力重視へと転換する中、日本にはパートナーシップの重層化や供給網の強靱化が求められています。

(3)統合的トランジション
気候変動対策やエネルギー安全保障は、防災、デジタル、医療・ヘルスケアなどの多様な社会課題と切り離せず、地域レベルで横断的・統合的な脱炭素化へのトランジションを進めていくことが今後の重要なテーマになります。

「電力システム改革(2011–2020)の振り返り」

東京大学 大学院経済学研究科の大橋 弘です。電力システムは、明治期の競争時代、戦時期の国家統制、戦後の地域独占を経て、現在は地域ごとに閉じていた仕組みを全国一律に広域化する、三度目の大きな変革期にあります。
電力システム改革は当初順調に進んだものの、ロシアのウクライナ侵攻後には供給力不安が高まり、安定供給・脱炭素・経済性のバランス再構築が課題となっています。

日立東大ラボの提言の中で特に意義深かったものの一つが「レベニューキャップシステム」です。送電事業者に投資インセンティブを与える制度として提案し、実際に導入されました。ただし、実際の制度はインセンティブを強化するというより収入上限を管理する仕組みに近く、なお改善の余地があります。

さらに、原子力発電の必要性についても議論を深めてきました。再稼働やリプレースなど、引き続き検討すべき課題はあるものの、社会的議論に一定の影響を与えたと考えています。

エネルギー政策の基本であるS+3E+Sは正三角形のようなバランスで成立するのが理想です。これまでの電力システム改革では経済効率と脱炭素化が強化されてきた一方、安定供給にはなお課題が残っており、今後はそのバランスの再構築が重要になるでしょう。

議論の深化に向けて必要な要素

各研究グループの活動の振り返りの後、横断的な視点から今後の課題について討議が行われました。吉村特任教授から「これまでの日立東大ラボでの議論をさらに深めていく上で必要なこと」が問われ、登壇者それぞれが意見を述べました。

小宮山 先生:大規模な投資を必要とする電力システムにおいて重要なのは「全体最適の視点」からの投資です。S+3Eに最も貢献する選択、全体のコストを抑えながら安定した電力価格を実現する選択は何かを、数理的なツールなどを用いて分析し、判断していく必要があります。また、建設リードタイムの長い設備を有するエネルギー分野では「不確実性への対応」も重要であり、数理モデルなどを活用しながら、効果的な選択肢について引き続き研究していきます。

大橋 先生:これまでは地域ごとの電力会社が電力インフラの供給を担う主体として責任を負っていましたが、電力市場改革により現在は全国一律の市場を前提とする仕組みに変わっています。その結果、周波数維持義務などの規律法的責任はありますが、実態として最終的な供給責任の主体が少し揺らいでいるために不確実性が高まり、事業者がリスクを避けて投資を控える傾向が見られることから、供給責任の制度設計が重要になると考えます。

荻本 先生:「できることを実行できる社会にする」という視点が重要です。電力事業者の経営・投資判断には、ある程度の先読みを可能にする情報の共有が必要です。また、データの流通と活用を推進することも重要です。電力系統の各地点の電圧・電流・位相をGPSの時刻情報に同期して常時計測するPMU(フェーザ計測装置)のデータを事故の予兆把握などに活用できれば、強靱な電力システムが構築できる可能性があるのではないでしょうか。

城山 先生: 長期的なエネルギー転換を進めるには過度な政治化を避け、国民会議のような場で専門的な議論を積み重ねながら、複数の価値を踏まえて現実的なバランスをとる意思決定の仕組みを構築することが重要です。さらに、医療政策で地域医療構想という計画概念が模索されているように、エネルギーシステムでも従来とは異なる新しい「地域」の枠組みを探ることも必要であると考えます。

最後に吉村特任教授は、日立東大ラボでは大学と企業が共同で議論を重ねることで、実務的視点、国際的視点、地域の視点を交えた現実的な議論が進められてきたと振り返りました。そして、「エネルギー問題は極めて複雑で、単純化して理解することはできません。多様な関係者が問題の複雑さを正しく認識し、議論を共有しながら課題解決に取り組むことが重要です」と述べ、セッションを締めくくりました。

パネルディスカッション――持続可能な社会を支えるエネルギーと地域

セッション1 エネルギーシステムの公共性と競争性――めざす変革と持続可能なエネルギーシステムとは?

画像: ディスカッションの様子。左から小宮山先生、添田氏、穴井氏、田村氏、大橋先生

ディスカッションの様子。左から小宮山先生、添田氏、穴井氏、田村氏、大橋先生

小宮山 先生: 脱炭素、電力システム改革、分散型エネルギーの進展を背景に、エネルギーには社会インフラとしての公共性が求められる一方で、競争や市場原理による効率性、イノベーションも期待されています。本セッションでは、エネルギーシステムの「公共性」と「競争性」という、一見相反する二つの概念を軸に、持続可能なエネルギーシステムの将来像を議論します。

次世代の電力システム構築へ向けて

添田隆秀 経済産業省資源エネルギー庁 電力・ガス事業部電力基盤整備課長:
2020年に発送電の法的分離がなされてから5年が経過し、電力システム改革の成果と課題が見えてきました。

電力システム改革の成果と課題は大きく三つに整理できます。
(1)安定供給の確保――広域的運営推進機関の創設や送配電ネットワーク整備により全国のネットワーク一体化が進んだ一方、再エネ導入拡大に伴って火力発電の稼働率や収益性が低下し、休廃止も進行。2020年以降は需給逼迫も断続的に発生。
(2)電気料金――自由料金は経過措置料金よりも安価に推移してきたものの、火力依存の構造により燃料価格高騰の影響が拡大。
(3)需要家の選択肢と事業機会の拡大――多くの事業者が参入し、選択肢が広がった一方、ウクライナ情勢を受けて退出も相次ぐ。

制度設計に関する今後の取り組みでは、三つのポイントが挙げられます。
(1)供給力の確保――資本集約的で投資額が大きく、事業期間も長い脱炭素電源には、投資回収の予見性の向上が必要。長期脱炭素電源オークションなどの制度を見直しながら、事業者が将来見通しを立てやすい環境づくりを推進。
(2)電力ネットワークの次世代化――データセンターや半導体工場など新たな大規模需要への対応、再エネ導入拡大のため、地域間連系線とともに地域内系統を整備。資金面の制約がある一般送配電事業者に対し、貸付などの方策を検討。
(3)電力取引環境の整備――価格変動の大きいスポット市場の取引量が増加し、発電事業者の収入が不安定化。一定量の長期相対契約を確保しやすくする仕組み、中長期取引市場の整備などを検討。

事業者間の水平連携、垂直連携も重要な論点です。発電・送配電・小売の連携、あるいは燃料調達や発電所建設における協働を促すような事業環境の整備が重要であると考えています。

需要側弾力性を活用する電力システム

穴井徳成 東京電力ホールディングス株式会社 経営企画ユニット 系統広域連系推進室長:
これまでの電力システムは、火力や水力など直接制御できる大規模電源を需要変動に応じて調整することで需給バランスを保ってきました。今後、風力や太陽光といった変動電源が拡大する中では、EV、蓄電池、データセンター、ヒートポンプ等の需要側のリソースを活用する仕組みへ移行していく必要があります。

ただし多数機器の個別制御は困難なため、価格シグナルにより需要側が自律的に最適化する設計が重要になります。

東京エリアの配電レベルの模擬分析では、導入量や需要差により、地域ごとに価格差が生じ、立地や制御の最適解も異なることが示唆されました。

今後は、分散市場を含むプラットフォームが必要で、予測に基づく地域の需給計画・制御と広域市場を整合させることがめざすべき方向性であると考えています。

今後の電源投資の課題とファイナンスの論点

田村多恵 みずほ銀行 産業調査部 資源エネルギーチーム 次長:
2050年カーボンニュートラルを前提とすると、再エネ、ゼロエミッション火力、原子力、送配電系統の維持増強などに巨額の投資が必要になり、累計で180兆円規模に達すると推計しています。これを毎年の投資額に換算すると、大手電力12社の過去10年の投資キャッシュフロー平均と比べてもはるかに大きく、今後かなり高い水準の投資を長期にわたって継続していく必要があると言えます。

こうした投資を支えるには、ファイナンスの議論が欠かせません。金融機関は、投資の意義、事業の継続性、収支の安定性や収入・支出の予見性を見ていますが、特に重要なのは、収入・支出の見通しです。金融機関の貸出期間には限りがありますので、5年後、10年後に再度資金調達できる姿になっているかも重要な判断材料になります。

震災以降、電力事業者の経常利益率は他のインフラセクターと比較して低調に推移していますが、融資では経常利益の水準だけを見ているわけではありません。今後、投資を拡大していくには、電力会社がキャッシュインを増やし、キャッシュアウトを抑える努力に加え、制度・政策面での補完も必要です。加えて、人手不足や施工力低下という制約要因にどう対処するかも重要です。日本の産業競争力を支える上で、電力の安定供給は不可欠です。そのためにも投資の好循環が生まれるような体制をつくることが望ましいと考えています。

電力システム改革(第5次制度改革)について

大橋弘 東京大学副学長・大学院経済学研究科 教授:
電力システム改革では、既存アセットを効率的に活用する制度改革を進めてきました。全国のメリットオーダー(発電コストが低い順に発電所を並べ、低い方から稼働させる仕組み)を実現し、発送電の法的分離により発電・小売にスポット市場を軸とした利益最大化の意識を根づかせ、価格シグナルを機能させる方向をめざしてきました。
一方、電源の休廃止が進む中で電力需要増が見込まれ、設備投資や燃料調達の不足が懸念されているため、グリーントランスフォーメーション(GX)にかなう設備投資、ネットワーク投資の推進が必要です。

今後の課題としては次の三つが挙げられます。
(1)アセットを効率的に使う仕組みと、投資・調達のインセンティブを与える仕組みの齟齬
(2)法的分離によって発電・送電・小売が分かれ、個別最適が進む中で、社会全体にとって望ましいシステムをどう再設計するか
(3)脱炭素と安定供給を両立させるために、民間と官の役割分担をどう再設定するか

日本は一次エネルギー自給率が低く、電力も燃料もネットワークが海外から独立しています。脱炭素のトランジションとして有力なLNG(液化天然ガス)は長期備蓄が難しく、電力の安定供給には発電設備だけでなく燃料調達まで含めて考えなければなりません。

日本のエネルギー制度は、BG(バランシンググループ。複数の電力需要家や小売電気事業者が連携して電力供給のバランスを取るためのグループ)を基本とした分散型システムになっています。BGの中で供給力を確保し、その上で送配電事業者が不確実性を補完するのが本来の姿であるものの、現状では小売事業者の供給責任が充分に意識されていません。スポット市場だけに依存せず、相対取引を通じた創意工夫を重視すべきと考えます。

市場を機能させるには、責任主体が供給責任を明確に負うことが前提です。その前提が曖昧なままだと、価格シグナルも充分に機能しません。制度の土台をどう立て直すかが重要です。

競争と連携のバランスをどう取るか

小宮山 先生:まず添田さんに伺います。垂直連携、水平連携は、競争とはやや異なる軸の視点でもありますが、今後の電力市場において、どこまで許容されるべきでしょうか。投資予見性の向上などのメリットがある一方で、慎重に考えるべき境界もあるのではないかと思います。

添田 氏:垂直連携については、競争上の重要情報を漏らさないことが大前提です。その上で、送配電事業者が系統運用や必要な投資を事前に検討しやすくするために、発電所の閉鎖情報などの共有は必要でしょう。全体最適の観点からは、データセンターのような新たな大口需要者を発電設備に近い場所へ立地誘導することも重要です。さらに、発電側と小売側の目線を合わせるための制度設計も必要であると考えます。
水平連携については、競争領域と協調領域を分けて考える必要があります。人材育成や研究開発、中央給電指令所システムの共通化、共同出資による発電所建設など、複数社で取り組むことで全体にプラスになる領域はあるはずです。

小宮山 先生: 配電レベルでの価格シグナルを有効活用しながら立地誘導を進めるには誰が、どこまで、どの粒度で情報提供するのが適切か、投資の好循環は実際に回っているのか、BG制度の中で小売の責任と自由度のバランスをどう考えるか、皆さんにそれぞれ伺いたいと思います。

穴井 氏:配電レベルの価格シグナルについては、公平性と透明性が重要です。分散市場のような仕組みの中で価格を見える化し、さらに空き容量などのネットワーク情報も適切に開示していく必要があります。その上で、市場参加者がみずからそれらの情報を分析し、投資判断できる環境を整えることが重要です。初期段階ではサポートを提供しつつ、最終的には事業者自身が活用できる形にしていくことが望ましいと考えます。

田村 氏: 現時点で投資の好循環の成果が充分に出ているかと言えば、まだそこまでは言えないと思います。発電所は投資決定から完成まで時間がかかるため、今の需給状況は5年、10年前の投資判断の結果でもあります。ただ、この数年で長期脱炭素電源オークションなどの制度が整い、投資検討そのものは進み始めています。電力需要見通しも減少から増加へと大きく変わっており、前提条件が大きく動く中でも少しずつ好循環に向けて動き始めています。

大橋 先生: 電力小売事業を行うにはファイナンス力、調達力、需要把握力が必要であり、現在すべての事業者が充分な責任を果たせているのかは問い直す必要があります。小売事業者の創意工夫とは、本来、需要家のロードカーブに合わせて商品設計を行い、最適な供給を組み立てることにあります。送配電事業者が最後は調整してくれるという前提では、供給力確保のインセンティブは生まれません。基本的には、供給力確保は民間事業者の自発的な事業性の中でなされるべきで、そのためにもBGの中での規律をあらためて確認することが重要だと思います。

小宮山 先生: ありがとうございました。安定供給の確保、ファイナンス、市場制度を中心に、多くの示唆に富むご議論をいただきました。今後、電気事業において何を問い続けるべきか、どこに新たな選択肢があり得るのかを考えるきっかけになれば幸いです。

セッション2 地域の未来をつくる統合的トランジション――人材・投資・ガバナンスの挑戦

イントロダクション

城山 英明 東京大学大学院 法学政治学研究科教授:

脱炭素を進める上で、地域や地方自治体の役割は極めて大きいと言えます。地域はGXの実践の現場として、多様なステークホルダーの利害を調整することが求められます。課題についても脱炭素、地方創生、防災、ヘルスケアなどを統合的に考える必要があります。

こうした点を踏まえ、地方自治体におけるトランジションの課題や可能性を把握するため、47都道府県と1,741の基礎自治体を対象にウェブ調査を実施しました。1,189団体から回答を得られ、回答率は66.5%と非常に高い割合でした。

これまで取り組みについての質問では、脱炭素先行地域への応募・採択経験がある自治体は一部にとどまりました。認識や意欲に自治体間で大きな差があり、モデル事業を横展開することの難しさが示されています。

財源については、特に建物の脱炭素化やエネルギー転換で不足感が大きく、助成金の上限引き上げや基準緩和を求める声が目立ちました。
人材面では、横断的・総合的な政策立案能力、地域の環境や資源に関する知識、住民への意識啓発能力が求められています。人材確保策としては、国や他自治体との情報共有、民間からの人材登用への期待が大きいことがわかりました。
ガバナンスについては、国の政策やガイドラインに一定の効果は期待しつつも、実施が容易ではないとの認識が強く、住民の関心が低いという回答も目立ちました。

以上を踏まえると、財源、人材、意思決定の仕組み、地域特性への配慮、住民との協働が統合的トランジションにおける重要な論点だと考えられます。

芳川 先生: 東京大学 公共政策大学院の芳川恒志です。ここからパネルディスカッションに移ります。まずはパネリストの皆様よりプレゼンテーションをお願いいたします。

地域脱炭素の取り組み

西村 治彦 環境省 大臣官房審議官:

私は環境省で長く温暖化政策に携わる一方、水俣病対策や福島の除染・中間貯蔵施設の整備など、地域と向き合う業務にも取り組んできました。そうした経験から、環境と経済は対立軸ではなく統合的に捉える必要があると強く感じています。温暖化対策もそれを「目的」というよりも、地域の課題解決や地域経済の再生や活性化につなげる「手段」と捉えた方がよいと考えており、「地域循環共生圏」という概念を提示するとともに、「地域脱炭素(地域GX)」という政策を立ち上げました。この政策は、地方自治体、そして地域の金融機関や商工会議所、企業とも対話しながら進めてきました。主役はあくまで地域であり、国はそのニーズに応じて支える立場だと考えています。

その一環として行ってきた、脱炭素と地域課題解決の同時実現のモデルとなる「脱炭素先行地域」の選定では、2025年度までに約100提案を採択しました。太陽光発電やEVなどの導入推進を図る重点対策加速化事業では171自治体を選定しています。今後の課題は、こうした先行事例を全国に広げていくことです。また、採択された自治体の取り組みも決して順調一辺倒ではありませんしかし、自治体や地域企業、金融機関に少しずつ知見や人材が蓄積されてきており、取り組みの裾野は広がりつつあります。ここで止めるのではなく、粘り強く継続していくことが大切だと考えています。

日置市における脱炭素の挑戦

内田 崇 日置市役所 総務企画部企画課 参事:

日置市が脱炭素に取り組む背景には、地域内経済循環率の低さがあります。再エネの地産地消推進を通じ、産業や人材の育成を通じて、脱炭素で稼げるまちをめざしています。

当初、専門知識や経験を持つ職員の不足が課題でしたが、総務省の「地域活性化起業人制度」を活用して民間企業から人材を迎え入れ、脱炭素ビジョン策定や脱炭素先行地域への応募・選定につなげました。

地域住民との協働では、戸建て住宅への太陽光導入を推進するため、市が一部出資している地域新電力「ひおき地域エネルギー」に所属する従業員が、各戸の立地や屋根の状態などから設置可能性が高いお宅を見極め、自治会長とともに訪問して対話を重ねる取り組みを進めています。スタートした自治会の名前をとって「西本町方式」と呼ぶ活動ですが、住民と丁寧に向き合うことで少しずつ前進しています。また、公民館の電気料金の負担軽減などを通じて、各地域の自治会との連携強化を図っています。

地域脱炭素には次の四つの要素が重要であると考えています。第一に「地域の文脈に合ったストーリーづくり」で、日置市では、地域内経済循環や地域の誇りなどを訴えています。第二に「地域に根差した推進主体」として、ひおき地域エネルギーのように、地域を元気にすることを軸に動く存在の力を活用しています。第三は「市民目線・泥臭い取り組み」で、地道に信頼関係を築くことに取り組んでいます。第四は行政トップの「継続的なコミットメント」です。トップの意思があるからこそ、人材確保や補助金の活用も進み、取り組みを継続できます。

脱炭素先行地域からのインプリケーション

竹ケ原 啓介 政策研究大学院大学 教授:

私は「脱炭素先行地域」の選考委員として、実態を見てきましたが、本制度は脱炭素と地域課題の解決を同時に求めるため、脱炭素の量の確保と地域課題の解決のバランスに苦労する自治体が少なくありません。民生部門中心で産業部門との接続が弱い点も課題です。

加えて住民合意が大きな壁となり、説明会では賛同を得られても、実際の契約段階で長期契約への不安や、従来の電力契約を変えるインセンティブの弱さが表面化し、導入が進まないケースがあります。

さらに個別プロジェクトの採算性の検討が必ずしも充分とはいえず、合意形成の難しさと相まって、金融機関が不安を抱く場面も出ています。結局は、「脱炭素が地域にとってどんな意味を持つのか」という原点を、あらためて確認することが必要なのだと思います。

そこで重要になるのが、地域経済循環の文脈です。地域経済の主題は稼ぐ力の強化であるのに、再エネの議論はしばしば域外へのエネルギー代流出を止めるという支出面の話にとどまりがちですが、本当に大切なのは、流出を防いだ資金を地域に再投資し、地域産業の強化や雇用創出、投資拡大につなげることです。さらに、その先に地域の基幹産業のトランジションのシナリオまで描けるかどうかが問われています。

好事例の横展開に向けた分析を

鈴木 朋子 日立製作所 研究開発グループ 技師長:

さきほど城山教授から紹介を受けた、地域における統合的トランジションに関するアンケート調査では、脱炭素と連携する施策として、公共施設の最適管理、エネルギー自給率の向上、防災、林業振興、廃棄物の有効利用など、地域の特性に応じた多様な連携の取り組みが行われていることがわかりました。
一方で、「特にない」という回答も約2割あり、日置市のような好事例をどう横展開し、スケールさせるかが課題です。企業の視点で見ると、スケールできる共通部分と、地域に応じてローカライズすべき部分の見極めが肝要であり、事例の分析を通じてそれらを切り分けていく必要があると考えます。

地域GXにおけるポイント

画像: ディスカッションの様子。左から芳川先生、城山先生、鈴木、西村氏、内田氏、竹ケ原先生

ディスカッションの様子。左から芳川先生、城山先生、鈴木、西村氏、内田氏、竹ケ原先生

芳川 先生: まず西村さんに伺います。ウクライナ戦争後、エネルギー安全保障や地政学への関心が高まる中で、脱炭素の声が以前より届きにくくなっているように思います。地域GXを今後どう進めていくべきでしょうか。

西村 氏: カーボンニュートラル実現に向けて重要なのは、大橋先生がおっしゃったようにS+3Eのバランスを崩さないことです。エネルギーの安定供給と経済成長、脱炭素は、決して対立概念ではなく、同じ方向になりうるものであり、3つを同時に実現していくという日本の基本方針を踏まえた取り組みが地域GXでも重要です。

芳川 先生: 内田さん、日置市の立場から国への要望があればお聞かせください。

内田 氏: やはり人材と資金が自治体の現場では大きな課題です。日置市でも、脱炭素の担当は私を含めて2名しかおらず、地域新電力の職員さんの存在に支えられています。また、他の自治体と同様に、一般財源が厳しい中では国の補助金に頼らざるを得ませんが、補助金の趣旨と合わなければ、自治体独自の取り組みの実施が難しくなることが課題です。国には「自治体の創意工夫をどう拾い上げるか」という視点が必要だと思います。同時に、担当者は意欲があっても、首長や幹部の理解が得られず進まないケースへの支援の重要性も感じています。

芳川 先生: 地方と中央の間には問題意識のギャップがあるようにも見えます。竹ケ原先生はどうお考えでしょうか。

竹ケ原 先生: 地域脱炭素の議論は、エネルギー代の域外流出を止めるところまでで止まってしまっている場合が多い印象です。止めたお金を地域に再投資し、それぞれの地域が強みとする産業集積につなげていくことが重要です。その絵を描くのはもちろん自治体や地域の事業者ですが、地域産業の将来像や資源の活用可能性を見据えて資金を地域に再投資する上で、地域の産業と共に歩んでいる地方銀行や信用金庫が果たす役割への期待は大きいと思います。

芳川 先生: 最後に、担い手や地域の単位をどう考えるかという点について伺いたいと思います。

西村 氏: 担い手の問題は非常に重要で、私自身も答えを模索しているところです。私たち環境省もこれまで自治体や地域金融機関との連携を広げてきましたが、まだまだだと思っています。今後は、より先端的な取り組みができるよう、地域のエネルギー需要サイドの柔軟性を高めるような仕組みも必要になるでしょう。そうしたローカルフレキシビリティを誰が担うのかは、今後の大きな課題だと考えています。

内田 氏: 日置市としては、まず市の中で回していくモデルを確立することが先決だと考えています。その上で、「地域」の枠を広げるのか、別の単位に応用するのかを考えていくことになると思います。また、竹ケ原先生のおっしゃっていた地域循環については、ひおき地域エネルギーの売上の一部を「ひおき未来基金」として積み立て、地域の新たなチャレンジに資金を回す構想も進んでいます。

竹ケ原 先生: 私が注目しているのは、日置市のような先行地域に選ばれた自治体同士の自発的な連携が生まれていることです。若手を中心に、地域を越えて勉強会を開き、成功例や運用ノウハウを共有する動きが出ています。こうした横のつながりから蓄積される知見は、今後の横展開の重要な材料になるはずです。

城山 先生:本日の議論を通じて、産業のトランジション推進と域外への資金流出の防止を統合的に考えることの必要性をあらためて感じました。国と地方それぞれのガバナンスにかかわることですが、次の重要なチャレンジとして位置づけられます。
もう一つは、「地域」をどの単位で考えるのかという論点です。地域が重要であることは間違いありませんが、エネルギーのように補完性や広域性を持つ分野では、従来の自治体単位だけでは捉えきれない面もあります。分野ごとに適切な地域連携の在り方は異なるはずで、その点をどう考えていくかは、今後の重要なテーマだと思います。

閉会挨拶

画像: 閉会挨拶

左から鮫嶋執行役常務、津田副学長

日立製作所 執行役常務 鮫嶋茂稔が閉会の挨拶に立ち、本フォーラムで公共性と競争性、安定供給や制度・ファイナンス、地域経済循環や産業育成を含む地域トランジションまで幅広い議論が行われたことを総括し、議論も含め提言書第8版を取りまとめるとともに、エネルギー安全保障も含めた包括的な検討を進める考えを示しました。

東京大学 津田 敦理事・副学長は、協創が対等な立場で新たな価値を創出する取り組みであることを強調し、フェーズ 4に向けた新たな展開、さらなる発展をめざす考えを示しました。また脱炭素は地域からのアプローチが不可欠な課題であり、好事例の共有と横展開、人材育成の重要性を強調し、参加者への感謝を述べ、挨拶を結びました。

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