2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げたこの世界的イベントにおいて、日立は「フューチャーライフ万博・未来の都市」のプラチナパートナーとして、KDDIと共同で「Society 5.0と未来の都市」をテーマにした展示「Mirai Meeting」をつくりあげました。
Society 5.0が実現された2035年の未来社会。そこで人々はどう生き、社会はどう変わっていくのか。技術の羅列ではなく、市民一人ひとりが「未来は自分たちで変えられる」と実感できる体験をいかにデザインするか──この難題に挑んだのが、日立製作所 研究開発グループ デザインセンタに所属する加藤郁、森真柊、山口大洋、小西正太の4名の若手デザイナーたちです。
展示企画の初期段階から実装、そしてその先の社会実装に向けた活動まで、プロジェクトの最前線で汗をかいた彼らの「未来を可視化する力」に迫ります。

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混沌とした議論を「一枚の絵」で突破する

──日立とKDDI、さらにその他協賛10者という多くのステークホルダーが関わるなかで、「未来の都市」の姿を具体化していくプロセスは困難の連続だったと思います。特に初期段階では、どのような課題に直面し、デザインの力でどう乗り越えていったのでしょうか。

加藤:プロジェクトの始まりは、日立とKDDIがそれぞれ保有する技術をどう世の中に問うていくか、という視点でした。私たちデザインチームに求められたのは、両社の技術アセットを整理し、それが実装された未来を描くことでした。

そこで私が最初に作成したのが「Society 5.0 ブループリント」です。これはアイソメトリック(等角投影図)の手法を用いて、通信、宇宙、医療、食といったカテゴリーごとに技術がどう街に実装されるのかを描いたものです。まだ展示区画のサイズすら決まっていない段階で、「この技術を使ってこんな展示ができるのではないか」というアイデアを可視化するためのものでした。

画像1: 混沌とした議論を「一枚の絵」で突破する

ただ描いてみると、逆に課題が浮き彫りになってきて。技術の展示会でよくある「企業が一方的に“これが未来だ”と言っている感」があったんですよね。

:その絵を見た正直な感想は、「華やかで夢はあるけれど、自分の生活とは縁遠い」というものでした。お金や権力のある一部の人たちが享受するような未来に見えて。万博のテーマである「市民参加型社会」をめざしているはずなのに、肝心の「生活者」がどこにもいない、という感じがしたんです。

加藤:そうなんですよね。それで、技術起点ではなく「生活起点」で描き直すことにしたんです。

たとえば、地方にある私の地元では大きな祭りが開かれます。タイミングが合わず帰省できないときも、遠隔技術を使ってドローンで花火を飛ばすという役割で参加し、祭りを盛り上げる一員となれたらうれしいかもしれない。そういった自分自身の経験から「こんな感情があったら、使いたい技術って何だろう」という順序で、生活シーンのイラストを何枚も描いていきました。

画像: 「技術よりも、人が何をやっているか、どんな顔をしているかを中心に描くようにしました」と加藤

「技術よりも、人が何をやっているか、どんな顔をしているかを中心に描くようにしました」と加藤

──生活の断片を積み重ねていくようなアプローチですね。しかし、12者でつくりあげるという点では、断片的なシーンだけでは全体像が見えにくいという課題もあったのではないでしょうか。

加藤:展示では、12者の想いや取り組みをまとめあげたまなざしをつくることが期待されました。
各協賛者から具体的なプロダクトの提案がある一方で、それが都市全体のなかでどう機能し、人々の生活とどうつながるのかという視点は希薄になりがちでした。そこで、バラバラだった12者の技術や想いをひとつの都市像として統合するために描いたのが、港湾から住宅街、郊外までを見渡す「未来社会の都市から郊外の俯瞰図」です。

画像2: 混沌とした議論を「一枚の絵」で突破する

この絵では、あえて都市の機能をすべてつなげて描いています。港湾で働くロボットやモビリティも、そこで荷揚げする荷物がインフラを通じて郊外へ運ばれ、人々の手に届くことではじめて意味を持ちます。「ここからここはA社のエリア」と区切るのではなく、全部がつながり合っている都市の姿を一枚に落とし込む。それによって、ようやく関係者全員が同じ未来を見られるようになった、という感じでした。言葉だけでは空中戦になってしまう議論も、私たちが具体的なビジュアルを描いて示したことで「自分たちの技術はこの文脈ならこう活きる」という方向に変わっていったんです。

:あらためて振り返ると、この絵がAIによる生成画像ではなく、デザイナー自らが手を動かし描いたものであったことにも大きな意味があったと思います。

最近は生成AIを使えば精緻な未来予想図が作れます。ただ、AIはプロンプトで指定した要素に必要以上にフォーカスしてしまう。一方、今回必要だったのはむしろ「意図的なボカシ」でした。協賛各者の技術を盛り込みつつ、都市としての整合性を保ち、かつ生活者の視点を中心に据える。そのバランスを取りながら「ここは見せる」「ここはあえて余白にする」といった調整は、デザイナーが手で描くからできたことで、プロンプトでそれを指定するのは、少なくともいまはかなり難しいです。

画像: 「AIではなく手描きだからこそうまくいった」と話す森

「AIではなく手描きだからこそうまくいった」と話す森

「楽しさ」を入口に、社会課題を自分ごと化する

──今回の展示Mirai Meetingは、シアター形式の「Mirai Theater」と、体験型ゲームの「Mirai Arcade」で構成されています。Mirai Arcadeは子どもたちをメインターゲットにしていますが、複雑な社会課題や技術を扱ううえで、なぜ「ゲーム」という手法を選んだのでしょうか。

:Mirai Arcadeは、アーケードゲームをイメージした3面のタテ型大型タッチディスプレイを使った体験型展示です。さまざまな社会課題が生じている2035年の未来を、表示されるソリューションをタッチすることで、いきいきとした明るい未来に変えてもらいます。当初はパネル展示などで技術解説をする案もありましたが、万博にはお子さま連れのファミリー層が多く来場されます。技術や社会課題といった難しいテーマを、次世代を担う子どもたちにも直感的に理解し、楽しんでもらいたい。そのためには、体を動かして都市が変わっていく様子を体験できるゲーム形式が最適だと判断しました。

──「技術の理解」と「ゲームとしての楽しさ」のバランスはどのように取ったのですか?

:そこはかなり腐心しました。最初は「日立が提示するハーモナイズドソサエティの概念を、スコアを用いてゲームに反映しよう」といった複雑なしくみも検討したのですが、難しくなりそうなところでは断腸の思いで「楽しさ」に振っています。展示の目的は、あくまで技術が社会課題を解決し、未来を変えていくプロセスを「自分ごと」として捉えてもらうことなので。

ゲーム内ではサイバーフィジカルシステム(CPS)などの技術が登場しますが、それを子どもにも親しみやすいイラストで表現しました。

工夫のひとつとして、ゲーム体験後に配布する「ステッカー」も用意しました。これは小西さんが中心になって企画してくれたのですが、ゲーム内で登場した技術やキャラクター、それが使われている暮らしの様子をステッカーにし、その裏面に詳しい技術解説への導線を仕込んだんです。会場では直感的な楽しさを優先し、持ち帰ったあとに深い学びにつながるような二段構えの設計にしています。

画像: 「楽しさ」を入口に、社会課題を自分ごと化する

小西:実際に会場の様子を見ていると、ゲームの結果が表示された画面の前で、親子で記念撮影をしている姿を多く見かけました。ただ映像を見るだけの展示では生まれなかった光景だと思います。ゲームに夢中になっている間は、技術の細かい部分まですべて理解いただくのは難しかったと思いますが、万博での「楽しかった」という思い出をご家族で振り返っていただいたときに、「あのゲームには、実はこんな意味があったんだ」と気づいてもらえたり、そこから未来について考えてもらえるきっかけになったらうれしいですね。

──リアル会場だけでなく、メタバース空間でも「バーチャル未来の都市」が展開されました。ここでの体験設計を担当した山口さんは、リアルの制約とバーチャルの自由度をどう捉えていましたか?

山口:私はメタバース空間における「市民参加型インフラ保守」のコンテンツ制作などに携わりました。

メタバースというと、空を飛べるといった現実ではあり得ない体験が注目されがちですが、私が意識したのは逆で「仮想空間だからこそ、どのような制約を設けるか」でした。

たとえば、鉄道駅の保守作業を体験するコンテンツでは、プレイヤーが線路内に自由に入れないようにしています。これは単なる移動制限ではなく、「現実でも安全上の理由で市民は立ち入り禁止なので、ホームの安全な場所から保守作業に参加する」という設定に基づいています。こういう意味のある制約を設けることで、「2035年には本当にこういう形で自分も社会に参加するかもしれない」という納得感が生まれる。そこにリアリティのカギがあると思っています。

画像: 「メタバースのコンテンツでは、意味のある制約を設けることでリアリティを持たせた」と語る山口

「メタバースのコンテンツでは、意味のある制約を設けることでリアリティを持たせた」と語る山口

──リアルとバーチャルの相互補完的な役割も見えてきますね。

山口:そうですね。リアルの展示会場は多くの来場者でごった返しており、じっくりと情報を読み込むことは難しい状況でした。一方のバーチャル空間は、自宅などどこからでもスマートフォンでアクセスでき、自分のペースで探索できます。

リアル会場で「選択」の熱量を感じ、バーチャルでその背景にある社会課題や技術の詳細を「探索」して理解を深める。この往復によって、未来社会への解像度を高めることができると考えました。

展示で終わらせないための「未来への手がかり」

──展示に関連したコンテンツとして「みんなで未来の都市をつくるてがかり(パターン・ランゲージ)」も作成されましたが、これはどのような意図でつくられたのでしょうか。

小西:Mirai Meetingで提示された未来のシナリオには、多くの技術や社会課題解決のアイデアが詰まっています。ただ、物語として消費されて終わってしまうのでは意味がない。展示を見た人たちが万博会場を出たあとも未来について考え続けてほしいと思い、その仕掛けとして、「パターン・ランゲージ」という手法を用いて展示されていた情報を体系化しました。

画像: パターン・ランゲージについて語る小西

パターン・ランゲージについて語る小西

パターン・ランゲージとは、もともとは建築分野で使われる手法で、成功事例の背後にある「型やコツ」をパターンとして抽出するものです。私たちは、未来の都市で発生しうる問題と、それを解決するための技術や市民一人ひとりのふるまいをセットにして、ひとつの「カード(手がかり)」にまとめました。
みんなで未来の都市をつくる手がかり(PDFファイル)

小西:この手がかりで重要なのは、「日立やKDDIが答えを持っています」というスタンスを取らないことです。「あなたが暮らす未来の街は、どのようになっていたらいいと思いますか?」「そのために、技術やソリューションをどのように使いたいと思いますか?」と問いかけ、話し合うためのツールとなることをめざしました。

まちづくりに関する専門知識はなくとも、自分の暮らす地域に想いのある方や、子どもたちがまちづくりの議論に参加できるコミュニケーションツールとして設計しています。全国の小中学校での出張授業で、子どもたちと一緒にツールを使い、それぞれの地域の困りごとや解決策を一緒に考えるというワークショップも行いました。

企業が地域の課題を一方的に決めつけ、ソリューションを提供するのではなく、そこに暮らす市民が自分たちの手で未来をつくるきっかけを渡す。それが、私たちの言う「市民参加型社会」の入口だと思っています。

デザインの力で「リクワイアメント」を書き換える

──万博で得たものを、日立として社会イノベーション事業にどうつなげていくのか。今回のプロジェクトを経て、どのような変化を感じていますか?

加藤:いまは2040年の社会像を構想するプロジェクトに関わっているのですが、万博での経験をそのまま活かせていると感じます。

万博の企画検討を通じて、「2040年になったとき、人の価値観はどう変わっているか」「どんな生活を送っているか」という人間中心の視点で未来を描き、そこから必要な技術をバックキャストで考えるアプローチが染み込んだ感じがあります。

「技術ができること」と「人がしたいこと」の間にあるギャップを埋めて、説得力のある未来像として可視化していく。多面的な人の生活を捉えて、その裏腹な気持ちにも応えるような問いを立てていくことは、デザイナーが中心となって担保すべき仕事だと思っています。

:研究者の方々と協創する際、彼らは提示された課題に対して非常に真摯に技術的な解を出そうとしてくれます。だからこそ、私たちデザイナーも共に「解くべき課題」と解の質を高めることが重要です。

未来洞察のツールや手法を用いて、「こういう未来になれば、こんな課題が新たに生まれるはずだ」という仮説を立てる。仮説に対して、解を一緒に考える。そうすることで、研究者の技術や知恵がより素敵な形で社会と接続できるようになります。言葉だけではこぼれ落ちてしまうものを、絵や体験に変換することで議論の入口が変わる。それが実感としてあります。

──小西さんはプロダクトデザインのバックグラウンドをお持ちですが、変化はありましたか?

小西:すごく大きな変化ではないのですが、以前よりも「プロダクトの周辺」と「時間軸」を意識するようになりました。
たとえば、EV(電気自動車)の充電器をデザインするプロジェクトであれば、設置される場所への調和はこれまでもめざしてきました。ただ、いまは単に形状を美しく、ユーザーにとって使いやすくするだけでなく、「これが地域に置かれることで、人の流れはどう変わるか」「ひとつのプロダクトやサービスがきっかけになって、そこに暮らす人同士の関係性も変化するのではないか」「このプロダクトやサービスは、これを使わない人の目にどう映るか」といった視点をより強く意識するようになりました。

依頼された要件のなかでモノをデザインするだけでなく、そのモノが置かれる未来のコンテキストまで含めて提案する。そういった視座の拡張が、プロダクト自体の価値にもつながると思っています。こうした問いを持ちながら、さまざまな制約がある具体的なプロダクトのデザインにどう落とし込んでいくか……まだまだできていることは少ないのですが、これからも挑戦していきたいです。

山口:私はいま、万博で描いたような「市民参加型社会」を実現するための具体的なシステム開発に取り組んでいます。

万博では「市民が参加する未来」を描きましたが、正直なところ、「本当に自分がインフラ保守に参加したいか?」と問われると、なかなか自信を持って「はい」とは言えない。責任を負うわけですから。

だからこそ、「楽しいから参加する」「自分ごととして捉えられる」仕組みが必要なんです。私はエンジニアリングのスキルも活かして、実装可能なレベルまで具体化していく役割を担いたいと思っています。

画像1: デザインの力で「リクワイアメント」を書き換える

──最後に、これからの展望をお聞かせください。

加藤:デザイナーに求められているのは、単に依頼されたUIをつくったり絵を描いたりすることだけではないはずです。「リクワイアメント(要求仕様)を書き換える」くらいの気概が必要だと思っています。

言われた要件をそのまま形にするのではなく、「本当の課題はこちらではないか」「2040年にはこういう価値が必要になるはずだ」と、こちらからプロアクティブに提案していく。今回の万博プロジェクトは、そういう「誰も言い出さなかったけど必要だったこと」をひたすら手を動かしてやり続けた3年間だったと思います。

山口:そうですね。あと、つくったものをどんどん外に出すことも大事だと思っています。

社内で完結せず、未完成でもアウトプットして、社外に仲間を増やしていく。万博のプロジェクトも、社外パートナーとの協創で成り立っていましたからね。「これは面白い!」という熱量で発信すれば共感してくれる人が集まる。そこからまた新しいことが始まる。そういう動き方を続けていきたいと思っています。

:「大きな物語」も大事ですが、同時に「じわじわと染み込ませる」アプローチも大切にしたいです。

万博のような特大イベントだけでなく、日々の仕事のなかで少しずつ未来視点を入れていく。無理をしすぎず、でも着実に。そういうことを重ねていくのが、結局一番続くやり方なのかなと最近は思っています。

小西:万博は幕を閉じましたが、ここで得た知見やネットワークは続いています。私たちのアウトプットもまだまだ未完成ですし、引き続き「市民参加型の未来」を模索していきたいと思います。もし、この記事を読んで興味を持ってくださった方がいれば、ぜひ一緒に何かを仕掛けましょう。お待ちしています。

画像2: デザインの力で「リクワイアメント」を書き換える

プロフィール

(※所属、役職は取材当時のものです。)

画像1: 未来を自分ごととして捉えてもらうために。大阪・関西万博「Mirai Meeting」をつくったデザイナーたち

加藤 郁
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D デザインセンタ UXデザイン部
兼 未来社会プロジェクト デザイナー

日立製作所入社後、事業価値シミュレータCyber-PoC、投資サービス、認証サービスなど、多岐にわたる分野においてサービスデザイン、シナリオ設計、UI/UXデザインに従事。「Mirai Meeting」制作後は、将来の社会像構想におけるサービスデザイン、現場支援AIエージェントのユースケース設計、UI/UXデザインに従事。

画像2: 未来を自分ごととして捉えてもらうために。大阪・関西万博「Mirai Meeting」をつくったデザイナーたち

森 真柊
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D デザインセンタ ストラテジックデザイン部
兼 未来社会プロジェクト 企画員

東京芸術大学大学院デザイン専攻を修了後、2023年に日立製作所へ入社。EXPO2025「未来の都市」展示のコンテンツ具体化、「きざし」を用いた未来洞察ワークショップ、サービスデザインやUI設計、人材育成ワークショップの設計など、多様なデザインプロジェクトに携わる。

画像3: 未来を自分ごととして捉えてもらうために。大阪・関西万博「Mirai Meeting」をつくったデザイナーたち

山口 大洋
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D デザインセンタ ストラテジックデザイン部
兼 未来社会プロジェクト 企画員

2022年に日立製作所へ入社。主にサービスのプロトタイピング等、デザインエンジニアリングに関わる業務に従事。また社内外イベント等の広報活動の企画・運営に携わる。

画像4: 未来を自分ごととして捉えてもらうために。大阪・関西万博「Mirai Meeting」をつくったデザイナーたち

小西 正太
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D デザインセンタ UXデザイン部
デザイナー

オフィス機器メーカーでのプロダクトデザイン、HRテックスタートアップでのUI/UXデザインを経て、2021年に日立製作所入社。産業機器のプロダクト・UI/UXデザイン、生活家電分野における未来洞察活動とソリューション創出に従事。万博閉幕後は、地域内の電動化と再生可能エネルギー活用を促進するためのサービスデザインに携わる。

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