AIとデジタル化は、働き方や産業構造を大きく変えています。地政学リスクや技術覇権の競争、投資の集中といった世界的な動きも加わり、産業界はこれまでにない転換点を迎えています。こうした課題を前に、日本・米国・欧州の産学官が集い、労働生産性、人材戦略、エネルギー・環境、AI・デジタル化などを横断して議論しました。その成果が、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)*1 ・CESMII*2・Plattform Industrie 4.0*3の三団体による日米欧ディスカッション・ペーパー『産業の持続可能性に関する日本、米国、欧州の相互分析 – 国際協業のために - 』です。
本記事では、プロジェクトリーダーの野中洋一が、AI・自動化・HMI(Human-Machine Interaction、人と機械の関係)がもたらすインパクトと、人と機械がともに力を発揮する「ハーモナイズド共生社会」について語ります。

産業の持続可能性――なぜ今このテーマなのか

このテーマを選んだ背景には、複数の危機が同時に進む「ポリクライシス」があります。パンデミックによる供給網の混乱、エネルギー危機、自由貿易の停滞などが重なり、従来のやり方だけでは成長と生産性の両立が難しくなっています。インダストリー4.0から十数年が経ちましたが、社会全体の生産性は期待されたほど向上しておらず、技術の進展とその実装、制度や人材の整備との間に大きなギャップが残っています。だからこそ、HMIを軸に、デジタル化・脱炭素・循環経済・人材育成をつなぎ直す必要があるのです。

画像: ディスカッション・ペーパーの取り組みについて語る野中技師長

ディスカッション・ペーパーの取り組みについて語る野中技師長

IMF*4やWEF*5が指摘するように、2008年の金融危機以降、各国は内向き志向を強める傾向が見られます。これにより、AIの急速な進展、気候変動、地政学的緊張という三重の圧力が高まり、各国は温室効果ガス削減、エネルギー安全保障、レジリエンス強化を同時に追求する必要に迫られています。

各地域の政策動向を見ると、日本では「3E+S*6」を掲げ、グリーン・トランスフォーメーションやエネルギー・ミックスの見直しを進め、欧州では「グリーン・ディール*7」や「REPowerEU*8」などでエネルギー政策を加速させ、米国では「インフレ抑制法*9」や「CHIPS and Science Act*10」などで官民連携を強めています。共通するのは、“環境・安全・成長”を同時に追求する姿勢です。

日米欧ディスカッション・ペーパーの狙いと特徴

日米欧の三団体が連携して、労働生産性、エネルギーと脱炭素、HMI、ELSI*11まで、産業の持続可能性を多面的に検討しました。狙いは、デジタル化の社会実装ギャップを埋め、技術・政策・人材開発を一体で加速するための指針をまとめることです。議論を通じて明らかになったのは、各地域の共通点はDX・脱炭素・循環経済・リスキリングを重視していることで、違いとしては、日本はSociety 5.0の市民視点、米国は民間主導のイノベーション、欧州は規制と標準の相互運用性に重心があることです。

確認できたことは、日米欧の3地域がプラネタリー・バウンダリー*12の中でウェルビーイング*13と経済成長を両立させるというビジョンを共有していることです。ただし、それを実現するためのアプローチや強化すべきポイントには地域ごとの違いがあります。こうした違いを乗り越えてビジョンを実現するためには、地域の自律性を尊重しながら共通の原則と相互運用性を確立する緩やかな連合によるハーモナイズド共生社会が有効であると確認できました。このアプローチに基づき、各地域の課題に柔軟に対応し、グローバルな課題解決に向けた協力を進めていくことが重要です。

画像1: 「人も機械も活きる」未来へ ―― 産業の持続可能性をめざす日立の挑戦
日米欧ディスカッション・ペーパー『産業の持続可能性に関する日本、米国、欧州の相互分析 – 国際協業のために -』(PDF、日本語): ダウンロード

AI・自動化がもたらす変革と課題

デジタルツインによる、設計から生産、運用保守までのプロセスをデータで一貫して管理する技術により、品質管理や予知保全、エネルギーの最適化が進んでいます。また、人と協働するロボットは、柔軟な作業や「コツ」を要するタスクにも対応できるようになってきています。

しかし、これらの技術進化は、労働市場において新たな課題を生み出しています。AIや自動化の進展により、中程度のスキルを要する定型業務が機械に代替される一方で、創造や創意工夫を求められる専門的な労働と、経済合理性の観点からAIや自動化が適用できない清掃、廃棄物選別、環境保全など公共・環境サービスなど、あまりスキルを必要としない低スキル労働に、二極化する恐れがあると指摘されています。例えば、WEFの「Future of Jobs 2025」やBLS*14の職種予測でも、AIや自動化が低スキル労働の需要をむしろ増加させる可能性が指摘されています。このように、AIや自動化が本来めざすべき人間の暮らしの向上が、労働市場の分断を助長するという皮肉な結果を招く恐れがあるのです。

重要なのは、AIや自動化を『代替』ではなく『拡張』として位置づけ、人の身体・知識の限界を補うことです。そして、社会課題を自分事として捉える包摂的な意識や、環境変化に対応するための学び続ける意欲を高めるHMIの実現が、そのための具体的な手段になります。各地域の価値観や規制の違いを超えて、このようなHMIを実現するためには、透明性や説明可能性を確保し、相互監査・相互認証を可能にする仕組み、いわば緩やかな連合によるハーモナイズド共生社会が鍵となるのです。

日立の研究開発と国際連携――社会イノベーションへの挑戦

日立は、世界中でインダストリー4.0の議論が始まった際、その提唱者であるドイツ工学アカデミー と対話を重ね、HMIの将来像を議論してきました。2019年のディスカッション・ペーパー では、生成AIも議論されていなかった時期に、“人も機械も対等に知識を共有し、協働して社会を支える”という姿を提言しました。これは現在も日独政府間のIoT連携プロジェクトにおいてリファレンスとして活用されています。

その後の社会情勢の変化を経て、RRI・CESMII・Plattform Industrie 4.0とともに本プロジェクトを推進し、野中がリーダーを務め、米国のCESMIIの CEOであるジョン・ダイク氏と、ドイツのPlattform Industrie 4.0メンバーでSiemensフェローのトーマス・ハーン氏が共同リーダーとなり、日米欧の多くの有識者が参加し、1年半にわたって議論を重ねました。

画像: プロジェクトで共同リーダーを務めたジョン・ダイク氏(左)と、トーマス・ハーン氏(右)

プロジェクトで共同リーダーを務めたジョン・ダイク氏(左)と、トーマス・ハーン氏(右)

プロジェクトの狙いは、デジタル化の社会実装ギャップを埋め、技術・政策・人材開発を一体で加速する実務的な指針を示すことでした。この方針は、Lumadaに通じる社会イノベーションの実装アプローチであり、新経営計画「Inspire 2027」が掲げる“ハーモナイズドソサエティ”にも直結します。

画像: このプロジェクトの考え方は、日立の新経営計画「Inspire 2027」が掲げるビジョンとも重なると語る野中。

このプロジェクトの考え方は、日立の新経営計画「Inspire 2027」が掲げるビジョンとも重なると語る野中。

産業界・社会へのメッセージ

『人も機械も活きる』未来を実現するためには、技術だけでは十分ではありません。人間中心の設計、学び直しの機会、社会的に不可欠な労働の価値づけ、透明で説明可能なAI・データガバナンスが鍵です。AIを人の拡張として活用し、安全・品質・学習機会を同時に高める取り組みを広げていくことが大切です。各国の違いを越えて緩やかに連携するハーモナイズド共生社会により、環境・ウェルビーイング・成長の調和を実現していきましょう。

*1 RRI(Robot Revolution & Industrial IoT Initiative):2015年に定められた日本の”ロボット新戦略”に基づき、同戦略に掲げられた”ロボット革命”を推進するために設立された団体
*2 CESMII(Collaborative Ecosystem for Smart Manufacturing Innovation Institute):米国のスマート製造に関する国立研究機関
*3 Plattform Industrie 4.0:製造業におけるデジタル化と自動化を推進するためのドイツ政府の活動で、第四次産業革命を代表する団体
*4 IMF(International Monetary Fund):国際通貨基金。国連の 専門機関 の一つで、 国際金融 と 為替 相場の安定化を目的として設立された
*5 WEF(World Economic Forum):世界経済フォーラム。国際的な非営利機関で、経済、政治、学術、社会のリーダーたちが集まり、世界的な課題に対する対話と協力の場を提供している
*6 3E+S:安全性(Safety)、自給率(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)を同時に達成することを目指す日本のエネルギー政策の基本的な考え方
*7 グリーン・ディール: 雇用を創出しながら排出量の削減を促進するEUの成長戦略(2019年12月策定)
*8 REPowerEU: ロシアの化石燃料依存から脱却し、再生可能エネルギーの導入を加速するためのEU政策
*9 IRA(Inflation Reduction Act of 2022):インフレ抑制法。連邦政府予算の財政赤字の削減、処方薬の価格の引き下げ、国内のエネルギー生産への投資とクリーンエネルギーの促進を行うことが目的。バイデン政権の「クリーンエネルギー推進」と「国内製造業強化」の戦略に基づいて設計された
*10 CHIPS and Science Act(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors and Science Act,):米国の半導体産業を強化し、科学技術の研究開発を促進するために2022年に成立した法律
*11 ELSI:倫理(Ethics)、法律(Legal)、社会(Social)、制度(Institutional)。先端技術が社会に与える影響を多角的に検討するための概念
*12 プラネタリー・バウンダリー:地球上で人類が持続的に生存するために守るべき限界を示す概念。気候変動、海洋酸性化、生物多様性の喪失など、9つの指標が定められている
*13 ウェルビーイング:身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを指す概念
*14 BLS:Bureau of Labor Statistics, 米労働統計局

プロフィール

画像2: 「人も機械も活きる」未来へ ―― 産業の持続可能性をめざす日立の挑戦

野中 洋一
日立製作所 研究開発グループ
技師長

1992年日立製作所 生産技術研究所入社、産業用ロボット応用システム、デジタルエンジニアリング技術、生産制御技術などの研究開発に携わる。2001年マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て2023年より現職。2018年から京都大学大学院 情報学研究科 連携教授など兼務。日本機械学会、精密工学会、国際生産工学アカデミーCIRP、日本工学アカデミーの会員。博士(工学)。

関連リンク

ロボット革命・産業IoT国際シンポジウム2025 [Session2] リーダーズダイアログ: 産業の持続可能性

This article is a sponsored article by
''.