生成AIの登場により、システム開発の自動化や効率化は新たな段階を迎えている。システム開発におけるコーディングやテストへの生成AIの応用が注目を集める一方、生成AIがもたらす影響は、効率化や人手不足解消などの課題解決に留まらない。では、生成AIはシステム開発のプロセスや組織体制、事業モデルなどを今後どう変えていくのか。IEEE Computer Societyのプレジデントとして国内外のソフトウェア工学研究を牽引する早稲田大学の鷲崎弘宜教授と、日立グループにおける生成AI活用をリードする日立製作所 デジタルシステム&サービスの元山事業主管、研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタの小川主管研究長が、システム開発への生成AI応用とその将来ビジョンについて語り合った。
目次:
・システム開発の自動化に向けた生成AIの潮流
・生成AIがナレッジの継承を実現する
・AIエージェント活用の2つの道筋
・開発サイクルの高速化が顧客の満足につながる
・機械学習とシステム開発を行き来し、確かなAIシステムを実現する
・生成AIの導き出した結果を検証できる人財の育成は必須
システム開発の自動化に向けた生成AIの潮流

鷲崎氏:世界最大のコンピュータ学会であるIEEE Computer Societyのプレジデントとして生成AI研究の潮流をウォッチしています。さまざまな領域で生成AIの活用が進んでいますが、中でもソフトウェアシステムや情報システムに対し、生成AIをどのように活用して新しい価値を生み出していくか、また、生成AI自体をどう発展させていくかは、我々が取り組むべき非常に重要なテーマだと考えています。

小川:生成AIによるシステム開発の自動化が盛んに議論されています。たとえばGitHub Copilotのように、開発環境上でコーディングなどのソフトウェア開発を支援するサービスが実用化しています。また、ソフトウェア開発中にChatGPTなどのチャット型のAIを利用することもあります。国内のソフトウェア開発企業でも各社で独自の取り組みをしていると聞いています。まず、日立のIT事業における生成AI活用の状況について、元山さんからお話いただけますか。

元山: 現在、当社でもさまざまな分野において生成AI活用に向けた取り組みを進めています。特にソフトウェア開発分野においては、設計、実装、テストに加えて、要件定義やプロジェクトマネジメントといったシステム開発のあらゆる工程を生成AIで支援する「生成AI活用開発フレームワーク」を整備し、展開を進めています。このフレームワークには新しい支援機能を随時リリースし、活用範囲を拡大し続けている状況です。また、古いシステム(レガシーシステム)を新しいシステムへと移行(マイグレーション&モダナイゼーション)する際に、プログラムの移行やテストなどを生成AIで支援する取り組みも行っています。

小川:グローバルな視点から、鷲崎先生は生成AIあるいは大規模言語モデル(LLM)の活用状況をどのようにご覧になっていますか。
鷲崎氏:ソフトウェアエンジニアリングにおけるLLMの活用について2024年に公表されたサーベイ論文によれば、設計・実装・テストなどの狭義のソフトウェア開発に関する研究が半数以上を占めています。そのほかにもソフトウェア運用が約 1/4、品質保証も約 1/6 あり、LLMの活用範囲は確実に広がっていると見ています。

X. Hou et al. "Large language models for software engineering: A systematic literature review." ACM Transactions on Software Engineering and Methodology 33.8 (2024): 1-79.
鷲崎氏:さらに、LLMによる効果について調査した論文(※1)を見ると、コード生成やソフトウェアのテストにおいては評価が高い一方で、欠陥の検出については評価が低く、大いに改善や発展の余地があることが分かります。現時点で何ができて何が難しいのかが明確になってきました。
(※1) Z. Zheng, et al. "Towards an understanding of large language models in software engineering tasks." Empirical Software Engineering 30.2 (2025).
小川:現状としては生成AIの得意、不得意が見えてきている状況とのことですが、LLMの技術は驚くべき早さで進歩し、できることが日々拡大しています。3年後には、システム開発プロセスにおける生成AIの活用はどのくらい進んでいると考えられますか。
鷲崎氏:次の数年間で、ある程度定型的な業務タスクに対しては、人間を上回るパフォーマンスが出せると考えられます。その恩恵を享受しつつ、著作権やセキュリティの問題など、外部の生成AIに頼るリスクについて考慮する必要があるでしょう。LLMだけでなく、個別の業務タスクに特化した小規模言語モデル(SLM)を自社で持つという選択肢もあります。
私自身は、次の10年はシステム開発の最初に行う要求分析に関連するタスクへの生成AI応用を広げていくべきだと考えています。ここ3年で公表された論文を調査したところ、要求の特定や抽出、分析、仕様化、検証評価など、かなり広範囲の工程に生成AIが適用されていることが分かりました。ただし、マネジメント領域への適用例はまだ少なく、セキュリティやセーフティの領域での研究も今後重要になると考えています。

H.Cheng, J.H. Husen, Y. Lu, T. Racharak, N. Yoshioka, N. Ubayashi, & H. Washizaki. (2024). “Generative AI for Requirements Engineering: A Systematic Literature Review. ” arXiv preprint arXiv:2409.06741.
生成AIがナレッジの継承を実現する

小川:事業面では、業務の効率化以外に生成AIに対してどのような期待を持っているでしょうか。
元山:システム開発に加え、製造・保守や障害対応における熟練者のナレッジの継承を生成AIによってできるようにしたいと考えています。つまり、これまで人が経験的に蓄積してきたナレッジを形式知化して生成AIで扱うことにより、新たに従事する人もベテランと同様にうまく業務を遂行できるようにならないかと期待しています。ただし、そのようなナレッジの継承には大きな労力が必要です。まず暗黙知を人から引き出すのにも時間がかかりますし、暗黙知を引き出したとしても、特定の分野で蓄積された暗黙知を他の業務にどう応用していくかといった課題を解決する必要があります。
小川:業務の効率化による人手不足の解消だけでなく、高度な知見をもった人財の減少という課題を、生成AIによるナレッジの継承によって解決するということですね。これは社会的な意義も大きいと思います。
ここで、いま日立の研究開発グループで検討している将来像をご紹介します。
システム開発にはユーザから開発者、プロジェクトマネージャなど、さまざまな人が関わっています。それらの関係者が相互に知見を交換しながら開発を進めていくことが必要ですが、これを人間同士で行うには大きなコストがかかります。そこで我々は、人間の各ロールに対応した専門知識を持った複数のAIエージェント同士が会話し、人間もその対話に参加しながら意思決定をしていくような、マルチエージェントによる意思決定支援を検討しています。早期に多面的な意思決定を行うことで、開発スピードも品質も向上し、ナレッジを次世代に継承していくことも可能になると考えています。

マルチエージェントによる開発ロールの意思決定支援
AIエージェント活用のための2つの道筋
鷲崎氏:自ら手順を考えPDCAサイクルを回していけるAIエージェントには、2通りの使い道があります。1つは定型的なタスクを確実に実行させること、もう1つは、各エージェントがもつ異なる観点からの意見を低コストで取り入れることです。異なるキャラクターをもつAIエージェント同士が議論しながらPDCAを回していくことが、結果の品質向上に役立つと考えています。
私自身は現在、AIシステムに対する脅威への緩和策を自動で生成する研究にも取り組んでいますが、そこでも、役割が異なるLLM同士を組み合わせた議論や推論を通じてセキュリティに関する知識を拡充させています。
小川:具体的にはどのようにして、各LLMに役割を与えているのでしょうか。

鷲崎氏:現状では、シンプルにエージェント毎にペルソナを設定したり、外部知識の取り込み方を変えたりしています。
AIエージェントの課題は、どのようにして知識を持たせるかに尽きます。いまは、LLMに知識グラフ(※2)を取り込んでいく方法と、逆にLLMを使って知識グラフを拡充させていく方法と、両方向の使い方があります。LLMは汎用的な知識をもつ一方でブラックボックスであるため知識の検証が難しく、知識グラフは知識が限定される一方で明示的であるため検証しやすいという特徴があります。両者を融合させていくことが重要です。
LLMと知識グラフの融合についての研究も進んでいます。たとえば、まずLLMで推論させ、次にLLMの表現や捉え方を知識グラフに組み入れていく形で融合を図る方法があります。あるいは、LLMで推論させる際に、検証可能な外部の知識グラフをAIエージェントに明示的に探索させる方法もあります。今後、LLMと知識グラフの融合はさらに進んでいくでしょう。
(※2) 知識グラフ……さまざまな知識を体系的に連結し、グラフ構造で現した知識のネットワーク
小川:そのような技術はどの程度実装されているのでしょうか。
鷲崎氏:LLMの推論を知識グラフに組み入れていく方法、たとえば過去の設計書をLLMに読み込ませてナレッジ化する方法は研究がかなり進んでおり、一部は実装にも入ってきています。しかし、LLMで推論する際に外部の知識グラフを活用する方法については未だ研究段階ですね。
ソフトエンジニアリングにおける研究も進んでいます。ソフトエンジニアリングにおいて、コーディング以外の部分は、最終的にはオペレーションなどのビジネス知識に行きつきます。そうした知識をどう活用していくかが課題となります。
開発サイクルの高速化が顧客の満足につながる
小川:我々は、生成AIが今後進歩を続けていった先では、AIの助けを借りることでソフトウェア開発が高速化し、システムを改善するサイクルが一日で回せる世界もありうるのではないかと考えています。

システムエンハンスサイクルの高速化
小川:システム運用する中でユーザや社会の変化を捉え、それに基づいてシステム改善を提案すると、翌日にはシステムが修正されているというのが理想です。瞬時に開発ができるようになることで、顧客の業務改善やスピードアップ、新しい価値の創造というシステム開発本来の目的に、改めてフォーカスすべきときに来ているのかもしれません。
仮に1日で改善サイクルが回るようになると、事業にはどのような影響があるでしょうか。

元山:そもそもソフトウェア業界は人手不足が深刻ですので、システム改善サイクルが高速化することで、開発量を増やせるのは非常に大きな価値だと思います。
さらに、今後はこれまでの開発プロセスや作業の多くが不要になっていく可能性もあるのではないかとも思っています。いまはソフトウェア開発に関する一つひとつの手順を生成AIで再現しようとしていますが、もしかすると従来の開発プロセス・手順に基づくのではなく、まったく新しいアプローチでもよいのかもしれません。
鷲崎氏:いまは過渡期ですね。従来のプロセスを効率化していく方向性が現在の主流です。その先を考えると、従来は何を作るかを考えてから開発し検証していた順序を、開発してみてから考えるように変えるという方向性もあるだろうと、日立さんとの取り組みの中で先日議論したところです。先にAIに作らせて、出てきたものを顧客の要望と照らし合わせて改善していくプロセスに変わるということです。
小川:従来は、たとえば3ヶ月かけて開発した結果、顧客の要望と合わないといったことも起こり得ました。もし1日で開発できるようになれば、その3カ月間で90回の改善サイクルを回せるようになるということですね。
元山:ソフトウェアは目に見える形では分からないことが多いので、できたものから要求を考えていけるようになるのは良いですね。
鷲崎氏:顧客に近い言葉でイメージを具体化できる生成AIは、開発者だけでなく顧客側にとっても大きな価値があると思います。

小川:アジャイル開発的に考えると、スプリントを高速で回すことで、フィードバックの機会を増やせることは魅力的です。しかしその場合には人間が判断しなくてはならないことも飛躍的に増えます。そうなると人間の働き方も変わってきそうです。
元山:理想を言えば、判断自体を生成AIでできるようになって欲しいですけどね。
鷲崎氏:そうですね。たとえば家の建て替えプランが100パターン出てきても判断に困りますよね。AIの内部では膨大なパターンを生み出していたとしても、良いプランに絞り込んで提示してほしいところです。
システム開発において、顧客側が望んでいても、システムに制約があるためにできていないことはたくさんあります。できていないことは何なのか、ユーザや顧客が本当にしたいことは何なのかを突き詰めて、実現可能な方法を探っていくことが重要です。そうすることで、ソフトウェア開発やシステム開発の願いである、顧客にとっての価値や目的を真に捉えて実現していくことが可能になるのだと思います。
機械学習とシステム開発を行き来し、確かなAIシステムを実現する

元山:ここまでは生成AIを使ってITシステムを開発する議論をしてきましたが、いま技術者の間では、AIを組み込んだ形のITシステムが作られるようになるのではないかと話題になっています。
鷲崎氏:従来のソフトウェアシステムは決定的なロジックやルールで組み立てられており、開発は開発チームが担い、利用者からフィードバックを受けて改善していました。これからは、データに基づいた機械学習を行いながら、機械学習を組み入れた形のシステムを扱っていく必要があります。その場合には、決定的なロジックやシステム全体を扱う人たちと、データに基づいたLLMや深層学習、機械学習を扱う人たちが連携していく必要が出てくるのではないでしょうか。
いま日立さんと取り組んでいるプロジェクトでは、3つの山を描いたフレームワークをご提案しています。(下図参照)

まず左側の「問題分析・リスク分析」の山で全体の要求やリスクを考え、中央の「解決・設計」の山でシステムの設計に落としていく。そして右側の「AI訓練・評価・修正」の山でデータを用意して質を高め、AIを訓練し評価していく。ここで重要なのは、そのままAIの山に留まるのではなく、必ずシステム全体の世界に戻ることです。

機械学習の技術開発では精度のみに目が行きがちですが、それが顧客にとってどういう価値があるのか、要求を満たせているのかという本来の目的をしっかり扱う必要があります。そのために、機械学習とシステムを価値に基づいてリンクさせていく必要があります。
いまはこれらの山がバラバラに混在している状況です。こうした領域を超えたやり取りを扱うことが、今後ますます必要になってくるでしょう。
小川:これらの山の間の行き来は、人間同士の間だけでなく、自動的に行われるようになる可能性もあるでしょうか。
鷲崎氏:おっしゃる通りです。この次のステップは、それぞれの山を支援するAIエージェント間で山の間の行き来を実現していくことです。それにより、プロジェクトの目標や価値の観点や、機械学習の精度の観点からも追跡可能にし、整合を取っていくことがますます必要になると感じています。会社の組織も同じで、いまは分かれているIT部隊とシステム部隊、AI部隊などの連携が進むのではないでしょうか。
小川:日立のデジタルシステム&サービスでは、データアナリストや事業部門などが一体になったプロジェクトで取り組んでいます。そうした連携を進めていると言えるかもしれません。
鷲崎氏:それはとてもいい進め方ですね。
生成AIが導き出した結果を検証できる人財の育成は必須

小川:実はこの対談の前に、仮のシナリオをChatGPTに書かせたのです(笑)。ところが生成されたものは全然面白くなくて、結局大幅に手直しをしました。それにしても、何かをゼロから考えるよりは、生成AIを下書きに使うことで良いものを早く作れることを実感しました。
鷲崎氏:それが正しい使い方ですよね。LLMが汎用的だということは大多数に合っているということなので、そのまま使うだけでは面白くはないわけです。そこに対してどう対処していくのかが重要です。
生成AIを使うことで、業務に対して理解の浅いスタッフでも、過去の知識を積み重ねたようなアウトプットを生成できるようになります。しかし、それだけでは十分ではないときにどう対応するか、新しい観点をどう加えていけるかが人間の役割として重要になります。
小川:そういう時代だからこそ、生成AIを使いこなせる人財を増やすだけでなく、コンピューティングやAI、あるいは適用対象に関する本質的な知識を持った人材を育てていくことが必要ですね。
鷲崎氏:結局のところ、生成AIにハルシネーションの問題がある以上は、やはりきちんと検証ができる必要があります。やはり、人間側の教育や訓練を継続していく必要があるでしょうね。LLMが生成した結果をそのまま会議に上げてくる人ばかりになってしまうのは困りますから。
小川:本日はありがとうございました。生成AIとソフトウェアエンジニアリングの関係や、生成AIが主流になる未来の姿について、技術的な話から、組織や人財育成の話まで多岐にわたる議論ができました。本日議論した将来像に実現に向けては検討していくべき課題がまだ多くあります。そうした課題を一つずつ解決しながら、AIとソフトウェアエンジニアリングの融合という新たな領域を、産学の連携を通じて切り拓いていきましょう。

プロフィール

鷲崎弘宜
早稲田大学教授、国立情報学研究所客員教授 博士(情報科学)
他の活動に2025 IEEE Computer Society President、ISO/IEC/JTC1 SC7/WG20 Convenor、情報処理学会ソフトウェア工学研究会主査、日本科学技術連盟ソフトウェア品質管理研究会運営委員長、IoT/AI/DXリカレント教育プログラム スマートエスイー(Smart SE)事業責任者ほか。

元山 厚
日立製作所 デジタルシステム&サービス 事業主管 博士(システムズ・マネジメント)
入社より産業・流通分野のアプリケーション構築に従事。2023年より日立グループ全体向け生成AI活用プラットフォーム構築のリードと、 培った生成AI活用のユースケースや適用技術に基づいた生成AI事業の立ち上げ、業種を横断したサービス展開を行っている。

小川 秀人
研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタ 主管研究長 博士(情報科学)
ソフトウェア工学の研究および実務応用に従事。北陸先端科学技術大学院大学 産官学連携客員教授、東京大学非常勤講師などを兼務。AIプロダクト品質保証コンソーシアム運営副委員長、機械学習マネジメント検討委員会委員などAIの品質に関する活動にも参画。共著書に「AIソフトウェアのテスト」「ソフトウェアテストのセオリー」「実践生成AIの教科書」など。