日立製作所は、KDDI株式会社(以下、KDDI)と共同で、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博、以下、万博)の未来社会ショーケース事業「フューチャーライフ万博・未来の都市」において、「Society 5.0と未来の都市」をテーマとした共同展示を行う。「未来は自分たちで変えられる」をコンセプトに、社会におけるさまざまな問題の解決策を来場者が選択し、ありたい未来像をシミュレーションできることを特徴としている。研究開発グループは、この展示の制作に、デザイナーと研究者がタッグを組んだプロジェクトで参画している。プロジェクトの中核を担う福丸 諒主任デザイナーと松田 友輔主任研究員に、日立ならではの未来社会の描き方について尋ねた。

社会や世の中に貢献できる仕事をしたい

画像1: 社会や世の中に貢献できる仕事をしたい

福丸:高校生のころ、周囲が理系だったので、自分もなんとなく工学部に進むのかなと思っていましたが、工学の先にある自分の仕事のイメージが具体的に思い浮かばなかった矢先に、たまたまデザイナーという職業があることを知りました。それまで絵など描いたこともなかったにもかかわらず一念発起してデザイナーになろうと考え、芸術工学部に進学し、インクルーシブデザイン「包摂(ほうせつ)性の高いデザイン」について研究しました。自分の満足だけではなく、社会にて周縁化されてしまった人や出来事に向き合うデザインをしたかったのです。研究する中で社会インフラや社会的正義に関するたくさんの知見が獲得できたこともあり、卒業時には「社会イノベーション」を掲げる日立に興味を持ちました。

画像2: 社会や世の中に貢献できる仕事をしたい

松田:私は工学部で通信工学の研究をしてきました。デジタル写真から看板の文字を認識するような画像認識を専門にしていましたから、現在の(日立での)研究内容と近いところにいました。同時に、就職に際しては「世の中の人が便利になるものを作りたい」と切望していました。そのため、研究所に絞らず、開発部門などへの就職も視野に入れていましたが、就職活動の中で日立が社会実装したものを目の当たりにして、最初に作り始める面白さは研究者だと確信し、研究所を第一志望に変更しました。2009年に日立に入社し、一貫して生体認証、指静脈認証の研究に携わっています。現在は(今回のテーマの)万博のプロジェクトにも関わっていますが、本丸はこちらです。

福丸:私も2009年入社ですから同期だったんですね(笑)。私は入社後は鉄道系のサービス開発のデザインに携わってきました。駅の改札で運行情報を直感的に伝える「異常時案内用ディスプレイ」のGUIデザインを今も尊敬する先輩から引き継ぎ、スマホアプリから運行管理システムなどのデザインも経験しました。次第に鉄道業務以外の領域にも興味を持ち、新しい社会システムのあり方を考えるためのデザイン活動「ビジョンデザイン」に関わることができました。日本政府が提唱した 「Society 5.0」 について生活シーンやサービス、街の新たな風景などを仮説として具体的に描くことで、これからの社会システムに求められるものに関する議論を促しました。その後、イギリスにある海外拠点で3年間の駐在を経て現在に至ります。

万博に向けて未来を描くプロジェクトに参加

画像1: 万博に向けて未来を描くプロジェクトに参加

松田:生体認証の研究で、どちらかというとBtoBやBtoBtoCで個別のお客さまに向けた研究をしていたところ、万博プロジェクトにアサインされました。「え。なんで僕が」がそのときの本音です(笑)。こうした社外向けのイベントに関わった経験はありませんでしたからね。後でわかったことですが、さまざまな分野の経験を通じてキャリアアップさせたいという組織の考えもあり白羽の矢が立った、ということだったようです。

画像2: 万博に向けて未来を描くプロジェクトに参加

福丸:私はイギリスから帰ってきた後、先輩から「万博プロジェクトがあるけど、どう?」と聞かれたのがきっかけでした。まだ(公式キャラクターの)ミャクミャクも決まっていない頃でしたが、好奇心が搔き立てられたのを覚えています。

松田:福丸さんがプロジェクトに入って、未来の社会を日立がどう描くかを検討しているときに、その実現可能性を研究者も含めて検討することになって、私たちが後から加わった形ですね。確たる自信を持ってプロジェクトを押し出すためにはデザイナーと研究者の両輪で進めていこう、ということだったのでしょうか。

福丸:多くの人が明日の社会に期待する場である万博にて、日立の売り物を持ってくるだけの展示は避けたいと思いました。そこで、松田さんなど研究者のみなさんと協力して日立の先端研究や技術の理解は深めつつも、技術が実現する未来ではなく、人がそれらを用いて新たな生活を作りながら、自分の生活や街の将来にワクワクするようなシーンを考えることにしました。

技術のタネと未来の姿の妄想が融合

画像: 技術のタネと未来の姿の妄想が融合

松田:福丸さんたちが描く未来に向けて、日立が持っている最新技術の中でどのようなものが使えるのかを知る必要がありました。そこで研究開発グループ内で、日立にどんな技術があるかというヒアリングを開始することになりました。私の担当は国分寺と横浜の研究所で、IT分野に集中してヒアリングを実施しました。他にも複数人の研究者がプロジェクトに参加し、茨城サイトのヒアリングなどを担当していました。「万博に向けてアピールしたい技術はありますか」と聞いて回って、ヒアリングした人に次の候補の推薦をいただきながら数珠つなぎに話を聞いてきたことになります。私だけでも20人以上にヒアリングをしましたし、全体では50人を超える研究者と対話したことになります。それらを取りまとめて、福丸さんたちデザインチームと会話と検討を重ねた、というわけです。

福丸:実際、すごい数の研究者にヒアリングしていただきましたよね。日立の先端技術の深さと広さを同時に知ることができました。ありがとうございました。

松田:エキサイティングな話をたくさん聞けましたよね。日立にはとてもたくさんの技術があって、これは強みだなと思う半面、我々のような研究者でも分野が違うと理解しにくい部分があることも併せて実感しました。これをわかりやすくして世の中に伝えていくこともイベントのもう一つのミッションなのだな、と改めて考えました。

福丸:これまでも技術的なマイルストーンを並べただけの資料は見る機会が多かったのですが、技術の未来は伺えても、担当する研究者本人の技術にかける想いは図れませんでした。松田さんとは、「この人はよくしゃべった」とか「すごい熱量があった」といった話もしましたよね。技術の説明資料を見るだけでは分からない、担当する研究者個人の想像や想いを直接聞くことで、技術が人の生活をどのように変えるのか、変えたいのかについて深く考えることができたと思います。

松田:リストを作って説明しても、なかなか伝わりませんよね。

福丸:例えば、ドローンはものを運ぶことができますが、そのアウトカム(結果)だけを見るとそれがトラックだったとしても同じです。技術だけの話だとドローンを使うことで人や働き手の生活がどのように変わるかという視点が欠落しがちです。メタバースも「リアルとは別の個性を持てる」といいますが、それが人の生活や価値観に与える変化を具体的に掴みたい。研究者とデザイナーが技術の理解を深め、技術により変わる、人が変える未来について徹底的に語りつくすことにしました。妄想と技術要件が噛み合うところと噛み合わないところを探っていく作業だったような気がします。

サイバーフィジカルの往復運動から新しい未来を自主的に作る

福丸:その後も紆余曲折がありましたね。最初は「事業分野」で未来の生活シーンを考えていました。モビリティの未来、エネルギーの未来という具合に。でも、私たち生活者はモビリティやエネルギーといった区分に沿って世界を認識しているわけではありません。また、日々エネルギーのだけのことを考えている人も稀ですし、関心事は多面的で移ろいやすいものです。そこで、事業単位ではなく、「娯楽」「購買」「就労」といったライフスタイルの文脈に基づきありたい未来を考え、日立と共同展示を行うKDDIの技術が寄り添える場所を探ることにしました。

画像1: サイバーフィジカルの往復運動から新しい未来を自主的に作る

今回の万博で日立はKDDIと共同で、「未来の都市」パビリオンに出展します。 ここでは、Society 5.0がめざす新しい都市の姿について、サイバーフィジカルシステム(以下:CPS)を技術の中心に据えた展示を行います。リアルの世界だけでなく、サイバーの世界でデータを分析し、リアルの世界を変えていくというものです。

松田:ただし、企業側が新しいものを一方的に提示するだけだと、反発も強くなってしまう危惧があります。来場者は生活をつくる主体ではなく与えられた技術を使うユーザーとなってしまう。

福丸:そこで万博では、来場者がありたい未来の生活シーンを選択することで技術と自らの将来との関係を作れるような展示システムとしました。技術が発達することで、自分たちが良いと思うことの実践に積極的に関われることを体感してほしい、と思ったのです。

松田:テクノロジーをいかにソフトランディングさせるか、それらを上手に享受、受容していただけるか。CPSのようなものを使って、実際に社会に実装する前に万博での疑似体験を通じてユースケースをイメージしてもらい、意見を引き出せたら面白いですよね。市民参加型社会の枠組みで、意見を吸い上げながらみんなで一緒に未来社会を作っていこうということです。

画像2: サイバーフィジカルの往復運動から新しい未来を自主的に作る

福丸:正直、ドローンが飛ぶことや、メタバース空間での買い物それ自体に価値や驚きはありません。技術が利用者の外にある姿ではなく、技術をもって人が自ら自分の生活を作る姿を描けることが重要だと思います。自分で考えた未来を主体化する選択型の体験を提供することを心掛けました。

松田:個人的な考えではありますが、パビリオンで体験いただく方々や、もっと言えばすべての市民の意見を吸い上げたとしても、未来の世界にすべての意見を反映することはできません。これまでの「意見を吸い上げられても、最終的には反映されない」という事態を払拭したい。今回の万博では、意思決定のプロジェクトにCPSを使います。意見を採り入れたときと採り入れないときのプロセスをサイバーの世界で体感することで、最終的に多くの人が納得できる結論に至ったことを示します。決定プロセスを可視化できるわけです。

これを「了解性」といいますが、コストや他の選択肢との比較でこの意見が採用されなかったということが、説明可能な形で提示できることで、結果が同じでも市民の方々の感じ方が変わってくるはずです。そこでは生成AIなどの技術も使うことで、市民の皆さんにわかりやすく伝わるはず、と想定しています。

福丸:まさにそこがCPSを展示体験にも活かせるところだと思います。万博会場にいる人々の選択とバーチャルでの結果と相互に見ることで、誰かの選択が他の誰かの創発を促しながら、相違だけに執着しない、多くの人に納得できる未来を作ることができないかなと考えています。

松田:意見を吸い上げたあとに、その意見が採用されなかったとしても、吟味して検討されたことがわかること自体に価値があるでしょうね。

福丸:万博の会場を出たときに、自分の選択やありたいと思っていた未来像が良い意味で揺らぎ、日常の風景が少し変わって見えるような体験を提供したいと思っています。

立ち止まって考えられる余白を残す

福丸:人は他者に勧められると(逆に)従わなかったりするでしょ。ですから、自分ごととして選択して実行する生身の人間を無視しないような対話プロセスが重要になるはずです。

松田:技術的にはシミュレーションの精度を高解像度にすることが重要じゃないかなと考えています。精度が低いとシミュレーション自体が信用できない。シミュレーションで「まさにそうだ」と人間が思うような精度の高い結果が得られれば、人も「使っていいかな」と思うようになるはずです。その意味でCPSではシミュレーションの精度がポイントになります。

福丸:そうですね。ただ、技術と人間のつなぎ方を間違えると、技術に人間を従属させてしまうことにもなりかねないと思います。シミュレーションの精度が高くなったとしても、人間としては「見なくちゃわからない」「やってみなきゃわからない」という感情を持つはずです。実際の社会実装に向けては、選択のオプションを考える前に、自分で試すことができたり、フィードバックループを体感できる仕組みがあるといいでしょうね。

画像1: 立ち止まって考えられる余白を残す

松田:福丸さんのようなデザイナーと一緒にものを作ると、参考にさせてもらえる意見が多いですね(笑)。いかに来場した人に驚嘆だけではなく、自らの将来への期待として受け入れてもらえるかといった視点など、研究者だけでは作り込めない刺激をいただいている、と実感します。

福丸:デザイナーとしても、研究者と一緒に取り組むことで、このテクノロジーはすごいな、こんなことができるんだ、という驚きは日々あります。限られたデータでこんな分析、推定ができる、すごい(笑)。それを受けてだた驚くだけではなく、人がどのように価値として世に発現させていけるのかや、人視点でうれしさを多面的に捉えることを常に考えています。

松田:万博では「未来の都市への選択の体験」を出展するわけですが、これは万博だけのためのものではありません。来場する皆さんがこれをきっかけに企業活動に興味を持ち、共感してもらって、未来の課題に一緒に取り組んでもらえるようになったら大成功です。現状求められる開発だけではなく、そうした未来に向けた取り組みにも、予算を当てて投資してもらえるところが日立の良いところですよね?

福丸:ですね。さらに付け加えるとすると、デザイナーとして開発に携わっていると、なかなか立ち止まることができないという状況に追い込まれることも多い。厳格なマイルストーンがある製品やサービスだと特にそうです。例えば、鉄道の運行情報を伝えるサービスを作りましたが、これはいくら上手く作っても事故自体を減らすことはできない。開発で感じる違和感や気付きをもとに、ふと立ち止まって考える余白があるのが研究開発グループにあるデザイン組織の魅力だと思っています。

画像2: 立ち止まって考えられる余白を残す

福丸 諒(Ryo FUKUMARU)

研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ UXデザイン部 兼 未来社会プロジェクト
主任デザイナー

ファンであることのワクワクから未来を見通す

『ファンダムエコノミー入門――BTSから、クリエイターエコノミー、メタバースまで』(コクヨ野外学習センター編、プレジデント社)は、人の興味や好奇心に駆動された行動が社会を変えていく潮流を解説した本です。人気アーティストのファンによる活動が、経済効果だけでなく政治やその他の領域にも影響を与えている様子を見ると、人が技術を主体的に取り入れながら、自分たちの生活や社会をワクワクしながらつくる未来を想像します。デザイナーは「ユーザー」という言葉をよく使いますが、その言葉を無意識に用いることで、人が本来持っている創造性に蓋をしてしまっていないか……。そう考えさせてくれる一冊です。

画像3: 立ち止まって考えられる余白を残す

松田 友輔(Yusuke MATSUDA)

研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
先端AIイノベーションセンタ
知能ビジョン研究部 兼 未来社会プロジェクト
主任研究員

幕末史から学ぶ一生懸命取り組むことの価値

歴史が好きです。特に、登場人物が若く一生懸命生きた時代の、幕末の世界観の書籍を好んで読んでいます。その中でも司馬遼太郎の『燃えよ剣』(新潮文庫)を改めて面白いと感じています。『燃えよ剣』は、新選組の視点で書かれているので、どんどん敗北を重ねていくのですが、その中で頑張って自分たちの志を貫いていくところに共感します。私も若い頃は旧幕府側への共感が強かったのですが、歳を重ねるに連れて官軍も含めた誰もが自分が正義だと信じて生きていたのだと感じるようになりました。最近では倒幕を進めた側の高杉晋作などについても調べを進めるようになりました。どんなテーマでも面白いと思って一生懸命取り組むことが成功につながり、面白いテーマは自分で決めるのだというように、研究にもフィードバックが生まれています。

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