日立製作所 研究開発グループでは、小型・軽量化と急速・複数台充電を実現するEV(電気自動車)充電技術を開発している。この研究開発に携わった電動化イノベーションセンタ リーダ主任研究員の馬淵雄一は、カーボンニュートラル(脱炭素)の実現に向けた課題として、EVの充電を掲げる。充電時間が長い、充電する場所が少ない、充電器が占拠されていて充電できない。こうした課題を解決するために日立の新しいマルチポートEV充電技術が役立つ。新技術の開発の舞台裏や、日立の研究開発体制の特徴などを、馬淵リーダー主任研究員に聞いた。

充電の待ち時間を減らしEV普及を後押し

日立製作所 研究開発グループは、電気自動車(EV)の普及に役立つ新しいEV充電技術の研究成果を2021年8月にニュースリリースしました。EV充電インフラを小型・軽量化するだけでなく、急速充電と複数台充電を切り替え可能なマルチポートEV充電技術です。技術の核になるのは、半導体変圧器(SST、Solid Sate Transformer)による変圧器の小型・軽量化で、これにより試作した350kWのEV充電システムは業界No.1の小型・軽量化を実現しています。

開発の背景にはカーボンニュートラルや脱炭素社会の実現に向けたEVの普及促進があります。調査によると、2035年には世界の主要市場で販売されるEV(バッテリーEV、BEV)の年間販売台数は5000万台にのぼると予測されています*1

EVが普及するためには、インフラとしての充電設備(充電ポイント)の充実と急速充電への対応が求められます。EVの充電はガソリンスタンドの給油よりも圧倒的に時間がかかるので、EV急速充電器が必要になるわけです。2030年に欧州で50kW~350kWの急速充電器を備える充電ポイントは32万に達するとされていて、その中でも150kW~350kWの超急速充電器が19万3000ポイントに上ると見られています*2

このような数の急速充電器、超急速充電器は、都市部にも多く設置しなければなりません。しかし急速充電器には大型の変圧器が必要で、大きな装置は都市部には設置が難しいという課題があります。

画像1: 充電の待ち時間を減らしEV普及を後押し

狭いビルや店舗の駐車場などにも短時間でEV充電ができる急速充電器を設置でき、必要に応じて複数台のEVが同時に充電できるようにできれば、EV充電の課題の1つが解決できるでしょう。日立製作所 研究開発グループではEV充電の待ち時間を解消できるように、マルチポートEV充電技術を開発しました。

画像2: 充電の待ち時間を減らしEV普及を後押し

開発コンセプトは、3つのポイントに集約されます。(1)狭いスペースや既存インフラに設置が可能な「小型軽量化」、(2)短時間で充電が完了し、大容量バッテリーEVにも対応可能な「急速充電」、そして(3)複数のEVを同時に充電することも可能な「複数充電ポート」の3つです。これらを実現することで、EV充電の課題解決につなげようと研究開発を進めました。

宇宙物理学の学生からパワーエレクトロニクス研究へ

私は現在、研究開発グループでパワーエレクトロニクス研究ユニットのリーダーを務めています。EV充電器の研究開発を行っているように、現在は電気工学の分野で仕事をしているのです。しかし、学生時代は理学部物理学科で宇宙物理の研究をしていました。小さい頃から宇宙に興味があり、大学でも宇宙に関わる分野に進みました。宇宙物理学ではデータの解析をコンピューターシミュレーションで行っていましたから、就職の際には学んだ解析の技術を生かせる日立に入社しました。入社後も学生時代の技術を生かせる電磁界シミュレーションなどを担当してきました。

しばらく研究所で基礎研究を続けていましたが、2009年に研究所からパワーエレクトロニクス製品を作る工場に配属されました。世の中にモノを届けたいという気持ちも生まれてきたころの3年ほどの工場経験でした。ここでは風力発電などの機器を設計するなど、ものづくりの体験をすることができました。研究所の基礎研究や要素研究はお客さまから遠いことが多いのですが、工場の配属でお客さまに近い開発の体験ができたのです。ものづくりの難しさや信頼性の向上への実際など、学んだことは多くありました。特に風力発電は、納めた先で調整することもあり、海外の客先での調整で出張を繰り返す日々もありました。ものを作って出すことの大変さを勉強させてもらいました。

その後、研究所に戻ってきて、無停電電源装置(UPS)の研究開発に取り組みました。最近のデータセンターには、大容量化したUPSが必ず設置されます。都市部のデータセンターでは敷地面積やコストの問題がありますから、小型化、高効率化したUPSが求められます。研究の要素はかなり多くありました。

こうして、パワーエレクトロニクスの研究にシフトしていき、研究チームのリーダーとしてEV充電器の研究開発をするようになっていったのです。今、リーダーとして上司の視点に立つことが多くなり、「実際のものづくりを知らないと研究にも深みができない」ことを実感しています。工場への配属は、そうした経験を積むために当時の上司が出してくれたのだと感謝しています。

半導体変圧器で駆動周波数を1000倍にして小型化

EV充電器が大きく重くなってしまう要因の第一は、変圧器の存在です。6600Vの商用系統電源を変圧器(トランス)を介してEVの充電時に用いる400Vなどの電圧に変えます。しかし従来の商用変圧器は大きさが畳1畳分ぐらいあり、銅や鉄のかたまりなので非常に重いものです。EV急速充電器の大型化・重量化の要因になっていました。EV急速充電器が大きく重量があると、狭小なスペースへの設置が難しくなりますし、重量に耐えるための基礎工事も必要です。都市部などの既設の集合住宅やビルに設置が困難だったのです。

今回私たちは、大きく重い変圧器を小型化することでこの課題解決に取り組みました。方法は、半導体変圧器(SST)を用いるというものです。半導体変圧器は2000年ごろから研究が進められてきた技術です。これまでの半導体変圧器ではシリコン(Si、ケイ素)を使うことが一般的でしたたが、損失が大きく熱になってしまい、高い駆動周波数での稼働が難しかったのです。日立製作所 研究開発グループでは、低損失なシリコンカーバイド(SiC)を素材に使うことで、高い駆動周波数を実現する半導体変圧器を開発しました。

画像1: 半導体変圧器で駆動周波数を1000倍にして小型化

具体的には、従来型の商用変圧器は50Hzで駆動していたところ、1000倍の50kHzで駆動することで、小さい変圧器でも従来と同等の電力を伝送でき、急速充電に対応しながら小型軽量化を実現しました。ちょっとイメージしにくいと思うので、たとえ話をします。高いところにある水槽からバケツで水を汲みだして、低いところにある水槽に水を移すことを考えます。従来の変圧器は、大きなバケツに対応します。1回の汲みだしで多くの量の水を移すことができますが、装置は大きくなります。一方で、開発した半導体変圧器は小さなバケツに対応します。小さなバケツで従来よりも1000倍速く水を汲みだすことで、従来と同じ時間で同じ量の水を移すことができます。この結果、半導体変圧器は装置を小さくすることができるわけです。

画像2: 半導体変圧器で駆動周波数を1000倍にして小型化

1000倍の駆動周波数を実現したことで、変圧器の体積は従来比で83%も減少できました。EV充電器の接地面積は40%減、重量も70%削減させています。

今回開発したマルチポートEV充電技術は、小型軽量化によるEV急速充電器の設置環境の拡大を目指しただけではありません。急速充電への対応、複数台の充電への対応という課題にも向き合っています。

急速充電への対応では、マルチレベル回路の制御により、最大で超急速充電に対応する350kWの出力を可能にしました。その構造は、直列7段、並列3列に接続した電源変換ユニットを統合制御するもので、商用電源の交流6600Vから目的の電力を取り出せるようにしたものです。直列7段の電源変換ユニットにより高電圧を均等に分担し、並列3段の電源変換ユニットで電力を均等に出力します。すべての電源変換ユニットからの電力を束ねることで、350kWの超急速充電器が出来上がるのです。

画像3: 半導体変圧器で駆動周波数を1000倍にして小型化

もう1つは複数充電ポート技術の開発です。21の電源変換ユニットをすべて束ねると350kWの超急速充電ができますが、世の中のEVは超急速充電に対応したクルマだけではありませんし、必ずしも急速充電が必要ない場合もあります。夜のマンションの駐車場などでは、多くのEVが同時に朝まで充電できることに価値があるわけです。そこで切り替えスイッチにより充電電力とポート数を可変にできる仕組みを開発、搭載しました。これにより、トータル350kWまでの範囲で、1台の350kW対応EVの超急速充電や、100kW+250kWなどの中間の値の選択、さらに17kWの普通充電を最大21台まで同時にさばくこともできます。電圧もポートごとに400V、800Vなどに対応可能です。

画像4: 半導体変圧器で駆動周波数を1000倍にして小型化

こうしたマルチレベル回路の制御は、送電系統に接続される電力変換器などでは利用されていますが、EV充電器に応用したところが新しいところでもあります。大容量の超急速充電器から、複数台の充電までを1基の小型EV充電器でカバーできるようになったのです。

人脈、環境が整うことの重要性

研究としては、次世代のパワーデバイスの電力変換器への適用も検討したいです。注目しているデバイスには、ガリウムナイトライド(GaN、窒化ガリウム)があり、シリコンカーバイド(SiC)よりもさらに低損失で高速動作が可能になります。これらのデバイス自体の研究開発が進んでいますが、電力変換器システムにおいて実用的に使用できるのかどうか、検討を進めていきたいと考えています。

この研究に限ったことではないのですが、EV急速充電器ならば電気や回路の話がメインですが、システムとしての研究はそれだけだと成り立たちません。材料は何が適しているか、熱や冷却の問題はどうするか、多様な知見が必要です。日立の研究開発グループには、電気だけでなく、材料系や熱などの構造系を研究している人がいます。必要な技術や知見にアクセスしやすい環境にあると思います。日立の研究開発グループの中に人脈があるというイメージです。

研究所内の過去の研究成果をまとめた研究報告書では、社内の研究者が何を研究しているかわかります。著者の情報がデータベース化され、研究者の人脈が可視化されるような仕組みが導入されたりすると面白いですね。

研究は、テーマをいかに探してきて、提案して、お金つけてもらってというプロセスが大事です。日立はボトムアップな社風があり、良いテーマならお金をつけてくれるので、研究はやりやすい環境だと思います。やりたいことがあれば、実現しやすいです。

テーマの見つけ方のほうが難しく、変化が求められるかもしれません。特に最近ではカーボンニュートラル、脱炭素、電動化といった方向に社会が変わろうとしていて、求められるものも変わってきています。社会の変化を先読みして、提案できるテーマを見つける感覚が必要です。いかに社会の変化に合わせて研究テーマを変えていくことも必要でしょうし、応用する分野も変えていく対応力が求められるでしょう。

研究所から新しい研究テーマを事業部などに提案するときに、そのテーマが取り上げられる打率は1割、2割といったところです。良いテーマなら見てくれますし、提案までに検討したアイデアは次の新しい提案につながるため無駄になりません。提案が取り上げられなくても、継続してチャレンジすることが大切です。

最近、我々の職場はフリーアクセスのオフィス環境になりました。自分の机をなくして好きなところで研究できる。景色がいいところで仕事ができたりして、雰囲気的には仕事しやすい環境になったのかなと思います。実験室の仕事と違って、リーダーはデスクワークが多くなりますが、良い気分転換になります。

コロナ禍で海外に出張することはなくなりましたが、オンライン会議が一般化したことでコミュニケーションの効率はとても上がりました。海外サイトの人とも、今日明日にでも打ち合わせができるのはありがたいです。ユニットのメンバーともリモートで打ち合わせはできますが、議題以外の何気ない会話が減ったのはリーダーとしては気がかりです。何気ない話からアイデアが膨らむといった直接のコミュニケーションの有用性を、改めて感じています。

*1 出典:週刊エコノミスト オンライン(2021年8月30日、編集部)「2035年にEV5000万台に メーカー間の争奪戦で勝者となるカギは」
*2 出典:フロスト&サリバン

画像: 人脈、環境が整うことの重要性

馬淵雄一(MABUCHI Yuichi)

日立製作所 研究開発グループ
電動化イノベーションセンタ
産業機器システム研究部
リーダ主任研究員

ドラッカーの目から指針や方法論を得る

ユニットリーダーになったころに、何気なく買った『ドラッカー 時代を超える言葉―洞察力を鍛える160の英知』(上田惇生著、ダイヤモンド社)が、マネジメントをする上で役立っています。ドラッカーが生きていたら、何と言うだろうかを読み解いた本で、単刀直入に、この場合はどうしたらいいかの指針や方法論が得られます。研究開発においてもイノベーションが求められていて、成果の上げ方やマネジメントについてのエッセンスが書かれているので、参考になる点が多いです。仕事がわかってきた入社5年目ぐらいからの人が読むと、役立つ考え方を得られるのではないかと思います。ビジネス書も以前は出張の電車で読むことが多かったですが、コロナ禍以降は読む機会が減ってしまったのが残念です。

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