プラスチックはゴミとして燃やすとCO2が発生し、埋め立てれば環境へのインパクトが大きい。プラスチックのリサイクルも進められてはいるが、リサイクル材を使った製品には品質のばらつきが生じやすいという問題が残る。日立製作所 研究開発グループの島田 遼太郎研究員と八木 大介研究員は、リサイクル材を素材にしたプラスチックを作る際に、製品の品質を安定化するAIを開発した。
高分子化学と素粒子物理学の異質なコンビでタッグを組む
島田:化学の面白さや研究の楽しさは、学生時代から強く感じていました。大学院では、高分子化学の分野でプラスチックの合成などの研究をしていました。
高分子化学を研究テーマとして選んだのは、世の中にない物質を自分の手で作り出せることに魅力を感じたからです。今までにない領域を切り開いていくという醍醐味を、化学の研究で味わってきました。
就職を考える頃には、化学のベース知識を活かしつつ、エンドユーザーの顔が見える研究がしたいという思いが強くなり、幅広い研究分野が揃っていた日立を選びました。入社してからは、どんな分野でも今までにない領域を切り開いていけそうだ、ということがわかりました。
八木:私の場合は、家庭の雰囲気が最初から理系でした(笑)。夏休みの自由研究なども親や親戚が積極的に協力してくれました。最初は嫌だった記憶があるのですが、発表した自由研究などで多くの賞をもらったりするうちに、だんだんと科学が好きになっていきました。
高校の頃、誰がいつ回答しても正解が同じになることに物理や数学の面白さを感じました。立場や身分にかかわらずフェアに議論ができる理系分野の勉強が楽しく、「かっこいいな」と思うようになりました。そして大学では物理学を専攻しました。大学院では、素粒子物理学の研究室に入り、茨城県にあるJ-PARCという加速器施設で、素粒子を精密測定することで宇宙と物質の起源に迫る実験をしていました。
素粒子物理学のような基礎科学は、世の中の役に立つというよりも、自然科学の真理を探究する側面が強いものです。一方で、すぐに役に立たないとしても、こうした基礎研究があるから応用研究があることも事実です。素粒子の精密測定をしていたとき、実験装置のノイズを取る工夫をしたり、データ解析による効率化をしたりすることで測定精度を改善していました。企業の応用研究では、低コスト化や生産性向上のための工夫が求められると思いますが、実はここは基礎研究でも同様なのです。
そうした経緯から、就職活動をするときには、AI(人工知能)やITの研究もあれば現場のOT(運用技術)もある日立がしっくり来そうだと考えるようになりました。ITが得意な人財も、物理が得意な人財も活躍できるような二刀流の雰囲気を感じたのです。話を聞いていくと、研究者を大事にする伝統があることもわかり、生産技術の研究職に応募し、入社しました。日立での研究は、研究者としての自分を高められるだけでなく、社会課題の解決に貢献できることも決め手になりました。
リサイクルプラスチックの研究で2人の視点が交差する
島田:2011年の入社から2年間は、金属とプラスチックの接合技術に携わってきました。普通はプラスチックと金属は接着しないのですが、双方に化学的な処理をすることで接着できるようにする要素技術を研究していました。
次に、車載センサや半導体向けといった幅広い分野のプラスチック成形プロセスの技術開発に取り組みました。材料の物性をいかにシミュレーションに反映して、材料の組成とプロセスにフィードバックできる解析を実現するかが高性能な製品の実現のカギでした。化学的な挙動だけでなく、物理的な挙動もモデル化することで、シミュレーションする手法を開発しました。
八木:2018年に入社し、高機能フィルムのプロセスデジタル化の研究に携わりました。非常に薄いフィルムで、ローラーで多くの工程を経て作ります。工程の最後で、欠陥などの不具合の検査を行います。その際に、ラインの各工程に付いているセンサから得たデータと過去の対策記録から、不具合の原因を判別し、適切な対策をレコメンドするシステムを開発しました。
不具合の要因は膨大にありその判別と対策選定に時間を要しますが、本システムにより「フィルターの交換」「ベースフィルムの交換」といった対策が自動で示されることで、生産のダウンタイムを短縮できます。入社5年目の現在までに、こうしたデータ活用に関する研究に携わり、金属加工プロセスの異常検知や半導体プロセスの異常の原因究明などへの横展開を、製造現場に足を運びながら進めてきました。現場の課題を解くために、現地、現場、現物の一次情報を最も大切にしています。
島田:実は、今回のトピックスのベースになった開発があります。プラスチック素材を熱で溶かし、金型に流し込んで成形する射出成形機について、「成形品の形状に対する成形機ごとの誤差(機差)を補正する技術」の開発です。異なる射出成形機を用いても同品質の成形品を得るために、センサ内蔵金型のセンシングデータを用いて成形機ごとの誤差を取得します。この誤差に応じてプロセス条件を補正することで、同様の品質が得られます。
この技術開発が一段落した2019年、次に何をするかを考えていたとき、ドイツのデュッセルドルフで開催される世界最大規模のプラスチック・ゴム見本市のK Show(K2019)を視察しました。射出成形機のデジタル化などに焦点を絞って見て来ようと考えていたのですが、現地はサーキュラーエコノミー(循環型経済)への取り組み一色でした。展示会での活発な議論に衝撃を受け、世界が向かっている潮流を肌で感じ取りました。これはすぐに対応しないといけないと考えさせられ、これまでの開発技術をベースにして、リサイクルプラスチックの使いこなしに関する研究を始めました。
八木:私たちの部署ではさまざまな研究分野のプロジェクトが動いています。島田さんと私も同じ部屋にいて、部の技術交流会を通して島田さんが今どのようなプロジェクトに関わっているかは知っていました。そんなときに、席にいた島田さんにふと話しかけてみたのです。
島田:私が自席でプログラムを書いているときに、八木さんが声をかけてくれました。AIを活用するプログラムを書いているということで、情報交換したいというお話でした。そのとき、AIやデータサイエンスの専門家が身近にいたことに気づきました。それでも、そのときはまだ一緒に仕事をするとは思っていませんでした。
八木:リサイクルプラスチックの研究は、私のデータサイエンスに関する強みと相性がいいはず、という仮説があったのです。それで、声をかけてみたというのが本音です。興味があって話しかけたことで、入社3年目の2020年に島田さんのプロジェクトにジョインすることになりました。1、2年目でやっていた研究が応用できればいいなという思いはありましたが、何気ない会話が具体的な仕事に発展したのは自分でも驚きました。
リサイクルプラスチックの課題の1つ「ばらつき」への対応に取り組む
島田:プラスチックのリサイクル材とは、使用済みのプラスチックを回収・分離し再原料化したものです。年代やメーカーが異なる廃製品から集めた廃プラスチックは特性が異なるため、リサイクル材の特性にばらつきが生じてしまいます。
研究を進めると、リサイクルプラスチックの活用には主に3つの課題があることがわかりました。
1つめは、リサイクル材は、バージン材に比べて、材料の特性が低下する場合が多いこと。
2つめは、材料の品質が低下することで、結果として成形品の重量や機械的特性などのばらつきが大きくなる場合が多いこと。
3つめは、劣化や異物混入により、外観品質にばらつきが生じてしまうことです。
今回の八木さんとの研究は、2つめの材料の品質低下への対応が目的です。ばらつきのある材料を使いこなす技術を開発しました。リサイクル材を製造するとき、同じ製品から取得した廃プラスチックだけを材料にしたクローズドループを実現できれば、リサイクル材の品質はある程度保たれます。しかし、実際にはそうした材料の供給量は限定されるため、色々な由来のリサイクル材を使用する必要が出てきます。多様な材料を使ったときでも、品質が安定した製品を作るための生産技術が今回のメインテーマですね。
八木:材料自体の品質を良いものに揃えられればいいのですが、それではコストが高くなる場合があります。今回、材料の特性にばらつきがあっても一定の品質に成形できる技術を開発したことで、使用可能な材料の幅が広がります。私は、この技術の適用を拡大していくことで、リサイクルプラスチック市場をより活性化できる可能性があると考えています。
AIでばらつきを抑制する成形条件を自動最適化
八木:バージン材を同じ条件で射出成形した場合、製品の品質を示す重量のばらつきは狭い範囲に収まります。一方でリサイクル材の場合は、同じ条件で射出成形しても材料のロット間で重量にばらつきが生じます。そうした状況を逆手に取って、リサイクル材の特性が変わるロットごとに、それぞれに適した成形条件を作ることができれば、品質を均質化できるだろうというのがアイデアです。
そこで開発したのが、射出成形プロセスに対する自動最適化AI技術です。結果からお伝えすると、ロットごとに最適化した成形条件を作ることで、各ロットの成形品重量がターゲットにした値に近づき、ロット間のばらつきを抑制できる効果を実証できました。個々のロットに対する最適化をどう実現するかに、私たちの開発した技術が役立っています。
開発した自動最適化AI技術には、量産前に実施する学習モードと、量産中に実施する逆解析モードの2つのモードがあります。
学習モードでは最初に、複数のロットに対してセンサを搭載した金型を用いて成形することで、(1)成形プロセス条件、(2)成形品の品質(重量)、(3)金型内の樹脂の挙動に相関するセンシングデータから得たリサイクル材の特徴量の関係を示す学習データベースを作ります。次に、学習データベースを基にして、リサイクル材の特徴量と成形プロセス条件から、成形品の品質を予測するモデルを構築します。ここでは複数の機械学習アルゴリズムから、最適なアルゴリズムを自動選択します。
量産時には、逆解析モードを用います。新しいロットのリサイクル材を特定の成形プロセス条件で成形し、センサ搭載金型のセンシングデータから特徴量を抽出します。この特徴量を元に、品質のターゲットに合わせた最適な成形プロセス条件を逆解析の手法で求めるのです。
別方向から説明してみましょうか。下記の式が今回の自動最適化AI技術の全体を示しています。
品質=f(成形プロセス条件、リサイクル材の特徴量)
学習モードでは、まずこの式を構成する「品質」「成形プロセス条件」「リサイクル材の特徴量」の関係を学習データベース構築技術によって構築します。ここでは射出成形プロセスに対する専門知識(ナレッジ)や、各種センサの情報からリサイクル材の特性に関係する特徴量を抽出する独自技術が用いられています。次に、機械学習アルゴリズムで作成した品質予測モデルが、この式の関数fに相当します。学習データから最適な関数fを自動的に選択するのです。ここまでが学習モードです。
製造時の逆解析モードでは、品質予測モデルの関数fと、求める品質が決まっています。一方、未知のリサイクル材を試験的に射出成形してセンシングデータを分析すると、リサイクル材の特徴量が求められます。すると品質と関数f、リサイクル材の特徴量がわかるので、これらを逆解析することで、最適な成形プロセス条件が得られる、というわけです。
島田:今回開発した技術は、多くの要素を適切に組み合わせて実現しました。例えばデータベース構築でも、大きく3つのノウハウを用いて開発しています。
1つめは、成形プロセス条件のパラメーターをどう選ぶかです。射出成形機の入力項目は細かいものも含めると100を超え、その中から重要なパラメーターを絞り込んでいます。
2つめは、特徴量の抽出です。センシングデータから樹脂の特性に相関する特徴量が得られるように工夫しました。
3つめは効率的に実験するためのノウハウです。総当りで実験すると実験回数が多くなり大変ですが、実験計画法を用いることで、データの取得を効率化し、実験回数を減らしました。
このほか、センサの設置位置にもノウハウがあります。金型の内部、樹脂の通り道であるランナーを配置する選択肢は無数にありますし、取得する物理量によっても最適な位置が変わります。さまざまな選択肢から適切なものを選ぶノウハウが必要なのです。
八木:今回開発した技術は複合的なものであり、要素技術のすべてが大切な要素です。ITだけでなく、プラスチック成形プロセスのOTも合わせた多くのノウハウと要素技術を組み合わせて、生産技術として成果を得られたのは、日立ならではの強みだと思います。
プラスチックが抱える社会課題の解決をめざして
島田:私は、脱炭素を進める「ゼロエミッション」、資源循環を実現する「ゼロウェイスト」、自然と共生する「ゼロインパクト」をゴールと捉えています。リサイクル材を有効に活用して、廃プラスチックを新しい製品にリサイクルできることは、プラスチックの環境への流出という社会課題への解決策の1つになります。
カーボンニュートラルの視点はもちろんですが、サーキュラーエコノミーのアプローチで資源循環を実現することが求められるようになりました。廃プラスチックを、リサイクルプラスチックとして製品の形にできることは、資源循環の手法として極めて有効なはずです。
八木:さまざまなリサイクル材を原料に使えるようにする技術は、調達面でのコストメリットやレジリエンス強化にもつながるのではないでしょうか。本技術は、環境価値と経済価値を両立させるケイパビリティを持ち、高度循環社会の実現に貢献できると私は考えています。
島田:環境を守る技術と言っても、コスト的に不利だと広がりません。今回開発した技術は材料の特性ばらつきが大きなリサイクル材でも使いこなすソリューションで、環境と経済のコンフリクトを打破できるのは大きな利点になります。今回、八木さんと協力してこの技術を開発したように、今後も多くの人と連携しながら社会課題を解決していきたいです。
八木大介(YAGI Daisuke)
日立製作所 研究開発グループ
サステナビリティ研究統括本部
生産・モノづくりイノベーションセンタ
サーキュラーインダストリー研究部
研究員
キャリアを積み重ねるための基礎を作った2冊
「独創はひらめかない―『素人発想、玄人実行』の法則」(金出 武雄著、日本経済新聞出版社)と、「現代語訳論語と算盤」(渋沢 栄一 著 , 守屋 淳 翻訳、筑摩書房)の2冊を紹介したいと思います。コンピュータビジョン、ロボット工学を専門とする計算機科学者の金出武雄さんの「『素人発想、玄人実行』の法則」は、大学生のときに読んで心を打たれました。素人のように「単純で素直なアイデアを発想」しながら、玄人のように「着実に手を動かす」ことが重要だという教えです。今後、さらにキャリアアップして視座が上がったとき、初心に返るためにまた読み直したいと思います。渋沢栄一の論語と算盤からは、「倫理的に行動し、何をするかと同じくらい、何をしないかを大事にしたい」という価値観を持つようになりました。テクノロジーが発達し、さまざまなことができる現代だからこそ、道徳観を忘れないようにしたいです。
島田遼太郎(SHIMADA Ryotaro)
日立製作所 研究開発グループ
サステナビリティ研究統括本部
生産・モノづくりイノベーションセンタ
サーキュラーインダストリー研究部
研究員
いつかタイミングが来る新技術にアンテナを張る
偉大な企業は、すべてを正しく行うがゆえに失敗する――と説く「イノベーションのジレンマ」(クレイトン・クリステンセン著、玉田 俊平太監修、伊豆原 弓翻訳、翔泳社)をお勧めします。ハードディスクのトップ企業が性能を上げるために努力している間に、そのときは対抗馬にもならなかったSSDが一気に先へ進んでしまうといった「破壊的イノベーション」を、トップシェアの企業が見逃してしまう例が有名です。リサイクルプラスチックでも同じことが起こりうると思います。私たちは、メカニカルリサイクルに注力していますが、将来はバイオプラスチックやケミカルリサイクルが多く使われるようになるかもしれません。コスト高だからと無視するのではなく、いつかタイミングが来ることを見極めるためにも情報のネットワークを持っていたいと考えています。