牛込陽介さんと考える、関わりたくなるマスプロダクトのかたち[後編]
固定観念から自由に、多元的な価値へ。開かれた製品をデザインするために
マスプロダクトはこれまで、利便性や経済性といった価値を追求し、高いレベルの標準化を実現してきました。プロダクトを通じてより多元的な価値を生み出すために、デザイナーにはいま何が求められているのでしょうか。関与によって生まれる価値を具体化するための研究にご協力くださった牛込陽介さんとともに、デザインセンタの野末壮、同デザインセンタの佐藤知彦が語り合います。
前編:冷蔵庫はキッチンになくたっていい。開かれた製品を自由に楽しむ
「パターンランゲージ」でステレオタイプを崩す
野末:今回の研究では、開かれた製品のアイデアを考えていくための2つのプロセスを設定しました。
1つ目は、これまで培われてきた製品と人との関係性をリセットするプロセスです。そして2つ目が、製品と人との関係を一旦崩し、新しく組み立て直すプロセスです。2つめのプロセスについては、思考をガイドするパターンランゲージ※をまとめました。
※パターンランゲージ……コミュニティ内で共有されている価値観や経験知などを言語化し、創造につなげるための支援ツール。本研究では、思考のガイドとなる文章と事例をカードにまとめたパターンランゲージ集を制作した。
牛込さんとはパターンランゲージ集の制作をご一緒しましたが、どんなことが印象に残っていますか。
牛込さん:パターンランゲージ集を作るにあたっては、いろいろな事例を集めましたよね。その中で私がいいなと思ったのは、テーブルの脚だけ提供して、天板はアクターの身の回りにあるものを使ってもらう、というプロダクトの例です。脚があることで、その辺に捨てられていたドアがテーブルになる。捉え方が変わるというか、風景の見え方が変わってくるというのはとても面白いと思いました。こんなふうに、意味のすげ替えや視点の変更によって新しい関係性ができる、というのがパターンランゲージの特徴だと思います。
野末:なるほど。視点が変わる体験は、製品の受け入れられ方に影響を与えそうですね。Chiiil(チール)でいえば、冷蔵庫が小さいというのは食品が少ししか入らないということではなく、ユーザーの自由度が高いということなんだ、と。Chiiilは小さい冷蔵庫と新たな視点をセットで販売しているんですね。新たな前提条件を一方的に伝えるのではなく、製品の使用を経て新たな視点をアクターとともに徐々に育むことが必要なのかもしれません。
「コアな部分は何か?」と問うことも必要
野末:2023年に、自動販売機を対象に開かれた製品のアイディアを考える社外ワークショップを牛込さんと一緒に行ったときに、実際にこのパターンランゲージ集を使ってみました。マスプロダクトのメーカーからのご参加が多かったこともあり、「従来と同じ価値観のまま性能を磨き上げ続けることの限界」といった課題意識は共感を得たと思います。また、余白を設けることで、アクターとの関わりにより従来の製品とは異なる価値を見出すことができるというコンセプトも共感されたと思います。
牛込さん:ただ、既存の価値観から離れて自由に発想してみるという点には、私たちも参加者も苦労しました。半分の家やChiiilのように、「半分にしてみよう」とか「小さくしてみよう」といったシンプルなアプローチのほうが良かったのかもしれないですね。
野末:そうなんですよね。半分の家のように水回りや電気系統などマスプロダクションでしか作れない製品のコアの部分を残した上で、他の部分をどう開いていくか、という考え方にガイドしたかったのですが、難しかったです。どこがコアなのか、というところをもう少し押さえた上で議論を進める必要があったかもしれませんね。今後、開かれた製品を考えていくときも、コアな部分について議論し、合意するプロセスが重要なのだという学びになりました。
開かれた製品を作ってみる
野末:「自動販売機を開く」の社外ワークショップの後も引き続き、いま、プロトタイプを作って思考実験をしているのでご紹介させてください。
1つ目は、公共空間を持っている自販機です。自販機に穴が空いていて、その中に好きなものを入れられます。たとえば自分のおすすめの書籍を置いて、自販機を利用する人がその本を借りていく。ミニライブラリのようなものがついているイメージです。「人が集まる」という自販機の機能を借りて、人がゆるくつながれるような公共空間をつくれないか、というアイデアです。
2つ目は、売り手になれる自販機です。自販機の一部が空いていて、そこで物を売れるというものです。他の商品と並列で、自分の売りたいものを売れる。地域の人たちが、買うものも売るものも決められる、というのがポイントです。
3つ目は、身の周りにあるものや空間を自販機にできるプロダクトです。アクターが売りたい物や場所に合いそうな箱を探し、3Dデータを日立に送ると、日立はデータに合わせて鍵と決済機能が付いたフタを作って送り返す。そしてアクターはフタを箱に取り付けて自販機を完成させる。モノや場所のポテンシャルを、アクターの側が見つけて引き出していく、というのがポイントです。
この3つについて皆さんはどう思われますか。
牛込さん:そうですね。いろんなアプローチで自販機を開いてみたことが見て取れます。個人的には「公共空間を持つ自販機」のアイデアがとても好きですね。自動販売機は本来とても公共的なものだったのに、僕らは、自分が欲しいと思った時に飲料を買うプライベートなものとして扱ってきました。それに対し、「でも実は本来みんなのものなんだよね」と本質を取り戻すようなアイデアで、素敵だと思います。
佐藤:自動販売機といえばみんなこういうものだよね、と思っている要素がいくつかある中で、その本質は捉えながら、開かれたところでプラスアルファの新しい価値を作った、ということですね。
これからのプロダクトデザイナーの役割
野末:「開かれていること」が製品の新しい軸になることで、特にインハウスのプロダクトデザイナーは、スキルの使い道を増やし、今よりもっと社会に寄与できることを増やしていけるのではないかと思っています。これからのプロダクトデザイナーは、社会の要求に応えるだけではなく、ありたい社会に向けた移行を進めていくための試行錯誤を続けていくようになるのではないでしょうか。それは、あるかもしれない社会を描くことで、世の当たり前を問うスペキュラティブデザイン※にも近いのかもしれません。地球規模のさまざまな社会課題と日々の暮らしとのギャップを、プロダクトを作る技術で埋めたい。それがこの研究を通じてやりたいことなんだな、と改めて思っています。
※スペキュラティブデザイン……一般的なデザインが課題解決を目的とするのに対し、未来について考えるきっかけを与える「問い」を生み出す、問題提起型のデザインをさす。
牛込さん:こういう研究が日立のようなマスプロダクトも手掛ける会社で行われているのは、すごくポジティブなことです。トランディションデザインの提唱者の一人であるキャメロン・トンキンワイズ氏が、スペキュラティブデザインが一部の企業の中で手法として流行ったときに、「思索的であったり批評的であったり将来への投機であったりすることはすべてのデザインにとって当然であるべき」といった内容のことを主張していました。将来の投機としてデザインを考えたときに、ただメインストリームに張るのではなく、どういう活動に重きを置いていくのか。企業のデザインにはそうした批評性が求められていると思いますし、今回のプロジェクトからも、その批評性は伝わってきます。この活動が、メインストリームに対して何らかの影響を与えていくことに価値があると思うので、今後の動きも期待しています。
佐藤:「開かれた製品」には、使い手にとっての価値とともに、「型にはまったものだけ作っていちゃだめだろう」という、作り手である我々への鼓舞も含まれるのかな、と思います。開かれた製品をつくる我々は、態度として「閉じないこと」が必要なのかもしれませんね。
野末:人間本来の主体性が発揮できる「開かれた製品」はあくまで結果です。そのためにはまず、「閉じない製品をデザインする」という態度が大事ですね。今日の対談をきっかけに、さらに探求していきたいと思っています。
前編:冷蔵庫はキッチンになくたっていい。開かれた製品を自由に楽しむ
プロフィール
未来リサーチ、デジタルプロトタイピング、インタラクションデザインを専門とし、未来についてのより確かな意思決定のためのデザインを行っている。人・テクノロジー・地球環境との間で起こる出来事に焦点を当てたプロジェクトに数多く携わる。2018年Swarovski Designers of the Future Award受賞。Core77、ICON magazineなどでコラムの執筆も行っている。
ロンドンで家具・インテリアのデザイン開発に従事したのち2015年に日立製作所に入社。
現在は冷蔵庫の開発を中心に家電のデザイン開発を担当。
工業デザイナー。業務用プロジェクターやテレビ等の情報機器、白物家電の開発を担当後、現在は鉄道車両の開発に従事。2022年度より2年間英国オフィスにて鉄道車両の開発と本研究に従事。2024年度より現職。